茶柱が立ったときには、まるでクララが立ったときのように誰もが喜んでしまうのは言わずもがなり高橋だが、お茶について研究することに人生を捧げているM氏から先日メールがあり、
「茶柱文学賞で大賞を獲って、俺の無念を晴らしてくれ」
という内容で、まさかこれがM氏からの最後の連絡になるとはそのときは夢にも思っていなかったのだけど(というか、夢で思えたらそれは予知夢になるかと思うのだけど)、それ以降M氏は世界で七つしかないお茶の葉を探すための放浪の旅に出たらしく連絡が取れなくなってしまい、今となっては彼に一体どんな無念があったのかは知る由もないのだが、世界のどこかにいるであろうM氏に茶柱文学賞の大賞を捧げたいと思うのだ。
そう、私にとって、もはやこの茶柱文学賞はさけられないのだ。
たとえさけてるチーズを頂いてもさけることはできない、と言っても華厳の滝ではない。
ただ、作品を投稿するといっても、どこかで見たことがあるような、
二番煎じの作品を送っても仕方がないので、
周りの人の意見を湯呑みにせずに、鵜呑みにせずに、茶番劇を描くのではなく、目頭が熱くなるような感動的な作品が書けるように自分にはっぱをかけながら、あまり無茶はしないように、茶レンジしていきたい所存である。
ただ、最近ぬるま湯のような生活を送っているせいか、全然アイデアが沸いてこないので…
万事急須かもしれない。
