猿が繁殖!
地球温暖化のせいか、軽井沢の冬もここ数年はそれほど厳しくない。地元のお爺さんなんかは、10数年前は樹木が芯まで凍結し、日中に『バリッ、バリッ』と樹が割れる音がしたが最近は聞かれなくなったね・・・なんて残念そうに語ることをよく聞くようになったが、この暖冬、軽井沢の生態系にも大きな変化を及ぼしている。
そもそも、自然の中で生きていくということは動物にとっても大変なことで、生半可なことでは冬なんて越すことは出来ない。雪に一面覆われた軽井沢の雪景色を見て、僕なんかは暖炉の前で『心洗われる風景だ!』なんて自分勝手に楽しんでいるのだが、熊にとっても、狐にとっても、猪とっても、動物にとっては軽井沢の冬は生死を分ける季節なのだ。
この厳しい冬を越すことができず、軽井沢の野生動物の個体数は間引きされてきたのだが、ここ数年の暖冬で個体数が増加し、熊や猿や猪など、野生動物を間じかで観察する機会が急に増えてきた。特に猿は知恵が働くことから、軽井沢住民の天敵で、窓ガラスなんかの鍵を空けておくとスルスルと窓を開けて家に侵入してくる。誰もいない筈の家に帰って猿と視線が合ってお互いにびっくりなんて一度ならず何度もある。
今日も家に帰ってくると、玄関の前で親猿、子猿、孫猿?が、日光浴をしながら熱心に蚤取りをしていた。こちらがカメラを向けても一向にお構いなしである。害獣ではるが、家族でじゃれあっている姿を見ると、あまりにも微笑ましく、どうしてどうして、なかなか憎むことはできない。
初めてのクラシック・コンサート
観光地、軽井沢に住んでいると地元ならではのお得なイベントがいろいろとある。ソニーの大賀会長は、軽井沢をザルツブルグのような音楽の都にしようと音楽ホールを寄付してくれたのだが、箱物ができればソフトが必要なわけで、数年前から『軽井沢の森音楽祭』が開催されている。
娘の学校を通じて音楽祭チケットの無償配布があったのだが、本当に申し込めるのと半信半疑で12枚のチケットを応募すると抽選もなく全チケットを頂いてしまった。総額にして5万円くらいのチケットだろうか?かねてよりピアノが習いたくてしょうがない娘にとっては、初めてのクラシック音楽体験となった。
演奏者は、元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターのウェルナー・ヒンク、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団チェロ首席奏者のフレッツ・ドレシャル、ピアノの後藤泉の3人。トイレに入って右を見ると隣でウェルナー・ヒンクが用をたしていたのが何とも軽井沢らしい。後藤泉さんは、軽井沢でもなかなか見ることができない優雅な女性で、『お嬢様は1日にしてならず』を実感する。
娘は、今日のコンサートを聴いてどのように感じたのだろうか?まだ、チケットが9枚も残っている。
本日のプログラム
ベートーヴェン:14の変奏曲変ホ長調op.44
ベートーヴェン:ピアノ3重奏曲変ロ長調op.11
ベートーヴェン:ピアノ3重奏曲変ホ長調op.38
なかなか美味、桑の実!
家が遠いため娘を学校に送迎しなければいけないのだが、友達と一緒に下校するのが楽しくてしょうがない娘からは、学校には迎えに来ないで欲しいと言われている。そんな訳で自宅と学校の中間地点となる神社に娘をピック・アップにでかけるのだが、これが待てど暮らせど娘はやってこない。
さすがに小2の小さな女の子なので心配になり、通学路に沿って娘の捜索を始めるのだが、『となりのトットちゃん』よろしく、野原で花を摘んでいたり、草笛を吹いていたり、田舎には都会と違った誘惑が一杯だ。昨日も、まったく現れない娘に業を煮やして探し始めると、学校のほど近いところにある樹の周りに子供たちが鈴なりとなっている。もちろん、娘はその輪の中心にいる。
子供たちに何やっているの?と聞くと、『桑の実をとっているんだ!』、と元気の良い声がはね返ってくる。『まいちゃんのパパ、お願いだから取って!』と子供たちが口ぐちに叫ぶ。どうやら小学校低学年では樹の根元の方の枝にしか手が届かず、低いところにあった実を食べつくした子供たちが、どうやって高いところの実を採ろうか思案していたようだ。
たちまち子供たちの人気者となり高い枝になっている黒く熟れた実を子供たちに配ってあげる。こんなものが食べられるのかと半信半疑で口の中に放り込むと、甘味と酸味が絶妙に混じりあい、ブラック・ベリーのような味がする。スーパーの果物売り場では絶対に出会えない味で、フランスだったら高級フルーツ間違いなし。
こんな樹が通学路に植わっていたら娘がまっすぐ帰宅できないのも頷ける。軽井沢は、今、桑の実が食べ頃だ。
親が子供に残せる一番のプレゼントは?
つくづく男性はダメだなと思うのだが、日本のパパに教育熱心なパパはあまりいない。自分が習い事など殆どしたことがないせいか、子供は放っておいても育つものとか、いろんな友達と隔たりなく遊ぶのが人間関係を学ぶのには一番とか、ついつい考えてしまう(単なる自己肯定にすぎないのだが・・・)。
小学校の『お受験』だっといって、まだまだ小さい子供を、水泳だとか、リトミック・ダンスだとか、プライベート・レッスンだとか連れまわすママを見ていると何か違和感を感じていたが、もしかしたら、それはお金持ちに対する『やっかみ』みたいなものではなったかと反省することしきりである。
テレビなんかで『クレヨンしんちゃん』を見ると、ついつい天真爛漫な『しんちゃん』に感情移入してしまい、風間君やネネちゃんをついつい嫌な子供と見てしまうのだが、漫画の提供する単純化した図式に簡単に騙されてしまう自分がいる。
そういった自分が少しづつ変わってきたのは、ニューヨークで子供の教育に頑張るママたちを見てからである。ニューヨークのママたちは、とくに肩に力が入るわけでもなく、目をつりあげるわけでもなく、子供にいろんな習い事をさせていた。水泳をやらせたり、バイオリンをやらせたり、テニスをやらせたりと、それはそれは忙しいのだが、「自分も子供の時に親にいろいろとしてもらったから」と自然体で子供に習い事をさせている。
どうも自分は、習い事は子供にとっては大変なことと(巨人の星の花形満のように)、勝手に偏見を持っていたが、実は習い事は案外楽しいことで、自分もやってよかったから子供にもさせるというような図式らしい。子供も楽しく、将来の子供の人生を豊かにしてくれるものなら、それは、どんどんやった方がいいに決まっている。
また、子供の吸収力というものは大変なもので、わが家の娘も今年の春位まで歌を歌っても少し調子外れで、これは家系だから仕方がないのかなとあきらめていたが、鍵盤のついた演奏できる音楽ブックを買い与えたら、一人で繰り返し練習して、あっという間に歌がうまく歌えるようになってしまった。
音楽でこれなのだからと、あわてて娘をテニスに連れ出すと、バウンドするテニス・ボールに体が全くうまくついていかない。男親というのは、息子とはキャッチ・ボールするものだが、女の子と一緒にスポーツするものとはまったっく考えないところが何とも浅はかだ。早速、娘を近くのテニス・クラブに入れたのだが、子供の成長は何とも早いもので、数週間もしない内に他の男の子たちに混じって、しっかりとボールが打てるようになった。
親が子供に残せる一番のプレゼントは、『教育』なのかもしれない。
ジャパン・プロ・テニス協会での練習風景。もしかしたら、娘にあっという間に追い越されるかもしれない・・・。果たして、何歳まで一緒にテニスができるだろうか?
中軽井沢に星野あり!
軽井沢のような田舎に住んでいると、イノシシ・サルなどの鳥獣に出会うことはあっても、美味しいラーメン屋ができただとか、最先端のショッピング・プラザがオープンしたなんていう出来事は滅多にない。特に中軽井沢を中心としたエリアは、ここが本当に『軽井沢?』というような醜悪の建物が次々に建築されている。
そもそも中軽井沢なんてゆう名前がいい加減で、もともと中軽は『沓掛(くつかけ)』という由緒正しい立派な名前を持っていたにもかかわらず、軽井沢がブームとなると、あっさり由緒ある名前を投げ捨て、胸を張って『軽井沢です』なんて言ってしまうところが何とも軽薄で、これでは、いい街造りなんてとてもできそうにない。まあ、群馬県の側まで北軽井沢と呼ばれる時代なのだけど・・・。
そんな中で、ただ一人頑張っているのが星野リゾートの若社長。中軽北側の湯川沿いに『ハルニレ テラス』という素敵なカフェやレストランなどのお店をこの夏からオープンしてくれた。湯川沿いにあった100本以上の春楡(ハルニレ)の大木をそのまま残し、樹の香りが匂い立つような遊歩道沿いに、中華やイタリアンや小物ショップなどのお店が並ぶ。
『ハルニレ テラス』。気を引き締めないと、娘の学校の送り迎えのデート・コースになりそうだ・・・。
軽井沢には、ソフト・クリームのショップは多いのだがイタリアン・ジェラートのお店がなかった。
夏祭り 女相撲!
花火大会の翌日は、長倉神社『祭り』の本番だ。祭用のハッピやら、お弁当やら、お菓子は、長倉神社で用意してくれる。娘は神社の境内で行われる『女相撲』を前日から楽しみにしていた。前年に準優勝に悔し泣きし、雪辱を晴らそうと燃えている女の子など、女相撲とはいえ『気合』は男の子に全然負けていない。
『負けるな!』、『それ押せ!』と応援するお母さんの凄い声音には圧倒される。時代も変わったものである。小さな男の子の相撲の方が可愛らしく、何とも微笑ましい。娘は、昨年の優勝者の女の子にあっけなく負けてしまった。男親としては、負けて嬉しいのか、残念なのか、不思議な心境だ。
宮司が祭事を行い、お清めに塩とお酒を土俵にまいていく。子供相撲とはいえ、なかなか立派な儀式だ。
軽井沢も、いよいよ夏本番!
軽井沢も、いよいよ夏本番!長倉神社で花火大会があった。長野県では、一番早い花火大会だ。何も、この梅雨の真っただ中で花火大会を開催しなくてもよさそうなものだが、軽井沢としては一年の書き入れどきの夏休みに夏祭りなんかでとても休んでいるわけにもいかず、実は、地元住民にとっては、この時期の花火大会がギリギリの選択なのかもしれない。
軽井沢の夏祭りは殆ど毎年のように雨にたたられるのだが、今年は絶好の花火日和となった。今年で小2となる娘は、「女の子同盟」のような友達ができ、みんなで浴衣を着てお祭りにでかけるのにワクワクしている。こちらは、どうやって浴衣を着せてよいのかわからず内心はソワソワしていたのだが、やってみると何のことはない。帯も、リボンも、全て着脱式で、見よう見まねでやってみるとソコソコに仕上がってしまった。
お茶碗をそのままひっくり返したような「離山」を背景に、神社をぬうようにして流れる「湯川」の河原で次々に大玉の打ち上げ花火が上がる。「ハートマークだ!」、「次は、バタフライだ!」、「猫だ!」と子供たちの興奮は続く。1時間以上の打ち上げ花火は田舎としては贅沢かもしれない。ビルの谷間に上がる都会の花火とは違う安らぎがある。
いよいよ軽井沢は夏本番だ!
髪飾りもつけてあげたかったが、パパとしては浴衣が限界。
長倉神社の橋の上で。
仲良しの友達と一緒に。
どうやら、最も楽しい花火大会になったようだ。お兄ちゃんがいないのが、少し残念だ。
わが家にスズメバチがやってきた!
田舎暮らしをしていると、帰宅すると家の中にサルがいたりとか、雪道でイノシシが飛び出してきて事故りそうになったりとか、都会では想像できないハプニングが次々におこる。
先週、ふと気がつくと、テラスに出しておいたキャンプ用のテーブルの下に何やらお椀を逆さにしたようなものがひっついている。よく見ると、大きなハチがこのお椀の周りで熱心に働いている。アンデス地方の色調をベースとした自然が作るお椀の美しさに見惚れていたら、みるみる内にお椀が大きくなり、アラジンの壺を逆さまにしたような形に急成長した。ハチの出入りも活発である。
巣の形状から、スズメバチではないだろうと高を括っていたのだが、インターネットで検索して目が飛び出るほど驚いた。何と、あのアラジン・ランプはスズメバチの巣であったのだ!放置すると次々にスズメバチの子が孵り、7月、8月とスズメバチのコロニーは拡大し、秋にはまん丸の提灯のような大きな巣に変身する。これはいけないと焦るのだが、ネットで退治法を検索しても、「スズメバチの巣は大変に危険ですから自分で退治せず専門業者にお願いしましょう」と出ている。
Do it yourself の精神か、単にケチなだけか、とても業者には頼めないと近所の園芸店に飛び込み、スズメバチ退治のスプレーを購入してきた。フード付きのスエットで全身を包み、目にはサングラス、手には炊事用のゴム手袋をし、おっかなびっくり、殺虫剤の吹出口を押さえつけた。高圧噴射で凄まじい勢いでガスが噴射される。巣の中のスズメバチは逃げる暇もない。まさに舜殺。たったの45秒で大きな殺虫剤の缶が空っぽになった。
さすが、スズメバチ専用の殺虫缶。でも、1900円もしたんだよね・・・。思わぬ出費にトホホ。
この徳利を逆さにしたようなものが、初期のスズメバチの巣とは知らなかった。
高圧噴射のスズメバチ専用スプレー。しかし、1900円は高い。殺虫剤の成分は、プラレトリン。蜂の神経だけに作用して神経を麻痺させ殺してしまうそうだ。何とこの成分、液体型のベープと全く一緒。ベープをつけるという行為は、スズメバチを瞬殺できる薬品を常時吸引するということを意味するのだろうか?何だか、そちらの方が恐ろしい。
息子が千葉県人になる!
都会のネオンがないと生きていけない人は別として、人間ある程度歳をとってくれば田舎暮らしにあこがれるものである。新緑に包まれ、ウッドデッキに足を放り投げ、大好きな作家の本をのんびりと読むなんていうのが、僕にとっては至福の時なのだが、子育て世代にとって田舎暮らしはそう簡単ではない。
だって、田舎には「いい学校」が全然ないから。東京にいると、なかなか気がつかないのだが地方と東京の教育格差は凄まじい。新幹線が通って軽井沢から東京に通勤なんていうことも夢ではなくなったが、通勤はできても軽井沢には子供を通わせる学校がないのだ。小学生くらいまでであれば地元の公立でも全然問題がないのだがその後がない。
地元の軽井沢中学に進学すれば、高校受験は偏差値に応じて近隣の高校を受験することになるのだが、長野県の公立高校の進学率が良くない。さりとて、中学受験で進学校に通おうと思うと、軽井沢では、その選択肢は、中高一貫の佐久長聖か、新島学園の2校しかない。
軽井沢で子供が佐久長聖に合格すれば、それは軽井沢(長野県?)受験のエリート・コースにのったことを意味するのだが、佐久長聖に入っても東大、早慶レベルの大学に進学できるのは何百人もいる生徒のうち、僅か数10名程度ある。でも、地元の高校に通おうものなら、大学進学自体を諦めなければならなくなるかもしれないので、軽井沢に住む親の悩みはつきない。
でも、人間、追いつめられると、いろいろなアイデアが出てくるもので、自宅から進学することを諦めれば、全寮制の学校が北は北海道から南は九州まである。小学生で寮生活なんて、少し厳しすぎるのでは?と涙腺もついつい緩みがちになってしまうが、息子の方から「自分を変えたいので、僕は受験したい」と言い出した。
そんな訳で、晴れて、この6月から息子は千葉の学校で寮生活することとなった。テレビなし、ゲームなし、起床のあとの1時間のWalkingあり、土曜日は合気道、日曜日はトイレ掃除・・・。息子は大丈夫だろうか?がんばれ!
学校の寮に息子を送り届けたところ。心なしか、寂しそうに手を振っている。
















