「 楽拿 」
始まる前に、大忙しです。
ただいまぁ~。
誰か「おかえりぃ~」って言っていただければ、うれしいんですけど。
まっえっか!
「楽拿」が、無意識治療だと、富山県で確認してきました。
なんのこっちゃ、わからんでしょうが…。
そんなもんです(笑)
気楽を超えて。
まんま「楽」
どんなもんです?
どんなきっかけにせよ、その人をうらみに思い、
にくむ念がこもった心。
原因はどこにあるかを探してみましょう。
どこにありますか?
その大波、小波にゆれ動く心。
動いているのは、自分の心。
その心に残るのが、
ただただ、ただ恨み、
ただただ、ただ憎みなら、別のもの。
一歩進んで、制止ましょうよ。
気がつきましょう。
その思いで、その相手の「惨憺たる地獄の沙汰」を、
この眼でみて、溜飲をさげたいのなら。
同じ穴のむじなにになってしまいますからね。
隣り合わせと気がついたら…。
毒滅する。
根に持つほどこだわり、
尾を引くほどとらわれ、
執着が強い心。
自分は正しい。
自尊心が傷ついた。
いつまでたっても、薄まらないその思い。
相手のせいにして、毒されるのも自分。
改めましょうよ。
気づきましょう。
ゆっくり考えたら、わかるもんです。
そういう思いは、一方的に生ずるものではありませんしね。
単純明快です。
自分を見つめ直すことができたら…。
毒滅する。
「 楽拿 」
始まりました。
とうに、始まってたんでしょうが。
遅鈍平凡で、気がつかなかっただけですかね。
何を、どうするかという治療家の類ではないみたい。
やりたいことをやり。
やりたくないことは、やらない。
治療するわけでもなく雑談し、
時間がきたら、はい、さようなら。
山に行ったら、勝手に木と話し。
岩を枕に、ひと寝入り。
場と、
物と、
人と、
自然と渾然一体に治愉できれば、しめたものです。
愉しいが、楽しい!
「楽拿」と気がつきました。
とは言え、このまんま。
ありのまんまが、よろしいかと…。
気楽に治療、がんばろっと。
ささいな事に腹を立て、
むやみに怒る(おこる)ことが、
常であるという心。
自分が正しいと主張するだけではない。
ただ単純にむかつくだけ。
それって、器が小さいだけではないでしょうか。
そういう語気を荒げた言葉や、
乱暴な態度に現れているのを、
気がつかずに毒されている自分。
気がつきましょう。
気がつくだけで、
それを制して改められるんですから。
誰でも。
気がつくだけでいいんです。
人の度量、「器」は…。
美和(うつわ)と解してもいいですね。
大きければ大きいほど、人が寄ってきます。
たくさんの口が寄ってくる…器。
自分が中心になって、調和するのが自分と気づけば…。
毒滅する。