自分は「回避型」の愛着障害の傾向を

持っていると自覚してますが、

最近、このブログで自分の過去とも

改めて向き合うようになって、

具体的な変化が出てきたように思います。

 

 

それは、以前に比べると、

 

「怒り」が出てくるようになってきたこと。

 

「怒り」が出てきても、

 止めずに認められるようになってきたこと。

 

 

 

最近、ある出来事で、

自分が大切にされていないように感じて、

ものすごい怒りが出てきました。

一日中、怒りが込み上げてきました。

 

 

次々と出てくる怒りを抑えずに、

出てくるままに認められている自分がいました。

 

 

 

それって、どうなん?

 

 

って思うかもですが、

回避型の傾向を持つ人にとって、

怒りや悲しみを、ちゃんと感じられることは、

改善してきている兆候なんだと思ってます。

 

 

 

 

回避型の愛着スタイルの傾向って、

幼少期の傷ついた体験から、

特に、怒りや痛み、悲しみといった、

ネガティブな感情を感じることを

無意識に避けてしまいがちですよね。

 

 

バカにされていると感じることや、

とても失礼だと感じることがあったりしても、

 

「怒り」を押さえ込んだり、

「悲しみ」や「痛み」を麻痺させて

感じないようにしていることも結構あります。

 

無意識でやってるから、

自分ではなかなか気づかない・・

 

 

本当は傷ついているはずなのに

笑顔でいるとか・・

(私はよくこれをやってます。)

 

 

 

そして、

 

自分さえ我慢すれば、

周りの調和が保たれると思って、

怒りを抑えて、

痛みや悲しみを飲み込んでしまう。

 

幼少期に、家族の中で、

生き残るために身につけた生存術。

 

 

 

 

特に、「怒り」は避けがちです。

 

 

自分の「怒り」を表現したら、

相手を不快にしたり、

それによって関係がこじれたりしてしまうかもしれず、

そして、

それによって、自分が傷ついてしまうかもしれず、

 

それが怖くて、絶対にできない。

 

(この「怒りを表現する」というのは、

 相手に怒りをぶつける、

 ということとは少し違います。)

 

 

 

でも、「怒り」って、

自分が傷ついたと感じた時に出てくる

自然な感情ですよね。

 

そして、

相手にどう思われるか、という

打算的なものが全くなく、

純粋に、自分を守る感情だなと思います。

 

それが、

「怒り」の尊敬する部分です。

 

 

 

 

回避型の傾向を持っている私のような場合、

 

相手にどう思われるか、

相手から嫌われたくない、

 

ということがとても重要だったから、

「怒り」とは正反対です(汗)

 

 

 

でも先日、

ものすごく怒りが出てくる出来事があり、

一日中、ものすごい怒りが出てきていました。

 

苦しかったですが、怒りを出し切るつもりで、

怒りが出てくるに任せて、出していました。

 

 

 

そうしていると、ふと気づきました。

 

ああ・・

 

「怒り」って、

本当に純粋に自分を大切に思っているからこそ、

出てくるんだなー、と。

 

 

すると、

 

 

怒っている自分が愛おしくなってきました。

 

怒っている自分を抱きしめたくなってきました。

 

 

こんな感覚は初めてです。

とても不思議な感覚。

 

 

もしかしたら、

 

「怒り」は、

自分の尊厳を守ってくれているのかもしれない。

何の打算もなく、純粋に。

 

そう感じました。

 

 

 

そして、

 

 

今回の出来事を通して、

 

相手には、

怒りが出てきていたことをちゃんと表現しよう。

傷ついていることを表現しよう。

 

そして、

自分は本当はどうしてほしかったのかを表現しよう。

 

 

自然と、そう思いました。

そしてその後、それを実際に伝えました。

 

 

 

ここでは、具体的なことは書けませんが、

 

相手に嫌われるかもしれない恐れがある中、

そうした自分の気持ちや本音を表現したこと、

相手に伝えた自分を、

まずは褒めてあげたい。

 

 

きっと、こんなことは初めてかもしれない。

 

少しずつ変化してきているかもしれません。

 

 

 

長谷川コウ