いや~ 久々にやってしまいました

この写真は うちの近所の道に似てる・・・・

暗い森の先に明るい道

人生みたい (なんじゃそりゃ爆  笑

 

えらそうなことを書いた 得心した と 宣言したとたんです

 

ほんとひっさびさに凹んだえーん

 

 

そして 自分の中に問うことだけでは乗り越えらず

 

同じ道をコツコツ歩む 子供の頃からの友に

逢いに行きました

 

ねえねえ よし と決断したり 決めたり したら

 

それほんと?   って試されない?

 

知ってたはず 経験してたはず

ただ それって 昔は 

私の狭い解釈の 悲しいくらい偏った

狭い人間関係の中にしかなかったので

別の形で現れると もう わからない・・・

 

そうだよ

 

試されるし 邪魔される

それってね 

 役に立とうとしてる人ほどだよ

 

そしてね 

自分の仲間や同志や恩師、師匠、上司が

その役目しちゃうこともあるんだよ

 

 

そういう自分が信じている人の言葉ほど

刺さるからね

 

それは その人が 本当は そんな人だった のではなく

神様が その人にそういう役目をさせているんだよ

 

今日はmomoが 研がれた包丁で

相手が砥石の役目かもしれないけど

 

別の日には momoの何気無い一言や

業務の為の当たり前の行動が

相手の砥石になってるかもしれないんだよ

 

そこで どう思うのか どうするのかは

momo次第だよ

 

そんなやりとりをして帰宅しての今日

 

バイブルを開く ブログを読む


ノックアウトされてしまった

 

もうね 慢心すると 何も見えなくなるんだなということを

久々に経験しました

 

そしてバイブルより

 

人が良いとか悪いとか、そういうことは言わない

あそこがいけない、ここがいけないということをいつも思ったり口にだしたりするのが

それがいけない

人が良いとか悪いということは わかるわけはない

 

批判したってかまわない。けれど あの人はいいとか悪いとか決めることはいけない

いいとか、悪いとかいうことは人間には判らないことだから

明るい気持ちで言うのならいいけれど、憎悪の心をもって言うのは罪になる

それから 自分が悪口を言われてそれを気に掛けるようではまだ駄目です

 

ここからどんどん読み進めると それは深く深く自分のと対面することへと

直結する

 

今までは 読んでわかった気になっていたけれど

というよりも その年齢で自分の体験通りにわかっていたけれど

 

いま 年を重ねて改めて 腑に落ちることがなんと多いことか

 

この年になっても 人として 進化するチャンスがあることを

こころより感謝します

 

そして 娘ちゃんが調子悪かったのにも

関わらず めっちゃウェルカムで迎えてくれた

わが友にも こころより感謝

 

私はどれほど感謝してもしきれない ものを 与えられている

 

これは 全ての人に当てはまると 思います

 

そして沢山の気づきを下さる ブロガーの方へ

感謝致しますキラキラ

 

さあ 今日もいきいき 生きよ~♬

 

 

 

 

昔昔

 

決意するとね

それ ほんとに? と

神様 が試されるんだよ

 

わかったつもりで 納得したつもりで

出来るつもりで いると

 

乗り越えたと思った波どころじゃない

波がやってくる

 

本当に自分の軸が

得心していないと その波にやられちゃって

 

ああ そうはいっても やっぱり駄目なんだ 

私は

 

と 元の位置にもどされちゃう

 

だからね そのお試しは

新しい 考え方を 本当にインプットさせたのか

本当に 理解できたのかの

試験なんだよ

 

だから恐れないで

はは~ん お試し来たなと

 

新しい生き方で 交わせばいいんだよ

 

そうしたら めでたく ワンランクアップだよ

 

 

と 言葉は違いますが

(もっと昭和チックな お説教風)

 

教えてもらったことがあります。

 

そして いい調子でブログで

わかったようなこと 書いた 途端に

波がやってきた!

 

小さな波なんだけど

急所をドキュンと突かれて

 

みぞおちにパンチくらって息とまったって感じ

 

自分の嫌なとこ 駄目なとこ 再発見

 

それで いいんだよ そのままで

まるっと自分なんだから と

受容したはずなのに

 

どよ~ん

 

からの

 

再生!!!!!

 

 

ああ そうか

 

 

 

これは 節ともいわれます

 

伸びている竹が丈夫なのは節があるから

 

だから せっかく 自分の中を見ていたのだから

外側の出来事に心を持っていかれてはいけないのだ

 

 

今から 書くことは ものすご~く

スピスピした内容なので

お好きでない方は スルーしてくださいませ

全て 世の中の問題の原因は 病気と

教えてもらったことがあります

 

身体の病気はもちろん

 

戦争、争いを好むのは 

精神の病(精神病という意味ではなく)だから。

それは野蛮性が残っていて 平和より争いを好む性格という意味で。

 

お金の問題も病気が原因 というのを聞いて

若かった私は

いやいや~そりゃ働けない病にかかればそうだけど

健康で働いていたって 全然お金無いよ?

と思ってました

 

昨日も書いた、無い にフォーカスするのが

思考の病だったのね

 

大辞林より

病とは・・・・ 悪い癖。欠点。特に、詩歌で気をつけて避けるべきことがら。               

 

あ~ やっぱり!

 

病=病気=身体症状 と 決めてかかっていた

 

私の若い頃の口癖は

「普通はね・・・・」  って それって 自分の価値観、自分の育った家庭での

普通であって 人は皆違うということさえも知らなかった

 

どれだけ狭い視野で生きていたことか

 

この地球に同じように生きて

同じように日々を過ごしながらも

人は皆 その「想念」「思考」の在り方によって

全く違う世界で生きている。

 

人間って 身体の中に 魂があるそうで

その魂が抜けることが 死 なんだけれど

 

その魂は 宿った肉体が現住所ならば

信じる信じないは その人次第だけれど

「霊界」に魂の本籍地があって そこは段階が

上ほど 幸せなんだそう

神に近い 軽い魂。 光に近い存在 なんだそう

 

人は皆 その魂の所在地通りの人生を歩み

その所在地はマンションみたいに階層になっていて

あまりに魂の所在地(上下)が 離れていると

親しくなることはないそうです。

 

まあ 見るもの好むものが その所在地(=思考)で

違うらしいので しごく当然かあ。

 

無い無いに目をやり 不平不満ばかり言ってる人と

高い視点で 前を向き上を向いている人が

一緒に楽しく会話を楽しむなんて 出来ないものね

 

ただ その所在地と 現在の仕事や

資格 役職 や財産の有無などとは 関係がないそうです

 

お金持ちで学歴があって 人がうらやむような

仕事についている人が

魂の格の高い人と=ではないという事だそうです

 

徳があるとか無いとか 聞いたことがありませんか?

徳を積む とか

徳を積むというのは 善行を行い

その魂の所在地を上げることだそうです

魂のよどみを磨き 輝かせること。

 

幸せの秘訣は

魂の位置を上げること と

下げないこと

 

悪事を働くと

こころが曇り その曇りが

魂に移り その汚れが溜まると

重さとなり 魂の位置は下がるのだそうです

 

幸せは 魂の位置通りドキドキ

多忙な週末の中で

沢山の勉強会を通して

たくさんの人と出会い

 

仕事を通して沢山の人と出会い

人と出会うことで

沢山のことを気が付ける

今の環境を与えてもらっている私は

本当に 幸せだなあと 思います

 

 

大きな台風が関東を襲っていますが

被害が最小限でありますように。

(昨日書いたので そのままにしています)

 

自然災害の意味も教えてもらっている身ですが

何より一番は 被害に遭われ方がなるべく少ないこと

どうか皆さま ご無事でありますように。

 

無いことに 感謝

有ることにも 感謝

 

有難いとは・・・・

Moyonezより 抜粋

有難いは、本来「滅多にないこと」「珍しく貴重」」という意味です。

=貴重で得がたいものを得ているという、

仏への感謝を示す言葉となり、

転じて感謝を表す言葉として広く浸透しました。

 

このことから有難いは

 

「人の好意などに対し、滅多にないことだ、と感謝する」という意味、

雨が上がったなど「自分に都合よく物事が進んだことを喜ぶ・嬉しく思う」という意味、

そして「勿体無いと感じること、またとない尊いこと」という意味で使われるようになりました。

 

 

ここまで書いて 

他のことが忙しくなりすぎて 放置になってしまった・・・・・・

 

めいっぱい 溢れた感謝の気持ちを 溢れたその時に

書き残しておきたかった~ 残念

 

けれど 溢れたものが 潮の満ち引きのように

なくなってしまうかというと

そんなことは なく

 

溢れた と 思っていたものが

当たり前になると また 別の形で溢れていく

 

満ち足りていくということは 次の豊かさへの

呼び水のごとく

次から次へと 枯れることなく 感謝と喜びが

溢れてくる 震えるような気持ちの先には

 

 

自分が 自分が という自己愛はどこへ行ったのか

 

利他愛の塊のような自分になっていることに

自分自身が驚いている

 

何よりその祈りの心地よさに。

 

不幸になりようがない というのは

 

こういう事なのかと 感じる

 

例え悲しみ 痛みが伴う出来事があろうとも

それは瞬時に 自分の成長の糧へと 姿を 変える

まるで見事な魔術にかかったように

 

だから こそ 

 

嫌な事 悲しいこと 心を揺さぶる事が 

無くなるのではなく

何が起きようと 心が 全て受け止める力強さを得た今は

 

何が起きても その先には 喜びが待っていると

無意識に 感じている

 

頑張って そういうことに するのではなく

 

自然と そちらに 思いが選択されている 不思議さ

 

 

今日こうして 一日が あること

本当に奇跡だと 思ったのは

日曜日の保険のプロの方に会って

見積直してもらっていた流れから

 

 

 

 

今 こうして 在る事

 

仕事が出来ていること

 

夏と秋の気配の入り混じった

青い空を見ながら思いっきり吸う 空気

深呼吸が出来ることの 素晴らしさ

 

私の作ったお弁当を持って

登校する息子

 

そんな日常全てが

当たり前にしてしまっている風景が

 

どれほどの価値ある 有難いことなのか

 

保険の話をした翌日の朝の

通勤の車のなかで沸々と 自分の奥から湧いてきた

 

まるで片思いの人と 両想いであったと分かったときのような

 

この気持ち

 

生かされている 守られている と 思える有難さ

 

説かれても 説明されても 不安にまとわりつかれて

思えなかった私が なぜ 今 こうも思えるのか

 

有難くてしょうがない

 

もしもなぜそう思えるようになったのですかと聞かれたら

(数か月前の私のブログを読んでもらえれば 変化がわかると思います)

 

目の前の小さな ある 在る 有る を積み重ねたから

 

この一言かもしれません

不思議なくらい ない ない に焦点をあて

息を吸うのと同じくらい 当たり前に 

愚痴 不平不満を 口にしていました

沢山 与えられているものにさえ

不満を口にして 当たり前にしていた

不平を言っている ということにさえ 気が付かずに

 

必要なのは今を生きること この1点と  

 

過去に焦点をあてないこと だと思います

 

とある企業の動画のなかで

あなたが他の人に教えてあげられること お伝えできること はなんですか???

というフレーズに触れて

 

そこをグルグルグルグル考えている

自分が与える(書き方生意気だけど 上から目線ではないのでご了承を)ことが出来るものとは

を 車の運転中などには 必死で考えてる

 

もらうことばかり 考えていた自分が

今の自分にできる 分かちあいを 考えている

 

 

 

常々 思っていること考えていることが あなたの魂の位置ですよと

教えてもらったことを思い出す

 

今の私が何を持っているわけでもないけれど

 

奪うことばかり始終考えている人生ではないことに

こころから感謝したいなと 思う

 

今日の一日 どうぞ皆さまもステキな一日でありますように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は女性社長の勉強会に参加

と言っても ただ話を聞くだけではなくて

後日開かれる後援会で発表される方の講演内容の

たたき台を作る作業の初日に参加させていただきました

 

発表される方の道のり ストーリーを語っていただき

それを 会議参加の方が皆で質問力で 魅力を引き出す

そうするとご自分では当たり前すぎて気が付かなかった魅力や

未来に対する想いがあふれ出すんです

 

とっても刺激的な 時間でした 生きた学び

もう速攻 自分も取り入れ実行していこう

聞いただけで行動しなくちゃ

何も変わらない 

気分は駈け出す女の子!

 

 

その方はとても素敵な 努力を努力とも思わない方でした

何も特別なことはしていないんですよ と おっしゃるのですが

そうかと思えば

赤字は1円たりとも出したくありません と

キリリとおっしゃられ

社長として 一番大事なところはきっちりと

把握していらっしゃる

 

コツコツと地道に 当たり前だけど 

なかなか普通は継続できないことを

淡々と積み上げられてこられ

それを努力とも思わずこなされている

 

お客様へきちんとお礼状を出す

季節のご挨拶をする

お店にお越しになった方への心配り気遣い

数あるお店の中から 来てくださったという感謝の気持ち

おもてなしのこころ

 

それらすべてが雰囲気ににじみ出ているんです

私も行きたいな~と 思いました。

 

そしてお客様には来られていない

HPもSNSも使わない 昔ながらのやり方で

リピートのお客様 そのお客様のご紹介で

すでに20数年の営業経歴

 

ご自分の 姿勢を 磨き上げられることに

尽力されて お店を育て上げられてきたと

感じました

 

欲しい欲しい集客集客 そんな臭いが全くなく

恵まれていただけなんですよと

おっしゃるその姿には

凛とした 気持ちが宿っていました

 

 

そのエネルギーに触れたくて

お客様は 足を運ばれるのだろうなと

しみじみと 感じました

 

何もしてないのよ と おっしゃいますが

詳細は省きますが それはそれは

高い視線で沢山の努力をされていらっしゃいます

それを軽やかに努力とも 大変とも思わずに

 

その前向きな姿勢が 重くなくて

人を引き付ける

 

ああ 集客とはこういうことなんだと

身に染みた 一日でした