いやいや。宗教ですか?
って思いますよね。


それだけ私たちはジコチューに生きている。
自分目線でモノをみている、当たり前。
人間が中心の価値観で生きているもんね。

もっとおっきな視点でみると、ちっぽけな地球のなかの、チリほどの人間。
人間だけでは生きていけないし。
生かされて生きている。

自然のなかで自然の一部として生かし生かされていたはずなんだけど、
いつのまにか、生かされてることを忘れちゃった。
いつのまにか、レイキとのつながりかたも忘れちゃった。

今の生き方は、私たちが選択し続けた結果。
選んで生きてきたはずなのに、生きづらいのはなんでだろ。

それは、本来あるべき自然の姿じゃないから。

あ、決して否定してるわけではないです。


でも。

 

せっかくいただいた命、もって自分らしくありたい、輝かせたい。

 

レイキとつながることで、すこしでも気がつくものが、あるはず。

痛みが軽くなった
不調がらくになった
気持ちが癒された
生きるのが楽になった

 

 

本来あるべき自分は、どんな自分だろう。

 

レイキは、ただそこにあるもの。
贈り物でもなんでもないんです。

私なりの感覚で説明してみます。

脳や体をパソコンに例えてみますね。

 

私はすべてを「デスクトップに保存」します。

フォルダを作っても整理できるどころか

余計どこにあるかわからなくなる。

しかも前のパソコンから引き継いだデータ(前世の記憶)まで

この端末のどこかに入ってる。

そんなパソコン重くて使いにくいに決まってる。

そこで。

その整理をするのがアクセスバーズ。

コンセントやケーブルの通りをよくして、

データも整理してくれる。

それも必要なものだけ。

すると、

ある情報は使えるようになるし、新しい情報もいれやすくなる。

こんなイメージ。

 

 

アクセスバーズって、私もはじめて聞いたときはなんぞやと思いました。

出会いは前の前の整体院。

頭を指先でソフトタッチしてくれたのが

めちゃくちゃスッキリした記憶だけがあり。

でも二度とやってくれませんでした。

その整体院では、

ゴールを具体的にイメージすること

「こうなりたい」を「こうなる」と宣言する

などをやりながら整えていきました。

 

その時は

なんでそんなことをするのか、

なにをされてるのか、

わからなかった。

 

現実は自分が作っている

 

今なら、それがわかります。

 

これ以上、もっといいことは、なに??