お久しぶりです

 

歳をとるにつれ

ものすごいスピードで

日々がながれていき

年が明けたと思っていたら

もう2月になってしまいましたあせる

 

アメブロにもなかなかアクセスする余裕もなく・・・

 

 

 

年始には

4にゃん揃って

今年もよろしく

だったのですが

 

タイトルどおり

ラテが今日未明にお空へ旅立ちました

 

今日は文章が長くなりますが

よろしければお付き合いください

 

 

ちょうど2年前に

いろいろ病気が発覚しました

スコティッシュフォールドなので

ある程度、知識としてはあったので

覚悟を決めた時期ではありました

 

骨軟骨異形成症に起因するのか

巻き爪のため

毎月、病院へ爪切りにいってました

そのたびに

「歩けてる?」

「食べれてる?」

とドクターからしつこく聞かれていたのですが

「走ってますし

ジャンプもにゃんぷろもしてますし

おもちゃで遊べと催促してきて

ほかの猫一倍ごはん食べてます」

と答えて

ドクターは不思議がっていました

 

それは今年に入った1月末でも

かわらず

だったのです

 

それが

2/1

「ごはんいらない」

2/2

「お水いらない」

となり

2/3

歩くのがやっと

2/4

私が今月唯一

丸一日お休みの日でした

もうベッドで横になったままでしたので

一日中一緒に過ごしました

2/5 3:00

眠ったままでお空へ旅立ちました

 

2/3に

フラフラでトイレまでいき

おしっこ・うんちをすませ

そのままベッドでうとうとしはじめたので

亡くなったあと

きれいなままでした

 

2年前に覚悟を決めてから

期間がかなりあったので

いろいろ考え

「枯れる」を目指しました

想像していたとおりになったので

すごく悲しくてつらいことにはかわりはないけど

眠るように逝かせてあげれた

という達成感?みたいなものはありました

 

・骨軟骨異形成症

・肥大型心筋症

・多発性嚢胞腎

がすべて発症していましたので

 

骨軟骨異形成症がひどくなれば

歩けなくなり

(骨瘤ができてたびたび出血はしていました)

肥大型心筋症で血栓がとんでも

足の麻痺または致命傷

多発性嚢胞腎に関しては

素人の私でさえ

触ればわかるほど大きくなっていて

他、いろいろ覚悟してと

ドクターにいわれてました

介護の覚悟はあるけど

想像のうえをいく痛みを伴う症状が発生したら

最悪、安楽死の考えがあることも

ドクターに伝えていました

 

それをせずに

眠るように逝かせてあげれたので

「枯れる」を選択してよかったと思いました

 

でもこれは

ラテの協力なくしては

達成できなかったと思います

 

私のスケジュールがタイトなのに

休みの日に

ピンポイントで

それもダッシュで旅立ってくれました

 

多発性嚢胞腎のこは

7年リミット説があり

ちょうど7歳まであと3カ月でした

長生きしているスコちゃんに希望をもらいながらも

ダメだったときのことを考えて

他のこより甘やかしてそだてました

 

みごと

わがままに育ちました(笑)

 

 

 

たのしかったよドキドキ

ありがとうラテ