伊坂幸太郎さんの作品は
複数の作品にまたがって
パラレルワールド的に
登場人物が出てくる
セルフオマージュって
勝手に思っています。
読者を引き込む仕掛け。
悲しいことって
誰の上にも
平等な確率で降ってくる
わけではない。
神様仏様は
見てるとか言うけど
本当?って疑わしい。
努力と結果は比例しない。
何かにすがるより、
何かを責めるより、
自分が強くなるしかない。
魂から輝く美しさ。
それが
生きるということ。
感情を認める。
内在を許す。
例えば、
誰かを殺してやりたいくらい
憎んだとする。
嫌悪感を肯定する。
理屈ではなく
許してあげる。
全部はそれから。
正しくあるべきと
考えないようにしようと
不本意に追い払うから
考えに取りつかれる
許せばいい。
許して
そしてどうしよっかって
腹をくくってみればいい。
簡単なことではないけど
シンプル。
とある方のブログを読んで
すてきな考え方だなと
ヒントをもらえました。
安心感は
思考を停止させる
人としての発展を止めてしまう
そんな風に思ってました。
でも、あまりに
安堵感のない人生は
突き進むと
つまるところ
死にたくなるので
早めに終わってしまいます。
だから、
どうやったら
続けられるのかなーと
ずっと考えてます。
なんて言えばいいだろ。
生き続けるための方法。
というか、
心が生き続ける方法。
そゆことを考えてます。
自分の人生が面白くないなら
人から笑われたり
仲間外れにされたり
極論、いない方が
マシ!
と思ってる。
考え続けたいんです。
思考を停止させたくない。
そんな風に生きていたくはない。
たいした知恵もないです。
それでも、
自分の頭で考えて
咀嚼して
自分の言葉で話したい。
誰かを想って
発言や行動を
控えることはあっても
誰かを恐れて
誰かが望む
ふるまいをしたくはない
嫌いなものは嫌いでいいじゃん
そう思ったら
スーッと楽になった
ああ、今のあの人嫌いだな
むかつくな
その言葉あなたから聞きたくないな
そんなやり方
みんなが認めても
私は絶対認めない
とか、、、
全部その通りだと
肯定することにしたら
楽になりました。
なんとでも
お好きなように
お呼びになって。
そんな気持ちです。
自分の気持ちに嘘をついてまで
やる必要はない。
それに気づいて楽になったというか。
~~あるべき
~~するべき
感覚が強いんで
自分で自分をがんじがらめにしちゃうんです。
それで絡まって
突然プツッと。
べつに
~~べきなんてのは
破っていいんです。
完璧になんてできるわけないんです。
嘆かわしいのは
完璧にできないことじゃない。
本当の悲劇は、
不完全さやいびつさを
愛せないことです。
不出来なところ
コンプレックス
悩みや
悲しみ
人との違い。
あるとき
独自の
原動力になって
言葉や音楽や芸術を
創造するんです。
隅から隅まで
完璧だったら
何かを作ろうなんて
思えない。
コンプレックスは財産。
とある書道家さんが、
こんなことを言ってました。
個性とは、
規範にならい、個性をなくそうと何度も偉大な先生の書を写して完全にコピーできたと思ったとき、最後に残ったどうしても取れない自分のクセ。
それが個性だと。
はみ出したところ、
いびつなところ、
ちがうところ、
それがあなた。
いびつさを受け入れることは
あなた自身を肯定すること。
だから、私も
自分の不出来な場所を
罰して
律して
身体だけを
いたずらに
生かすようなことは
止めにしようと思います。
最近考え方が変わったら
長生きしたいと思うようになりました。
ずーっとずっと、
あまりにも生きづらいから
どうしたもんかと思って
皆さんより
一足早めにおいとましたいと
思っていました。
人生は素晴らしい、
努力は報われる、
夢は叶う、
若い頃はよかった、
等の陳腐で薄っぺらな聞き飽きた考え方には
同意しかねますが
私に言えることは
そんな大それたことじゃなくて。
今苦しくてたまらない人たちに
自分のいびつなところを
痛めつけずに
抱きしめてほしいです。
苦しかったねって
その欠損や余剰の存在を
認めてあげてほしいです。
音楽や本や映画の中には
そういうメッセージを
密かに含ませてるものが
たくさんある。
真正面から言われるより
ハッと仕掛けに気づいて
響いたりするんだ。
私も
自分のやり方で
言葉、歌、詞で
伝えたい。
届いてほしいな。
あなたに。