2013年からスピードダウンして活動していたテレマーク。
今後どうかかわっていこうかを考えながら過ごしていたら2015年になってしまいました。
この間、卒業した北海道エコ・コミュニケーション専門学校(現:北海道エコ・動物自然専門学校)に入職し、現在は、北海道メディカル・スポーツ専門学校の広報センターに勤務しています。
今、再びテレマークに関わっていこうという決意をさせてくれたのは、北海道メディスポ(略称)との出会いがあったからだと思います。
この職場にいると、スポーツと関わっていきたいとか、アスリートをサポートしたいとか、いろんな夢を持った人に出会います。
また、この学校を卒業し、夢をどんどん膨らませている人にも出会います。
この出会いの中で、生涯を通じてお互い高め合っていくんやろうな?というおもろい友人ができました。
3週間に1回はなんだかんだで会って、ごはん食べて、近況報告をしあって、前に進む関係。
いろいろ、私の野望を聞いてくれる友達です。
そんな友達に、「ブログ始めたほうがいいって!」って
言われたからやる!(笑)
でも、言われる前からちょっとやってみようかなとは思ってたので、開始!
毎日書くのは、難しいけど、私の思いをつづっていきます。
2014-2015Season ドイツ・アメリカ・ノルウェーの遠征に、選手もしくは帯同スタッフとして同行しました。
自分の中では、ドイツ戦で引退と一時腹をくくり、3月末には引退報告というプランを立てていました。
いろんな思い出がよみがえりました。
どこの国でもそうなんでしょうか?
選手を引退して、きっぱりスキーから遠ざかる人が多いような気がする。
でも、私は、きっぱりやめるの無理や。
自身の選手活動目的は本年達成できたけど、永代の目標メダル獲得がまだやし!
このままやめるのはもったいない!女子チームつくろう!
ということになりました。
過去にシングル入賞、表彰台まであと一歩のところまでいったこともあるけど、過去の話。
今の私は、過去の自分に勝れない。
がしかし、後輩育成のために、彼女たちの目標となるような存在でなければならないとも思う。
胸をはって現役続行といえる器ではないが、ブーツに足を入れ、ビンディングをパチンとしめたその瞬間から、【日本最速の女。畑亜矢乃君臨】と意識し、雪上に立つ。
メダルのとれる女子チームを作ります。
そう決意した矢先。
ピョンチャンオリンピックでテレマークのオリンピック化が!?
という記事が、日経新聞で取り上げられました。
テレマークのオリンピックネタが国内で取り上げられるのは初めてではなかろうか?
種目は、パラレル。
2012年から、正式にワールドカップ種目化した競技です。
私は、2011年のWCファイナルでパラレルのプレコンペに出場し、(正しくは出場させられ)公の場で初めてパラレルを実施した選手です。わはは!すごいでしょ!(笑)
あれから3年もたって、オリンピックが近くなってきたようです。
13年の選手生活の中で、どうしたら選手が勝てるのか?
とか、何が今たりないのか?をなんとなく理解した気がします。
今、わたしが関わっている女子選手は、みな10代前半。
もともとクロカンやアルペンをしている選手です。
私より素質あります!
世界で戦う本当の意味や喜び。
全てを後輩に引き継ぎ、地域をもりあげられるそんな選手を育成していきたいと思います。
結局テレマークにどっぷりな私ですが、広い視野をもってぶっ飛んだアイディアで世の中に貢献できるように活動していきたいと思います。
まだまだ、あじゃがんばります。