──逆境の中で冷静さと判断力を取り戻す方法
はじめに:危機の現場で見てきた社長の姿
経営者の方と接していると、業績が順調なときには朗らかに振る舞っていても、資金繰りが厳しくなり、倒産危機が現実味を帯びてくると、急に顔つきが変わる瞬間があります。目が泳ぐことが多くなり、言葉に力がなくなり、判断が遅れる。さらに、雄弁になり、どんどんと話の筋が入れ替わる。
私自身、中小企業活性化協議会などを通じて、数多くの中小企業の再建現場に立ち会ってきましたが、「社長の心の状態が、会社の未来を決める」と言っても過言ではありません。
危機の中で問われるのは、経営戦略や財務の知識だけではなく、「いかに自分の心を整えるか」です。そこで力になるのが、マインドフルネスの実践です。
私はコンサルタントであると同時に、国際コーチ協会認定のマインドフルネスコーチとしても活動しています。その両方の立場から見て、倒産危機に直面した社長がまず行うべきことは、「自分自身に戻る」ことです。
第1章:社長を追い詰める心理的課題
倒産危機にある社長の心を蝕むものは、多岐にわたります。
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重圧感と孤独感:「会社の命運は自分一人の肩にかかっている」という思い込み。
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将来への不安:従業員や家族の生活への影響を考えて眠れなくなる。
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自責と後悔:あのとき出店を止めておけば、投資を抑えておけば、と過去を責める。
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判断力の低下:焦りから感情的に意思決定してしまい、さらに悪循環に陥る。
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身体症状:胃の痛み、頭痛、不眠など、ストレスが体に表れる。
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私自身、ある飲食業の社長と深夜まで資金繰りの相談をしたことがあります。その方は何の経費をどれくらい削減すべきなのか、正常な判断力がなくなっていました。その姿を見て、経営再建は財務スキーム以上に「心の再建」が不可欠だと痛感しました。
第2章:心を揺さぶる「不安」とどう向き合うか
倒産危機に直面した経営者に最も強く押し寄せる感情は「不安」です。
将来が見えず、資金繰りの見通しが立たず、従業員や家族の生活をどう守るか──そのプレッシャーに押しつぶされそうになる方を、私は数多く見てきました。
私自身も独立して間もない頃、毎月の顧問料だけでは生活が成り立たず、「来月は家のローンが払えるのか」「息子の多様な教育費が払えるのか」「クレジットカードの引き落としに足りるのか」と夜眠れない時期もありました。
そのときに感じたのは、単なる数字の不足以上に「将来が見えない」ことの恐怖です。不安は、頭の中でどんどん増幅され、現実以上の重さを持ってしまうのです。
マインドフルネスを学んでから気づいたのは、不安を「消そう」とすると、かえって膨らむということです。不安は排除すべきものではなく、「いま自分の中にある」と認めてあげる対象です。
眠れない夜は、布団で落ち着いて、呼吸を意識して、「ああ、私は不安なんだな」と優しい気持ちでつぶやいてみることです。すると、不安がゼロになるわけではありませんが、心の中でその不安を抱きしめる余裕が生まれます。
経営者にとっても同じです。「不安を感じてはいけない」と抑えるのではなく、「不安を感じるのは自然なこと」と気づくこと。
それだけで、自分を責める悪循環から抜け出すことができます。そうすると、いま、どのような経費は本当にいらないのか、止めるべき行動はなになのか、一歩踏み出さないといけないことなどが分かってきます。
マインドフルネスは、感情をコントロールするための道具ではなく、感情に寄り添うための姿勢です。不安を受け入れ、その存在を認識することが、冷静な判断の第一歩になるのです。
第3章:呼吸と体感覚から心を立て直す
感情の渦中にあるときに役立つのが「呼吸瞑想」と「ボディスキャン」です。
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呼吸瞑想:椅子に腰かけ、4カウントで息を吸い、4カウントで止め、4カウントで吐き、また4カウントで止める。これを数分繰り返すだけで、自律神経が整い、冷静さが戻ってきます。
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ボディスキャン:横になり、足先から頭頂まで意識を巡らせます。「どこが緊張しているか」「どこに痛みがあるか」を観察する。すると、心が揺れるとき、必ず体のどこかにサインが出ていることに気づきます。
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私もコンサル先への提案で、まだ先が見えなくて資料を作成できないときなどは、仕事をさっと切り上げて、布団のなかでボディスキャンを試しました。肩のこわばり、胃の重さを感じ、「ああ、自分はこんなに緊張しているのか」と初めて気づいたのです。気づいた瞬間、心と体はふっと緩みました。
第4章:思考を整理し、決断の前に「間」を取る
危機に直面すると、思考が堂々巡りを始めます。「もし取引先が離れたら」「あの投資が失敗だったら」と、未来や過去に引きずられて視野が狭くなる。そんなときに有効なのが「ジャーナリング」と「一時停止」です。
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ジャーナリング:頭の中の不安や怒りを紙に書き出す。書くことで「感情」と「自分」を切り離すことができます。
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一時停止:重要な意思決定の前に、意図的に数分間の「間」を置く。呼吸を整え、「この決断は今すぐ必要か?」と問い直す。
私はある製造業の再建支援の場で、資金ショートが目前の中で「工場を閉鎖すべきか」という決断を迫られた社長と過ごしたことがあります。感情的になりかけた社長に「一度深呼吸して、書き出してみましょう」と促しました。
10分後、その社長は「いま閉める必要はない」と冷静に判断できました。マインドフルネスが意思決定の質を変える瞬間でした。
結論:危機を希望に変えるマインドフルネス
倒産危機のような極限の状況は、社長の心を最も揺さぶります。しかし、その中でマインドフルネスを実践することで、不安や怒りを否定せず、冷静さを取り戻すことができます。
呼吸に戻ること、体に気づくこと、思考を書き出すこと、決断の前に立ち止まること──これらはすべてシンプルですが、危機を乗り越える大きな力になります。
私はコンサルタントとして多くの企業再建を見てきましたが、成功する経営者に共通しているのは「心を立て直す力」を持っていることです。
マインドフルネスは単なるストレス対策ではなく、逆境の中で希望を見出す力を与えてくれる実践です。
社長が心を整えると、従業員も落ち着きを取り戻し、組織全体が再生に向かいます。だからこそ、倒産危機こそ、マインドフルネスの真価が発揮される場なのです。