前回までの前フリでお気づきの方もいらっしゃると思いますが、今回花言葉を使ってみました。
花の知識などこれっぽっちもない私が自分なりに調べたり解釈して書いたモノです。間違いや突っ込みが多々あるかとは思いますが、どうか見逃してください(/ω\)






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隠した想いと見えない気持ち 8
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(啼かせすぎたかな…)

胸元に預けられた小さな頭。
快感に囚われて泣き腫らした目元。
白く透き通るような頬は先ほどまでの情事の余韻で赤く染まっていた。
甘く蕩けるような唇は一度触れたら離すことが出来ず、何度も貪ったためにぷっくりと腫れている。

情事の跡が色濃く残るその姿に、また身体の中に熱が籠りはじめる。

(まずい…)

なかなか目を覚まさない彼女を抱きかかえて、バスルームを出た。

日頃の疲れか無理をさせたせいか、夢現のままの彼女をベッドに寝かせ、リビングに戻る。
テーブルの上には丁寧にセッティングされた料理の数々。
せっかく作ってくれた料理を最高のタイミングで食べられなかったのは残念だが、その一つ一つにラップをかけ、冷蔵庫へと仕舞う。
量を多く取れない俺を気遣い、少量ずつ品数を多く作るのは随分と手間がかかるだろう。
そんなところにまで最上さんの思いやりを見つけ、自然と胸が暖かくなる。

彼女の行動の所々に、言葉の端々に、俺への気持ちの欠片を感じることが出来るのに……。
 誰にでも身体を開くような娘じゃないこともわかっているのに…。
こんな関係になってまでも、俺と彼女の間には何か大きな壁があるように感じてしまう。

(名前呼びを断られたショックが、思いのほか大きいな…)

片付けの最中、ふとチェストの上に飾られた花に目を向けた。
最近あまり元気がない最上さんが、珍しく衝動買いしたという可愛らしい花。 
何かに悩んでいる様子の彼女が少しでも元気になれるなら、もっと部屋に花を飾ろうか。

リビングのソファの上に置いたままになっていたカバンからスマートフォンを取り出すと、イメージの参考にとその花を写真に収めた。



***


ドラマの撮影の為都内の公園を訪れると、色は違うが偶然にも昨夜最上さんがリビングに飾っていた花が咲いているのを見つけた。
スマートフォンから昨夜の写真を呼びだし、見比べる。

「敦賀さん、何を見てらっしゃるんですか?」

ふと手元が陰り顔を上げると、共演中の女優である石川さんがのぞき込んでいた。

「いえ…この花、見たことがあるなと思って」

さりげなく手元のスマートフォンを隠す。
その仕草には気付かなかったようで、石川さんは俺の隣にしゃがみこんだ。

「あら、クロッカスですか?可愛らしいですよね」

「詳しいんですね」

「花は好きなんです。ご存じですか?クロッカスの花言葉は『信頼』。こんな小さな存在が私を信じて想ってくれているかと思うと愛おしさが増しますよね」

そう言って目を細める彼女は、本当に花が好きなんだろうと思う。

「でも、クロッカスは色によって違う意味があるんですよ。この黄色は『切望』」

俺たちの足元にあるクロッカスを指さして教えてくれる。

「切望…」

「信じて欲しいとか、裏切らないでと願うことです。」

「紫…。紫はどんな意味ですか?」

「紫は…『後悔』。ギリシャ神話が元になっているみたいですけど、愛することを後悔するって意味だそうです」

いろいろな説や解釈があるみたいですけど。
そう続ける石川さんの声が随分と遠くに聞こえた。



「蓮…、蓮っ!」

「あ……、社さん、なんですか?」

「どうした?ボーっとして。そろそろ出番だって」

社さんが不安そうに声をかけてきた。

「わかりました」 

「おい、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

「はい…」




**



その日のスケジュールを何とか熟し、マンションに辿り着いたのは日付も変わるころだった。

今夜は最上さんと会う約束もしておらず、家の中はしんと静まりかえっている。
リビングに入りチェストの上を見ると、今朝まで飾ってあった筈の例の花が無くなっている。

(持って帰ったのか?)

結局昨夜は彼女を帰すことが出来ず、今朝は俺の方が早く家を出た。
今日は午後からの仕事だと言っていたので、一度家に帰ったのだろう。

『紫は…〖後悔〗』

昼間石川さんから聞いた話が頭から離れない。

最上さんは俺とのことを後悔しているのか…?

最近の最上さんは何かに悩み苦しんでいる。 
仕事は順調そうではあるが、演技に対して何か焦っているようにも見える。
俺は、彼女から助けを求められるまでは見守ろうと決めていた。

思いつめた様子の彼女と、なし崩し的に関係を持ったことも事実。
身体を許すほどに俺に好意を持ってくれている自信はあるが、他に恋人らしいことをする訳でもない。
何かに縋りつくようにして交わす行為が終わった後、彼女の表情はいつも晴れなかった。
名前で呼び合うことすら拒まれた。

『好きだ。愛している』

何度も囁きたくなったその言葉は、彼女の表情を見るたびに口にすることを躊躇った。 

結局のところ、身体を重ねる以外はなにひとつ変わっていないどころか、彼女の気持ちが全くわからなかった。


(君は後悔しているかもしれないけど…)


悩みがあるなら相談してほしい。 
君に好きだと言いたい。
君に好きと言って欲しい。


君の想いが知りたい。


今更ながらに溢れた想いに、胸が苦しくなった。

数日後、最上さんが部屋に来るタイミングで、俺はたくさんの黄色いクロッカスの花をリビングに飾った。