「悪しき存在は美しく、逆の存在は逆の姿に視える」ということについて、
霊能者や霊媒師やチャネラーなどといった、スピリチュアル界隈の肩書を一切付さない方々の中にこそ、本当に視える方々は、いらっしゃるようです。
かつて知り合った方々の中には、亡者の方々のレベルではなく、神様レベルの存在を感得される方々もいらっしゃいました。
(事務員1、医者1、社労士1、看護師1)
その方々による神さまの御姿は、ほぼ同じでした。
もちろん、ご神仏ごとに、色々な御姿がありますが、
仮に、私が知っている全てをお伝えしてしまうと、
これを盗み観ている巷の霊能者や、修験ごっこをしていた拝みやモドキや、狗神使いの末裔などといった、頭のおかしい方々に情報を真似される危険があるため、
その中の一つの御姿だけをお伝えします。
曰く、天使の元締めのような方 (神様) は、目玉の化物姿に感得されるそうです。

すばり、このプロビデンスの目のような目玉の化物のような御姿をされているそうです。
このように、気だるそうなマブタがついているとかいないとか…、
三角はないとか…、
丸い枠もないとか…、
丸い一つの目玉だとか…、
実際には、差はあるのですが、
もしかしたら、『プロビデンスの目』を最初に描いた方は、神様の御姿を感得できたのかもしれませんね。
(ちなみに、三角については、キリスト教の三位一体説の信者が後に付した、という説もあるようです。)
対して、「“やつら” に視させられているようなの方々」は、自身の波動が低いため、まずは目玉の神様を感得することはできないようです。
それが、稀に、この神様の方から彼らの前に現れる時があり、
その時、運良く御姿を感得できた時には、
彼らは、「目玉の化物がいる。」と、震えあがるので面白いです。
思うに、プロビデンスの目のような御姿の神様は、『彼らが、 “やつら” にそのように視させられているだけである』という真実を、彼らに知らしめる力があるのではないでしょうか。
それならば、彼らがその御姿を視て、震え上がるのも納得です。
続く…。