日本に到着して１０日が経ちますが、

すでにピアニストの渡辺知子さんとの練習は

先週いっぱいでホールでの通し稽古も済ませ、

今週末、２４日のコンサートまではあと一回の通し稽古を残すのみと、

かなり余裕を持って準備をする事ができました。

さて、いよいよ２４日のコンサートまで１週間を切ったところですが、

せっかくですので、コンサートまでにあと３曲の曲目解説をしようと思います。

今回は17曲目 Im Dorfe 「村で」です。

私の作成しました日本語意訳はこちらです。

17 Im Dorfe 村で

犬共は吠え、鎖がきしむ。

人々はまだ深く眠り、夢の真っ只中。

彼らはベッドで、いい事や、悪い事、

未だ手にしていないものなんかを夢見たりしている。

朝が来れば全て消えてなくなる夢。

しかし、いいではないか。

もっと君たちが求めるものが欲しければ、またあした枕にそれを求めたらいい。

さあ、吠え続けろ、犬共よ！

俺を眠りにつかさないでくれ！

俺の夢はもう全て終わった。

眠れる人たちの間に何も求めるものはないのだ。

まずはこちらの動画、冒頭のピアノの前奏の部分を聞いて頂きたきたいと思います。

ここで、ちょっとしたクイズなのですが、私の意訳を参照して察するに、

このピアノの前奏は何を描写していると思われるでしょうか？

考えられた方、お疲れ様でした。

そう、皆様想像された様に、このピアノの音形は

犬の唸り声と、吠える声を描写しています。

「ウウウーーーー、ワン！」

というあれですね。

おそらく主人公は夜通し森を歩き、

又は沢などでのキャンプの後、

早朝、どこかの村にたどり着いたのでしょう。

まだ静まり返った、薄暗い早朝の村で、

犬がよそ者の彼に吠え立てる。

そういうシーンです。

以前から話しておりますように、

この「冬の旅」は恋に敗れた主人公が、街を追われ森を彷徨い歩き続ける

悲しみの歌ですが、

この曲での主人公は、

早朝の村で一人だけ起きていることに清々しい想いを持っています。

そして犬共に吠え立てられるということはまさに

彼の本質、「よそ者」を象徴的に表しているのですが、

ここで主人公はその運命を呪うのでもなく、

ただ、この場において、たった一人だけ覚醒している人間であることに楽しい想いを持っているんですね。

社会から隔絶させた人間というのは

その社会が機能していない時（人々が眠っているしている時など）には

総じて気分がいいものです。

（作家、漫画家、芸術家、音楽家が基本的に夜型なのはそれが理由だと思います）

彼が話す。

「人々が夢見るもの」は人々の一般的な願望のことです。

「これが欲しい」、「これが足りない。」

といった小さな望みについて、温かいベットの中、

つまり、安心の保証された生活の中でなんとなく考え続ける。

そういった「良き市民」の生活を、

早朝に一人、犬に吠え立てられながら、想像しているんですね。

むしろ肯定的に、温かい気持ちでそんなことを思っています。

この曲を通して、ピアノの伴奏では犬が唸り、吠え続けているわけですが、

最後のセクション。これが私がこの「冬の旅」全曲を通して個人的に最も好きで、

最も感情的に共感が持てる部分であります。

動画の1分４２秒のところからですが、

「吠え立てろ、犬共よ！俺を眠りにつかさないでくれ」

と、主人公は、よそ者として犬に吠えられることを呪うよりも、

犬が自分に吠えるおかげで、自分だけは夢の世界に落ちることがないことを幸いに思っています。

そして

「俺の夢はすべて終わってしまった」

と言う主人公。

これが彼の本音です。

彼の夢は、恋人と共に、社会に参加して

「良き市民」として生きることが不可能になったことで、

全て終わってしまった。

そして

was will ich unter den Schlaefern zeumen.

直訳すれば、[眠れる者たちの間で迷う必要がどこにあるのだ？」

と言うのです。

この主人公の視点からすれば、

安寧の生活の中で、「欲しいもの」「まだ手に入れていないもの」について

なんとなく考え続ける人生に一体何の意味があるのか？

ということなんですね。

彼はこの「一生の孤独」という非常に重い刑に処されることによって、

確実な覚醒の明らかな力を感じ取っているのです。

冬の旅、曲目解説、明らかな覚醒の代償について