子供の時からの忘れ物。認めてもらうこと。認めること。私は小学生からもしかしたらもっと前から承認欲求の強い人間でした。誰かの一番、特別になりたくて、ありのままを受け入れて欲しくてたまらなかったんです。彼女彼氏が欲しかったわけじゃありません。認めてくれる誰かが欲しかったのです。

それを最近思いだしました。薬を飲んでから明るくなり大丈夫だと勘違いしていたのです。
カウンセラーから心の最初が分からないと治療も前に進まない言われてから考えていました。
そしたらどうしても行き着く場所が’寂しかった’なんです。そこから辿ったら認めて欲しいという感情でした。何事にも根本的にこれがあったことを忘れていました。寂しい→構ってほしい→思うように構ってもらえない→(醜い私に)価値なし。安直ですが多分こう思っていたんだと思います。誰かの一番になりたかったんです。
誰にも認められない私は私が認められない。

これをカウンセラーの人に言ってみようと思います。多分これが私の根本にあるものだと思うから。
違うと言われたらまたまた根本を探す心の旅に出ます。

今日は久しぶりにボロ泣きしました。
寂しかったことにも気付けました。
だからといって承認欲求の塊に戻る訳じゃありません。薬を飲んで精神面的にも結構落ち着いているので塊に戻ることはないと思いますが、自分甘やかすことやってみようと思います。やりかたは分からないけれど模索しながら生きてみようと思います。満足したら存在を消してしまうのかそのまま生きるのかはわかりませんが、やってみようと思います。

ここまでありがとうございます。

真希