こんにちは、ナオミです。本当はドミニカ共和国の写真をここに載せたかったのですが、なんせ行ったのは10数年以上前。当時デジカメなどあるはずもなく、写真は撮ったけど、全部日本の実家のどこか・・・。

記憶を抹消しようとしてたらしい・・・・。だけど、今思えばとても貴重な体験をしたと思います。

と言うことで本当に記憶が消えないうちに残しておこうという気になったりして・・・・。


ワタシですね、ハワイで暮らしていますが、オアフで無くハワイ島なので結構ド田舎でござります。

来た当時は「ここ、終わってる・・・・。9時過ぎたら道路ガラガラ・・」なんてほざいていましたが住めば都どす。

逆にオアフ島に2泊でもしようものなら、ハワイ島の静寂が恋しくてたまりませぬ。

飛行機が溶岩台地の青空飛行場に着いたときはマジで「ほっ・・・」としてしまいます。


こんなド田舎なので、日本に比べたらほんなごつ(本当に)住みにくいかもしれませんが、アタシはドミニカでの辛い生活を経験しているので、ここは楽園です。日本食が少ない??ドミニカ共和国なんか、「味の素」と「キッコーマン醤油」しか売ってなかったぞ~~。ここには豆腐も味噌もあるやんか~~。


そうです。アタシが住んでいたのはソスアという島の北側、ハイチとの国境に比較的近い田舎町でした。

元夫の仕事の都合で行きましたの。

一応家にはハイチ人の使用人が住んでいて(離れに)、洗濯やら馬の世話やらしていました。

こう書くと、もんのすごいお金持ちの家に住んでいたようですが、

実際は冗談じゃね~べってくらい凄い家でした。


2ベッドルームに広いリビング&キッチンと書くと優雅ですが、なんのことはないコンクリむき出しの箱のような家で、ガラス窓などもちろんなくて、木で出来たブラインドが窓がわりでしたわ。

ゆっくり腰を下ろせるソファなどなく、硬い木の椅子のみ。それ以外の家具はベッドだけ~~。

電話なし、テレビなし~~。電気、一日のうち半日は停電~~。ららら~~。


実はその家はもともとドイツ人だかイギリス人がオーナーなんですが、何か仕事で国に帰らなくちゃいけなくなったって事で空き家だったのを元夫が知り合いと言う事で借りていたのです。

ハイチ人の使用人の名前はJonasと言いました。こいつがまた凄いやつでした。

と言うことで続きはまた明日~~~。アディオス~~~~。