大田”現象学”光
爆笑問題の大田光は、その時その時に読んでいる本の影響を受けて
趣味、思考が変化していると思われる・・・なんて考察を
深夜のファミレスで口走ったものだから、延長に延長を重ね
サラダとカフェオレのセットで朝まで生討論し、そして、つい先ほど目が覚めた。。
結果、飲み会で必ず話す話種を、ラフシーで蒔くと時間が崩壊するということを覚えた・笑
この論点に決着をつけるならば、おざなりなフロイトismを適用するまでもない。
私の見解は”ソフトに対するハード”っていう二項対立の帰納的決着法
ようするに、大田光はプレステ3とかwiiとかみたいなハード機器で
読んでる本が、ドラクエとかマリオみたいなソフトの役割を果たしているということ
そして、ここからが重要!!
俺の着眼点は「大田光はヴィトゲンシュタインのゲーム理論を
履き違えて実践しているのではないか」ということ。。。
まぁ、それはそれとしてそういう芸風に金銭価値が付随いてしまった以上
私としては「我々は勘違いをやめてはいけない」としかいえません・笑
そう
「我々は勘違いをやめてはいけない」
taiki
趣味、思考が変化していると思われる・・・なんて考察を
深夜のファミレスで口走ったものだから、延長に延長を重ね
サラダとカフェオレのセットで朝まで生討論し、そして、つい先ほど目が覚めた。。
結果、飲み会で必ず話す話種を、ラフシーで蒔くと時間が崩壊するということを覚えた・笑
この論点に決着をつけるならば、おざなりなフロイトismを適用するまでもない。
私の見解は”ソフトに対するハード”っていう二項対立の帰納的決着法
ようするに、大田光はプレステ3とかwiiとかみたいなハード機器で
読んでる本が、ドラクエとかマリオみたいなソフトの役割を果たしているということ
そして、ここからが重要!!
俺の着眼点は「大田光はヴィトゲンシュタインのゲーム理論を
履き違えて実践しているのではないか」ということ。。。
まぁ、それはそれとしてそういう芸風に金銭価値が付随いてしまった以上
私としては「我々は勘違いをやめてはいけない」としかいえません・笑
そう
「我々は勘違いをやめてはいけない」
taiki
