日本人はお薬とお医者さんが好きですね。

私もアトピーとか喘息、子宮筋腫に悩まされて続けたので、

お薬には大変お世話になってきました、


製薬会社が大量生産する薬が日常になったのは戦後。

その前から薬はあったけど、

お医者様がゴリゴリしたりまぜまぜしたり、

いわゆる生薬ですね。


さらにその前はおばあちゃんの知恵袋的に受け継がれた知恵。

おばあちゃんが、

これは効くんだよ、と煎じたり、

痛いの痛いのとんでけー、とおまじないをしてきれたり、

手を当ててくれてそのぬくもりで安心したり。



合成された薬が今みたいに一般的になったのは、人類の歴史の中ではほんの最近。

それまでは自然界に生きている一部として自然のなかから分けてもらってた、

と表現したほうがぴったりきます。


私たちには免疫力という素晴らしい力がそなわっていて。

体は食べるものからできている。


肉も魚も野菜も果物も生きている。

その栄養を自分に取り込んで生きている。

栄養だけでなく、その生き物のエネルギーもいただいている。


ストレスから免疫力がさがる。

では免疫力をあげるには。

ストレスをなくす、つまり安心できればいい。


おばあちゃんだけじゃなく、

安心できるかたから手を当てられたり、

言葉をかけてもらうとほっとして眠くなりませんか?


眠ると自分で自分のエネルギーを回復する。




本来の手当ての意味は、

自己治癒力をひきだす手段。

合成の薬に頼るだけじゃなくて、

原点に戻って、見直してみませんか?




本来あるべき自分にもどすために。






子供のとき。

といってもだいたい小学生とか中学時代ぐらい。


「私はきっとしばらくこのつらい状態が続くな」

「たぶん早めに結婚するな」

とか、漠然とだけど決定事項のように考えていたことがいくつかあります。


実際そのとおりになっています。


中でも

「50になるころ生き生きしていたい」

と言うのがあり、

実際に近くなってきてその通りになっています。


でもさ、

10歳そこそこの子供が50歳の自分に想いをはせないよね、ふつう。


それらは、

きっと生まれる前に自分で決めてきたことなんだと思います。


今将来について思い浮かぶイメージは、

今の家でひとりになって、さんさんと日光をあびて幸福感に包まれている自分。


きっとだんなを看取って、ひとりになるんだろうな。



人は生まれる前に全てを自分で決めて生まれてくると言われています。


私は自分の記憶と照らし合わせて、その通りだと感じます。



私は自分の人生の課題をやり切って、魂に帰るんだろうと思ってます。

あくまで個人的な意見です。

いろんな体質の方がいるから、あくまで一個人の体験談として読んでください。




発達障害が栄養不足というのをみて、

ピンとました。





私には娘が2人います。

2年弱の歳の差。

私は当時20代中頃。主人は30代前半。


上の子は発達障害気質があり、身体的にもコミュニケーション面でも疑いのなか子育て。

でも全てがギリギリ正常の範囲。

いろをな能力は高い、知能も高め。

大学は中退し、風俗の仕事したりODしたり引きこもり。


下の子は一般的な悩みをその年にちゃんと経験して今は就職して社会人。

能力はまんべんなく、知能も低くはない。


学年的には年子だし、両親も比較的若い。姉妹への対応もだいたい同じ。




決定的な違いは妊娠中。



上の子のときは体重管理に厳しい先生でトータル7キロしか太れませんでした。

食べたくも食べれない。

でも体重はふえる。注意される。

仕事もしてたし、途中切迫早産にもなり、ストレスも多かった。

41週で生まれて3,000弱。

母乳しか受け付けなかったので、わたしは妊娠前より8キロ減。

ガイコツですね。


対して下の子。

仕事も辞めて専業主婦。

上の子のときの教えもあり増えすぎないようにはしていましたが、

子供と一緒に食事して、体重管理もおおらか。

私は11キロ増。

36週で生まれて2,500弱。

混合栄養で私は妊娠前とほぼ同体重。



思い返すと。

上の子は明らかに母体の栄養不足。

母乳にも足りていない。

それなりに大きくはなったから吸収できる体はもっているのに、

機能を生かしきれていない。



藤川先生の本を読んで、

ただいま私と上の子で底上げ中。

プロテイン始めて、明らかに、明るくなりました。

引きこもりで落ちてしまった体力と、

長年のタンパク質不足は

すぐには満たないけど。

半年たって、少し実感してきたみたいです。



ゆっくり、少しづつ、前へ。


ブログ再開。

自分のペースでぼちぼち。


昨日オンラインでエネルギーを受ける機会にめぐまれました。


みなさんすごいかたばかりでしたし、

その感想も、

「柔らかいイメージ」

「あったかい」

など、ほんわかした意見が多かったのです。


たしかに、エネルギーの大きさというか、

寛大さというか、素晴らしさを感じました。


でも私は、実は上手に繋がれずに苦戦しました。

ちゃんとぱかっと開いて受け入れる準備はできていたと思います。

(みなさんが開けてくれた感じ)


しかも、

私は5番に前から後ろからエネルギーを感じ、

頭に暖かさは感じませんでした。

受けている時はヘッドギアをしているような感覚、

目を開けるとそのヘッドギアをはずすといっしょに頭の重さが消し飛んでいきました。


すーっと。





なぜか?





受け手である私に問題があったのかも。


レイキは受け手の必要なとこに必要なだけながれる。

受けとろうと私の念が働いた。

今思えばなぜが身を任せようという思いに欠けていたんじゃないかと思います。


5番に来たのは私が表現することをおさえているから。

相手を諦めている、つまり執着している証。

これも身を任せていない。


私にレイキはしっかり流れたけど、(しっかり流れてますよ!)

私に問題があって、自分の感覚に思いを馳せる絶好の機会をのがしました。



ということで、絶賛好転反応でネガティブモードです( #●´艸`)プププ∮+゚

笑っちゃう。


こうやって自己分析できるぐらいには成長したかな。


私も、

自己研鑽しない私が他人にヒーリングするなんて、

という呪縛にとらわれているひとり。


さあ、これはこれで受け入れて、ぼちぼち行こう。


自然体で

風に身をまかせよう

自分らしく

ゆるりと自然体で