マンデーランチ
「空は今日も青いねぇ、平和じゃ平和じゃ」
夕紀はいつになくわざとらしくそう言った。
月曜日の昼休み、教室で昼食を取るのは味気ないと夕紀が言い出したので、
私たちは屋上に出向いていた。
梅雨の真っ只中だというのに、ずいぶんとすっきりした天気だったので私はご機嫌だった。
夕紀に目を向けると、彼女はもう食事を取りはじめていた。
彼女としては、外の空気がどうこうだとかいう事は問題じゃなくて、人が沢山いない場所ならどこでもいいんだろう。
夕紀曰く、人の多い場所でお昼を食べるのは宣戦布告にも似た危険な行為なのだそうな。
夕紀の実家はパン屋を営んでいるので、当然、夕紀の昼食もお店仕様だったりする。
そんな彼女の美味しそうな手作りヤキソバパンを目の前にすれば、成長期の飢えた男子どもは黙っちゃいないわけで。
守るものと奪うものによる戦争が勃発してしまうということらしい。
昼食の度にそんな殺伐とした状況になってしまうのだから可哀想な話だと思う。
でも、実は私もほんの少し、そのヤキソバパンを食べてみたかったりもするんだけど。
私のお弁当のミートボールを交換条件に出せば一口くらいは恵んでくれるだろうか。
試してみる価値はあるかもしれない。
私は渾身の笑顔で夕紀に交渉を持ちかけることにした。
「ねぇ、夕紀ちゃ・・・」
夕紀に再び目を向けると、彼女はヤキソバパンを既に半分以上食べ尽くしていた。
さよなら私のヤキソバパン。さよなら私のめくるめく幸せの一ページ。
○
私がそんな青春のしょっぱい気分に浸っているのを知ってか知らずか、夕紀はいつもの笑顔で喋りかけてくるのだった。
「ほら、アレ何に見える?」
彼女は空を指差していて、その指す方向に目を向けると、白く細長い雲が筋を作っていた。
「あれって、あのヒコーキ雲?」
「うん、そ、あのヒコーキ雲だよ。何に見える?」
彼女は目を大きくして私の顔を覗き込み、答えを求めてくる。
「んー、ミミズみたいだよね」
私が答えると、彼女はこれ以上楽しい事はないと言わんばかりに、
お腹を抱えて笑い出した。
口を大きく開けて笑う彼女の顔は、一瞬、動物園のカバみたいに見えた。
うん、ホント一瞬だけ。
「いやぁ、美樹はホント最高だね、飽きが来ないよ」
何が面白いのかよくわからないのに、ベタ褒めされるのは複雑な感じだった。
十七才の乙女の至極普通な感想だと思ったのだけれど。
ひとしきり涙を出して笑った後、夕紀は笑うのをやめて尋ねてきた。
「な、なんでそう思ったのかしら、美樹さん・・・っぷははは」
やっぱり訂正、まだ笑っていた。
「なんでって、細くて、微妙にうねうねってしてる感じが、ミミズっぽくない?
うん、ぽいよね。アレは絶対ミミズにしか見えない」
自分でもひどく面白味のない回答で申し訳なかったのだけれど、
床をどしどし叩く夕紀の様子を見る限り充分満足してもらえたようだった。
よくわからないけど、よかったよかった。
「じゃあ、夕紀は何に見える?」
私が聞くと、夕紀は笑ってあがってしまった息を整えながら目線を空に移した。
一瞬の間を開けてから、
「道ね、空をまっすぐ走る道に見えるわ。その道はどこまでも続いてるの。」
「どう、素敵でしょう?」
彼女が私の方を見た。
「けど、ミミズには負けちゃうかな」
そう言って夕紀はニカッと笑った。
中々のベストスマイルだった。私が男ならきっとフォーリンラブしてたと思う。
そんな笑顔に私は「おさっすがでございます」と大げさに答えるのだった。
私のリアクションは合格点だったんだろう。夕紀は満足そうな表情を浮かべながら、
残りのヤキソバパンをまた頬張るのだった。
あぁ、褒めたところでくれるわけじゃないのね。
私のヤキソバパンはとうとう夕紀に食べられてしまった。
○
昼食が終わると夕紀は屋上のフェンスを背にして眠りはじめた。
私はパックのリンゴジュースを飲みながら、
ヒコーキ雲の道はどこに続いているのだろうと、なんとなく考えてみた。
海外か、それとも彼女のことだから月にまで繋がっていても不思議じゃないかもしれない。
空をふっと見上げると、
さっきのヒコーキ雲は薄くのびて消えてしまっていた。