side N







トントントントン。




『んぅ、、、?』




ぼんやりとした頭に届く、規則正しい音。




ほんのりと漂う良い匂い。




だんだんとハッキリしてきた意識に、

のそりと上半身を起こすと、

掛けられていたタオルケットがハラリと落ちる。




「あ、起きた?おはよう」




どうやら俺は

ソファで朝を迎えてしまったらしい。




『おはよ、』




パタパタ。ガチャ。




「ちゃんと眠れた?」




『うん』




パタン。パタパタ。




「はい、お水」




『ありがとー』




目を擦りつつ、

ゆうちゃんがくれたミネラルウォーターを

ゴクゴク飲んで喉の渇きを潤す。




「二日酔い、ではなさそうだね?」




『うん、大丈夫。

 お酒はあんまり飲んでないから』




「そっか。

 でもソファで寝てるからびっくりしたよ?」




『ハハハ、ごめん。

 帰ってきたら気が抜けて力尽きたみたい』




「昨日は朝から忙しかったもんね。

 朝ごはん、もう少しで出来るけど、

 ベッドで寝とく??」




『ううん、起きる。

 顔洗ってくるね』




「じゃあ、ずんちゃんも起こしてきて?」




『はぁい』




気の抜けた返事をしながら

車椅子に手を伸ばした俺に、

ゆうちゃんはニコリと微笑んでキッチンへ。




(んじゃ、顔洗って、)




歯を磨いて、髭を剃って。




可愛い可愛いお嬢さんを起こしに行きましょう。




自然と頬を緩めて、

俺は車輪をクルリと回した。







バタバタ!




ず「まま!ヘアピンがないー!」




バタバタ!




「鏡の前にあるでしょ?

 ほら、体操服忘れてる!」




バタバタ!




平日の朝は何かと騒がしい。




ずんちゃんとゆうちゃんの毎朝のやりとりは

日課のようなもので。




(そろそろかな?)




俺は時計を見て、

ワタワタしてる二人を横目に玄関へ向かう。




ピンポーン!




すると、タイミングよく鳴るチャイム。




ガチャ。




『おはよう、小燐』




小「ずんちゃんパパ!おはようございます!」




毎朝ほぼ同じ時間に迎えに来てくれる小燐が、

いつも通り明るい笑顔で立っている。




『ずんちゃん!お迎えきたよー』




ず「おりんちゃーん!

  もうちょっとだけまってー」




小「時間あるから、ゆっくりでいいよー」




『毎日ごめんな 苦笑』




小「大丈夫!これも計算してきてるから!」




『あはは』




彼女は茂木とおんちゃんの娘。




父親譲りの太陽みたいな明るさと、

母親譲りの頭の良さ。




家が近いとか、親同士が仲がいいとか、

もちろんあるだろうけれど、

ずんちゃんのことを

妹のように思ってくれてる優しいコ。




小「ねぇ、ずんちゃんパパ。

  もうバスケしないの??」




『ん?』




小「今度ね、フリースロー教えてほしくて」




『俺に??パパの方が上手だよ?』




小「パパ、フリースロー下手だもん。」




『あはは、、じゃあ今度見てあげるよ』




小「やった!ありがと!!」




そんな話をしていると、




バタバタ!




ピンクのランドセルに黄色い帽子を被って、

ニコニコとずんちゃんが走ってくる。




ず「おりんちゃん!おはよ!おまたせ!!」




小「おはよう!準備できた?」




ず「うん!」




小「じゃあ行こっか!」




「二人とも気を付けてね!」




『いってらっしゃい』




ず「はぁーい!いってきまーす!!」




小「いってきます!」




しっかりと手を繋いで、

元気よく家を出ていく二人。




バタン。




それを見送ると、

家の中が一気に静かになった。




「ふぅ。」




『お疲れ様 笑』




「なぁくんは今日昼からだっけ?

 トレーニングは?」




『うん、昼から。

 今日はトレーニングも休み』




本日は午前休、昼から仕事へ行けばいい。




今までは毎日朝晩していたトレーニング。




下半身の筋力が落ちやすいから

完全にトレーニングを辞めることはできない。




とは言え、

これからは少し量を減らして

健康を維持できればいいのだから気は楽だ。




「洗濯機回すから、

 先にお風呂入ってくる?」




『うん、そうする!』




「じゃあ、私は掃除しようかな?」




主婦の朝は本当に忙しい。




美味しいご飯が食べられて、

家が綺麗に保たれて、

家族が笑顔で過ごせるのはゆうちゃんのおかげ。




俺は彼女の業務の邪魔をしないよう、

そそくさとお風呂に入ることにした。






それから、一時間ちょっと。




お風呂に入った後は、

バスケ関係の荷物を片付けたり

仕事の資料を整理したりして。




お家の中をパタパタと動き回るゆうちゃんを

ひっそり鑑賞しつつ、

俺的には有意義な時間を過ごしている。




もうからこれ長い付き合いになるけれど、

ゆうちゃんと二人でいる時間は

何をしていても安らぎがある。




家族でいる時間も幸せで、

同じくらい二人でいる時間も大切だ。




(何気ない幸せってやつだなー)




なんて、考えている間に、

ゆうちゃんの朝の一仕事が終わったらしい。




「なぁくん、コーヒーでいい?」




俺のそばまでやって来て、

コーヒーブレイクのお知らせを届けてくれる。




『俺が淹れるよ!』




「じゃ、美味しいのでお願いします」




『任せといて♪』




キッチンへ車椅子を走らせる俺と、

ダイニングテーブルに座るゆうちゃん。




俺は珈琲をコトコト淹れながら、

カップやソーサーを用意していく。




ウチの家は完全なバリアフリー。




食器とか収納も俺の手が届くところにある。




この平家を建てるとき、

かなり二人で相談して

色々な工夫を取り入れてもらったのだ。




「そういえば、」




『ん?』




「これからも、

 トレーニングは続けるんだよね?」




『ん。運動量と頻度は減らそうかなって』




「じゃあ、ダイエットメニューにしなきゃね」




『ハハッ!確かに太りそう。

 ゆうちゃんのご飯は何でも美味しいから

 いっぱい食べちゃうからね』




「ふふ、ありがとっ」




今回の人生で、

ゆうちゃんは小学校教員ではなく、

管理栄養士になった。




ゆうちゃんの大学卒業とともに結婚した俺達。




"今まで"と同じ年齢で彼女は妊娠出産し、

それ以降は専業主婦として

俺の現役生活を支えてくれている。




ちなみに、

茂木とおんちゃんはなんと学生結婚。




授かり婚ってやつで、

茂木は大学を早々に辞めて就職すると言ったが、

両家の理解があって大学を卒業後、就職。




おんちゃんは休学したものの、

無事医学部を卒業して医者になった。




俺達四人の関係は高校から変わることなく、

子供達を含めて、

親密な付き合いを続けている。




コト。




『はい、どうぞ』




「ありがとう。良い香り」




『熱いから気をつけて』




「うん。あ、そうだ。

 ずんちゃん14日、お泊まりに行くって」




『ん?茂木んとこ?』




「そう。

 誕生日のサプライズパーティの準備だって」




『サプライズって言ったらダメなんじゃ?笑』




「ふふ、だよね」




茂木一家と我が家の恒例として、

誰かの誕生日当日は皆でお祝いをする。




分かっていることとは言っても

ネタバレしちゃう我が子が可愛い。




『なら、前日は二人か』




「どこかいく?あ、お仕事?」




『ううん。休み取ってる。

 どこか、行きたいとこある?』




そう言いつつも、

今年だけは当日よりも前日が重要で。




出来れば、

危険がありそうな外には出たくない。




ただ"それ"が運命で決まっていることなら、

場所は関係ないだろう。




それなら

ゆうちゃんがしたいことをしよう。




それが一番いい。




「んー」




『じゃあ、考えといて?

 食べたいものとかさ』




「うんっ」




どこが良いだろうと

スマホで検索を始めたゆうちゃん。




俺はその前に座って、その姿を見つめる。




今回のこの人生で、

何もかもが変わった気もすれば、

大筋は変わっていない気もする。




未来のことなんて、

本当は誰にも分からないし、正解もない。




明日地球が滅亡するかもしれないし、

不測の事態って山ほどある。




あと数日後の誕生日を迎えられるか、

怖くないかと言われれば、

怖いに決まってる。




それでも、どんな未来でも。




その最期の時まで、俺は彼女のそばに居たい。




「ねえねえ!これ美味しそうじゃない?」




『うんっ美味しそうだね!

 あ、ここも、良さげだよ?』




「ほんとだ!ここ、車椅子大丈夫だって!」




ゆうちゃんは優しい。




こんな良い人にバチが当たると言うなら、

真っ先に俺に当ててほしい。




そんなことを考えると心苦しいが、

越えなければならない試練には

立ち向かうしかないのだ。




『ゆうちゃん、』




「なぁに?」




『14日、楽しみだね?』




「うんっデート久しぶりだし、楽しみ!」




お母さんをしている時とは少し違う、

幼なげな雰囲気のゆうちゃん。




心の底から、愛おしい。そう思った。

















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