side N
初回の会議から約一ヶ月半を少し過ぎた頃。
外部コンサルタントや私の意見によって
このパワハラ事案について、
企業としての方針が決まる。
"今回の事案は
調査内容を精査させていただいた結果、
パワハラであったと会社として
事実を認めることと判断しました。"
"会社として公式な謝罪を行なった上で
その後の補償補填について進めていく次第です。
なお、パワハラを行った社員は、
減給及び一般職へ降格とします。"
"外部コンサルタントの方には
引き続きヒアリングや社員へのバックアップ、
防止対策強化への取り組み支援をお願いします"
「承知しました。」
"訴訟の方は、岡田先生に一任しておりますが、"
『代理人を通して
示談交渉に応じていただける旨の
連絡がありましたので、
具体的な内容を詰めていきましょう』
"はい。皆様引き続き宜しくお願いします"
企業側の立ち位置が決まれば
話はさらにスムーズになるもの。
今回の原告も話ができるタイプのようだし、
裁判による長期化は避けられそうだ。
このままいけば、
早ければ三ヶ月、半年以内には
全面解決に向かうだろう。
ガヤガヤ。
会議が終わり、それぞれ雑談をしたり、
打合せを続けたりしてる。
トンッ
私は書類を一つにまとめ、
鞄に詰めながら、周りの様子を見る。
チラッ
視界の端に、村山さんの姿。
紺のジャケットに、ベージュのスラックス。
ストレートの黒髪がよく似合う
仕事モードの彼女。
テキパキと仕事をこなしながらも
笑顔を絶やさない彼女の周りは、
いつも穏やかな空気感で。
同僚や企業側の評価もかなり高いようだ。
一つの外部コンサルタントから
派遣されてはいるが、
今回来ている三人のうち、
二人はフリーランスらしい。
村山さんもそうで、
フリーだからこそ色んな案件に関われてると
彼女は言っていた。
あの偶然の食事から二度ほど、
皆で会食の機会があったものの、
二人っきりというのは無い。
もう少し話したいなと思いつつも、
それが仕事の延長線でないなら
その一歩を踏み出すことは難しい。
(さて、帰ろう)
今日の会議は16時からで、すでに17時半。
ゆみりんとの食事の予約が19時に入っている。
いつものラウンジで
休憩がてら書類作成でもしよう。
カタッ
『では、お先に失礼します』
""お疲れ様です!""
私は皆にペコリと会釈をして
会議室を後にする。
テクテク
もう慣れた廊下を進んでエレベーターへ。
タッタッタッ
「待ってっ」
『へ?はい?』
呼び止められて振り返ると、
私を追いかけてきた様子の村山さん。
「なぁちゃん、これ、あげる」
渡されたのは、小さな紙袋。
それよりもなによりも、
プライベートでの呼び方に正直ドキッとした。
『?ありがと、ゆうちゃん』
「じゃあ、お仕事頑張ってね?」
『う、うん』
それだけ言うと
また会議室へ彼女は戻って行く。
『なんだろ?』
エレベーターに乗り込み、中身を確認。
中には、クッキーと栄養ドリンクと、メモ。
"いっぱい作ったから、お裾分けです"
優しい文字に思わず笑みが溢れる。
『手作りか、へへっ』
きっと皆に配ったついでなのだろう。
でも一緒に入ってた栄養ドリンクは
私の為のようにも思える。
そんな些細な特別が
とても嬉しく感じるのは何故だろうか?
エレベーターが一階につくと、
私はその紙袋を丁寧に鞄に入れる。
『こういうのってお返しするのかな?』
小さく呟きながら、足を進めた。
午後7時、
イタリアンのお店。
よく来るここは、割と高級店。
ドレスコードとまではいかないが、
それなりの格好の人達で賑わう。
由「ゆっくりできるの久しぶりだね?」
『うん。ごめんね、中々時間合わなくて』
由「奈々さん、仕事ばっかりだもん。
少し寂しい。」
『このところトラブルが多くて、ごめんね。』
由「いっそのこと、
うちの企業弁護士になったら?」
『んー苦笑』
由「そしたら、もっと一緒にいれるよ?」
『そう、だね、
ゆみりんの方は仕事順調??』
由「秘書課って言っても人いっぱいだし、
私は自由出勤だから楽チンだよ』
『そっか』
白ワインを傾けながら、彼女の話を聞く。
働き方は人それぞれだと思えども、
仕事に主軸のない彼女と、
私では考え方が大きく違う。
由「パパにお願いしてみようかなー」
『何を?』
由「奈々さんを雇ってって。
パパのお気に入りだし、快諾してくれるよ」
『それはまだいいよ。
今色々と抱えてるし、勉強もまだまだあるし』
由「むぅ。お給料ももっと良くなるよ?」
『としても、それだけじゃないからさ』
由「えぇー、私はもっと一緒に居たいのに。
奈々さんは違うの?」
『もっと時間作るからね?』
由「あっ今度一緒に行きたい所があって!」
『うん、どこ?』
いつも通りの急な話の方向転換に、
今はホッとする。
実はすでに何度か企業弁護士の話は
彼女の父親からももらっていて。
給料も待遇も、好条件を提示されてる。
彼女の父親は、
彼女との関係がどうなろうと気にしないと
前置きをした上で、
私の能力をかってくれていると言う。
それでも、
乗り気にはなれずに幾度か断った。
その上で、
彼女との時間を作るために
そこへ入社するなんて考えは正直ない。
由「ブランドの新作発表会なんだけど。
このブランドとこっちのも同日で、」
ゆみりんとのデートは
大体食事か、ブランドショップ巡り。
大型連休があれば、旅行。
彼女の好きなものを食べて、見て、買う。
それの繰り返し。
私はその楽しげな様子を見ているというだけ。
楽しいか楽しくないかでは量らない。
今までの恋愛も同じようなものだったし、
そういうものだと思っている。
『じゃあ、その日空けるね?』
由「ホント!?ありがとう!」
嬉しそうなゆみりんの笑顔に
私も微笑みを返して、食事を進める。
ちょうどグラスが空いたので、
手を上げて店員を呼んだ私。
ゆみりんから視線をずらしたとき、
(ん?)
少し離れたテーブルに座る男女の姿が
目に入った。
(ゆうちゃん、だ)
先ほどと変わらない服装の彼女。
向かいの男性と楽しげに話しながら、
食事をしている。
グラスを傾ける右手のピンキーリングが
キラリと光って眩しく感じた。
由「奈々さん?」
『え、あ、なんだっけ?』
由「知り合いでもいたの?」
『ううん、なんでもないよ』
由「そう?あ、そういえばさ!」
『うん?』
由「最近、カッコいい男の人とか、
可愛い女の子とか、知り合った?」
『ん??』
由「例えば、私より良いなと思うような人!」
『それは恋愛対象としてってこと?』
由「うん、そうそう!」
『ゆみりんがいるから、
そういう目で見ないし分からないよ』
由「奈々さん、
モテるし声もかけられるでしょ?」
『別にモテないしね。
それにゆみりんと付き合ってるんだから』
由「ふふっ!奈々さんってホント素敵」
『?ありがとう?』
由「もうどんどん好きになっちゃうなぁ!
友達にもいっぱい自慢しちゃうもん」
『そんな、自慢なんて苦笑』
由「自慢の恋人だよ??」
ゆみりんは自信満々に私の好きなところを
教えるように沢山例をあげてくれる。
私はそれを聞きながらも、
ずっと視界の端に留めたままのテーブルに
意識を置いていた。
プレゼントだろうか、
男性が小さな長い箱を彼女へ渡している。
村山さんがそれを開けると
ネックレスが。
何だかとても良い雰囲気の二人。
容姿端麗で仕事もできて性格も良い。
そんな彼女がモテないはずはない。
でも、何でだろう。
美味しく感じていた食事も、
それなりに楽しんでいた恋人との時間も、
途端に無意味なものに感じてくる。
簡単言えば、凄く虚しい。
そして、
彼女の前に座る男性が、羨ましい。
こういう感情には慣れていない。
由「ねぇ、奈々さん?」
『なに??』
由「食事終わったら、私のマンションくるよね?」
『ごめん、今日中に確認したいことが残ってて。
家まで送るからね?』
由「お酒飲んだのに?
ホントは誰かと会うとか?」
少し機嫌が悪くなったゆみりん。
今までも私が仕事を理由に帰るなんて
よくあることなのに。
それに何だか最近私の動向に過敏な気もする。
『何か、心配させるようなことしたかな?』
由「え?」
何一つやましいところなんてないのに、
必要以上に疑われるのは
あまり気分の良いものじゃない。
『問題があるなら言って欲しい。』
また、トラブルは早期解決が鉄則。
ゆみりんが私の何かに不安なら
ちゃんと話して解決しなければならない。
由「あ、えっと、ただね、
今日はずっと居られると思ってたから」
『そっか、ごめん。
ちゃんと伝えてなかったから
期待させてたんだね。
今の大きな案件が片付いたら
必ず時間を作るから。』
由「うん、私も言い方悪かったよね、
ごめんね」
『いや、私が悪いと思うから謝らないで?
今度のデートの日は夜まで空けとく。』
由「うん!楽しみにしておくね!」
『じゃあ、そろそろ、会計しようか?送るよ。』
由「あー、
私、友達のところに寄って帰ろうかな」
『そう?あまり飲みすぎないようにね?』
由「心配??」
『ゆみりん、可愛いんだから、心配だよ?』
由「ふふっありがと!
でも、気心知れたお店にしかいかないから
心配しないで?」
『うん。』
そこまで話すと席を立つ私達。
テーブルを離れる時に、
一瞬、村山さんの方に意識が向く。
でも彼女の笑顔を横目に確認した後、
私は足早にそこを去った。
パッ!
…ブーン。
タクシーを停めて、
知り合いの店に行くというゆみりんを
先に乗せる。
由「ご馳走様でしたっ!ありがと!」
『いいえ、どういたしまして』
由「帰ったら連絡するね?」
『うん、待ってる。気をつけて』
バタンッ
ドアが閉まると走り出すタクシー。
『…ふぅ』
見送った途端、
久しぶりのアルコールもあって
私は大きな息を吐く。
帰ったら、
彼女に言った通り、仕事をするつもりだ。
だけど、
彼女の家に行く気分じゃなかったというのも
本音ではある。
もう少し、飲みたい。
でも、嘘はつきたくない。
『帰ろ、』
私はまた一台タクシーを停め、乗り込む。
行き先を告げ、
シートに体を預けて外を眺める。
(…疲れた、)
それにしても、
この、モヤモヤした気持ちは何なんだろう。
そっと鞄を触れば、
村山さんに貰ったクッキーを感じる。
あの人は恋人だろうか?
ああいう人がタイプなんだろうか?
(楽しそうだったな、)
…羨ましい。
心が沈む。
私は家に着くまでの間、
思考を止めるため、
しばし目を閉じることにした。


