お久しぶりです。
台湾のことも書く書く詐欺なのに急に現れました。
そんな時は語りたい時です(笑)

今日は朝から仕事で、
隣にいた同僚のスマホがブルブルっと鳴り、
画面に
「令和」
と表示された。

令和かぁ…
令和元年、2年、3年…と呼んでいくんだね
なんだか不思議

平成になった時、私は春からピッカピカの新1年生になろうとしてる時だった
あんまり覚えてないや~♪
でも小渕さんが額を掲げたのはちゃんと覚えてるんだ~♪
まだワケわからんちんだったからね、大人たちがワイワイ言ってた意味も分からず、
でもあの頃はバブル?なんか世の中がずっと浮き足立ってたような。

ところで、天皇一人に一つの元号になったのは明治からだそうな。
それまでは、まあ頻繁に変えていた。
はちこ、無駄に社会科の教員免許を持っています。
なのでちょっとそのお話をしたくて気になって改めてググってみたんだけど、
難しいことがたくさん書いてあってよく分からなかったので←
「雪花の虎」の東村アキコさんのようにすんごい砕けて書こうと思います。

元号の始まりは教科書に載ってるから何だかはよく覚えてないけどみんな知ってる「大化の改新」の大化が始まり。
中国の真似をしてみたらしい。
その中国は今はやってなくて、台湾が引き継いでいるらしい。←台湾のことはやっぱり気になるw
そのあとちょっぴりお休みしたことはあったみたいだけど、日本はそのまま続けてきた。
で、元号を変えるのは

①天皇とかが即位した時
②いいことあった時
③天変地異とかで縁起悪い時
④革命とかがあった時

…書いててひどいなw特に②の言い方…アホっぽいw

でも、改元のそのほとんどが③の天変地異とかでの改元、「災異改元」でした。
地震なんかの自然災害はもちろん、飢饉や果てはハレー彗星や月食を不吉として改元していたそうな。
今や月食なんて天体ショー扱いでお祭り騒ぎだというのにねw

そこで、テレビで平成を振り返る時によく耳にする
「平成は災害の時代だった」
という言葉。
もしかしたらだけど…
人一倍災害に心を痛め国民に寄り添ったあのお方は、そんなこともお考えなのかな、と思ったりもして…

それでも、昭和から平成へと移り、
戦争のない時代を過ごしたことは称えるべきことであると思う。
願わくば、そんな時代が続いてほしい。
「令和」、なんか素敵だよね。
私たちの大好きなあのお方の字も入っている(笑)
とても気に入りました。(単純だって笑う会)

ところで、
天皇一人につき一つの元号になったのは明治からと先に書きましたが、
その直前、江戸時代の終わり「幕末」を見てみると、
浦賀沖に「黒船」が来たのが1853年、この年は「嘉永6年」、
翌年の1854年に「安政」(安政の大獄で有名)、
内裏や江戸城が火事にあったりして「万延」(まさかの1年)、「文久」(約3年)、「元治」(また1年)、そして「慶応」の3年を経て、時代は「新時代 明治」へと遷ります。

この幕末~新時代明治にかけてを描く少年漫画がありまして、
「るろうに剣心」っていうんですけどw
中学の頃とてつもなく影響を受けましてw
幕末の志士「緋村抜刀斉」は誰もが安心して暮らせる世の中を目指して剣を振るい、
「新時代明治を切り拓いた」とされる伝説の剣客。
しかし彼は己の斬った命の重さに殺生を固く禁じ不殺の「流浪人」として明治を生きる、というお話。

今日帰宅途中にカーナビで何気なく見ていたバラエティーで、繰り返し「新時代」「新時代」と言っていて、ふとるろ剣を思い出した。
番組はただ単に「令和」が決まる前に収録したからそう呼んでいたに過ぎなかったと思うけど、
そうか、元号が変わるってことは、新時代が来るっていうことなのかと気づいた。
己の命と信念を懸けて闘っていた彼らもまた、江戸から明治という時代の狭間でもがいていたのだ。
明治になった時、それまでの徳川による武士の政治が終わり近代国家へと激変した時代に比べたら、平成から令和に変わるなんて何も変わらないのかもしれないけど、
それでも一つの時代が終わって新時代が来るのだ。
なんだか、すごいよね。
すごくない!??←急にバカっぽい
そりゃー菅さんも緊張するよねw

それでね、じゃあ新時代、私は何をするのか?
きっとなんにも変わらないと思うのw
でもね、
せっかく時代の狭間に生きているのだから、
新たな気持ちで臨むくらいの心持ちではいたいの。
命を懸けて剣を振るったわけでも、
戦禍を逃れたわけでもないけど、
昭和、平成と生きてきて、
いろんなものを見てきたのだから、
常に考え、いろんなものを見て、いろんなことを感じていきたい。
そしていつか令和からまた新時代に移る時に立ち会えたら、
「令和はいい時代だったよね。」って言えるような日本であってほしいと思う。
私たちの大好きなあの方の一字のように、
手と手を取り合い、相手を思いやり、優しくできる
そんな「和」の時代になりますように。

さてあと1ヶ月、
残りの平成も楽しみましょうね♪

結局いつも通り、
だらだら書いて何が言いたいのかよく分かんない話を最後まで読んでくれてありがとう♡



報知のTwitterよりお借りしましたm(_ _)m





何かにつまずいた時は
空に手をかざしてみよう
この風はきっとどこかで
君とつながってるから

2019.3.11
宇都宮にて

今日の空は雨降りで
片手で傘とスマホをもって
手を撮るのが一苦労
なのにこの時間にはもう空は晴れて
オレンジ色の夕日が射してるのが
東向の社食の窓からも反射して見えてる

8年前の今日、
またこんな生活ができるなんて思わなかったな

それでも次の日には壊れた会社を掃除して、
業者が入ってくれて、
その次の日にはもう営業再開できて。
人の力ってすごいなと思った。

でも、被災地はそうはいかなかった

今でも何万人も避難生活をしているそうだ
何万人も…
想像できますか?
8年経ってる。
8年。長いよ。

自分にできることなんて限られてるかもしれないけど、
見つめ続けると決めたから。
ずっと応援していく。

幸い、大好きな人たちが先頭きって活動してくれたりして、
私は楽しんで乗っかっている。
今年も行くよ!!
Reborn-art-festival!!
楽しんでそこに行く、大事だと思うんだ。
それができることに、感謝。

今朝のどしゃ降りが今は晴れたように、
少しでも被災地に光が射しますように。
みんなが光の射す方へ向けますように。

みんなとここに手をかざして、
祈ります。
そしてかざした手を取り合って、
行動あるのみ\(^o^)/

今年が間もなく終わる。
12月31日。
今年の終わりと同時に、ある人が自分の道を決めて表舞台から退く日でもある。

滝沢秀明くん。

タレント業を引退し、裏方に専念することを発表した。

滝沢くん、タッキーとの出会いは私が中学3年生の時。
鈴木保奈美さんの「ニュースの女」というドラマでした。
当時からジュディマリが好きだったんだけど、ジュディマリが主題歌ってことで、受験生だったけどこのドラマだけは自分の唯一の娯楽の時間として許して楽しみに見てた。
そのドラマは、鈴木保奈美さん演じるニュースキャスター麻生環の物語。
麻生さんの結婚相手が交通事故で亡くなり、彼の連れ子との共同生活が始まる。
その子こそが北原龍、滝沢くんでした。
龍は冷めた子で、父の再婚相手と同居しなければならないという理不尽さになかなか素直になれず、反抗する。
対する麻生さんも旦那を亡くした悲しみと気難しい思春期の赤の他人の男子との共同生活に苛立ちを隠せず二人はぶつかる。
それでも徐々に本当の家族となっていく物語。
龍は、口でははすっぱなことを言うけど、両親を亡くし、なかなか素直になれずさみしい思いをしている。
そんな透き通った視線で佇む姿に心奪われた、はちこ15歳の冬…w

そう、それは初恋。
彼を見ているだけで顔が熱くなり、鼓動は高鳴り。
なんならテレビ画面や雑誌を直視することもできないほどでしたw

タッキーの一番好きなところは、その瞳。
澄んでいて、真っ直ぐで、力強くて。

そして、その考え方にどれだけ勇気付けられてきただろう。
当時、恥ずかしくてなかなかタッキーが載ってる雑誌とか買えなかったのだけど、頑張って買ったある雑誌のインタビューで印象に残ってる言葉がある。

「好きだから、頑張るだけ」

詳しい内容は忘れてしまったのだけど、とにかく今のこの仕事が楽しくて大好きだから、
どんな困難でも頑張れるっていう内容だった。

その言葉に、今のこの瞬間まで、どれだけ救われてきたことだろう。
このインタビューに添えられていた滝沢くんのそのはっきりとした横顔と真っ直ぐな視線が脳裏を掠めるたび、ぐっと堪えて視線をまた上げることができた。
それは自分を強くさせる呪文みたいに、ずっとずっと自分の中で唱えてた言葉。

だから、滝沢くんが裏方に専念すると聞いた時、私はあまり驚かなかった。
滝沢くんなら、そう考えても不思議はないと思ったから。
彼は、好きなことをただただ頑張れる人なのだ。
だから、私は好きになったのだ。
ああ、滝沢くんらしいなと思った。

もちろん、現在まで滝沢くんの活動をずっと懸命に追いかけてきたようなファンではないけれど、
ずっと彼の活躍は見守っていたし、
同年代としてその活躍にはとても勇気付けられてきた。

彼の表舞台での活動を見られなくなるのはとてもとてもさみしいけれど、
それでも彼は大好きなことをこれからもずっと頑張っていく。
そのことだけは確かだから、
これからも滝沢くんのファンとして、彼の活躍を見守っていきたい。

ただ、私がミスチルを好きなように、
滝沢くんを追いかけて日々の活力にしていただうファンの人たちのことを考えると、心が痛いのだけど。
安室ちゃん然り、どうしてもそこは自分たちに置き換えてしまうよね…
そんなの、つらすぎて耐えられないから。

これはファンとしての欲だけど、
たまにはその笑顔をみんなに見せてほしいな。
笑顔ひとつでがんばれることもたくさんあるよね。

これからもずっと、
私は滝沢くんのファンです。
ずっとずっと、ありがとう。
これからも、お互い好きなことを、一生懸命がんばろうね。
あなたのファンでよかった。



雑誌が恥ずかしくて買えなくて、
新聞広告の切り抜きを大事に生徒手帳←に入れてた
まだ大事にしまってあるよ。