人の成長というのを、自分・他人・部下など含め

考えるようになっていく

 

マネージメントと自己のためにその概念を持っていく事が大事なのだろう

 

しかし、子供というのはもっとも成長曲線が高く

日々細胞レベルでの成長をしているのだ

 

突然、話せるようになったり、意思疎通ができるようになったり

見よう見まねで色々初めて行くわけです

 

そこに思考や感情が入ってしまったり

ロジックが入ってしまったりすると

 

素直に物事が聞けなくなってしまったりするのである

 

自分の世界で勝負する事は悪い事ではない

でも、その世界が良いと受けられ、応援される世界ではないと「悪」になってしまう可能性が強いのだ。

 

自分のしたい事をすれば幸せなのか?

人から評価されたら幸せなのか?

 

その願望や欲求というのは人それぞれなのだろうと思う

 

でも、自分のしたい事を評価されている状態というのが一番幸せで

その時こそやるべき事が明確になっていて

 

圧倒的なパワーと集中力が出るものなのである。

 

ある意味スポーツに近い

 

その感覚までどう持っていくのか?

そのような環境をどうやって構築していくのか?

 

それがとても大事であり、いろんなパワーと影響力が重なり

 

「信頼」へとなっていくのだと思う

 

そこまでいくために、成長というのは必要であり

「人」の本質を知るという事がとても大事なのだと思う

 

 

学生時代というのは

日本は小学校・中学校は義務教育ではあるが

 

高校・大学・専門学校など、日本はこれらを進路とする人が圧倒的に多いと思う

もちろん就職する人もいるだろうし。でも、学業に進学する人は周りが行ってるから

自分もするというパターンが多く

 

数ある選択肢のうちでその選択したというのはそこまでないのかもしれない

 

社会に出たり、アルバイトをして給与をもらうことは

社会や顧客、会社に対して価値を提供した対価なわけで、世の中の役に立っている、貢献していることの始まりだと思う。

 

多くの人は

 

好きな場所で、好きな人と好きなことをする

その選択肢を社会人になるまでにできるのではないかと思う

 

しかし社会に出たらそうではない。そして日本は対価がもらいやすい環境でもある

しかし、社会や法律、組織、顧客など環境の変化により、自分の好きなことばかりできるわけではない。

 

そこに苦しむ人を多く見てきた。

でも、そこが成長のポイントなのです。

 

人は、困難や苦しみがあり、喜びと幸せの価値を知るものです。

それがチャレンジの意味なのです。

 

スポーツ選手も好きで始めたスポーツでも対価をもらいプロとなると

求められる結果と期待値を意識し、結果として返さないといけないプレッシャーはあるでしょうし

ひたすら結果が出るために努力をしないといけなく、それは好きだからなんとかなるというものではないはずです。

 

もちろん終わった時には、好きだからできたと言えるのだと思いますが

やってる時は、辞めたい・辛いなど必ず自分自身の極地に向き合うのだと思います。

 

喜怒哀楽や思考と感情は、人間の持っている大事な力です。

そして、それを表現できるようになるのが人類が文化として発展してきた要因なのだと思います。

 

人間の本質を知る、生きてく価値を知る。

これに向き合うことで、いろいろなサイクルや自問自答がなされていきます。

 

そしてそのライフサイクルは必ず繰り返していきます。

もともと持っていた潜在的な人生と能力により

 

その人にあったストーリーが描かれていくのでしょう。

 

ぜひ過去を思い返し自分のストーリーを再確認してください

 

 

 

 

 

 

人は、生まれた時に赤ん坊で何もできない

 

そこに親や周りの人がサポートをしていくことによって

何とか命をつなぎ

 

そこに成長という知性と肉体の進化が発生し

自走していくものだと思う。

 

しかし人間に終わりがあり、その成長が正常通り行かないとしたのであればどうだろうか

 

このままの人生でいいのか?

自分のやりたかったことなんなのか?

 

そんなことを考え出すのだと思います。

 

人は、失ってから気づくものが多いです。

天秤にかけてないものを急に天秤にかけて重さを知ったら

考え方は変わるものです。

 

失うものが明確で、得るものが不明確なのがチャレンジだと思います

失うものは明確ならばそれはリカバーする方法を取ればいいのです

 

富や物、金、名声など全て取り返すことができるはずです

しかし、命というものは一度失ってしまえば、復活することは本来ありません

 

もう死ぬのか、死ぬかもしれないという瀬戸際に立たされた人間というのは

全てを失う可能性が見えるものです

 

その時の絶望感はとてつもないものです。

突然の申告や事故などでは準備すらままならなかったりもします。

 

私も病は突然でした。

 

突然というよりかは、かかっていたのですが

ずっと気づかなかったのです。

 

それがしかも健康診断でわかり

即病院というタイミングでした

 

皆さんは死ぬと思ったら何をしたくなるでしょうか?

そこに生きる目的があるのだと私は思っています

 

その結果、働くということに大きな価値を見出すようになったのです

 

 

 

 

 

初めまして

 

私は30代の男です。

 

私は人生の中で

 

人生とは?命とは?を多く考えることがありました。

 

それは、私自身の大きな病気・娘の難病

 

会社を経営していく中で多く出会う人達の生活と人生

 

に出会っているからです。

 

私の病気は、20代に5年くらいかけて完治しました。

娘は先天的な異常はないですが、解決策がない遺伝子異常で

最近わかったばかりの珍しいものなので、どのようになるかは全くわからないです。

 

そんな中、妻や色んな人の協力で会社を経営しています。

まだまだ成長前の会社ですが多くの仲間と楽しくやっています。

 

人生・命と向き合った時に、時間・志・人というのが

より鮮明にその存在が見えてきます。

 

私の命は常にそこに向き合えと言われているのではないかと鐘がなり続けています。

 

なので、自分の考えていることが、誰かに何かあれば伝われば良いなというのと

自分自身の整理のためにやってみようと思いました。

 

30男