次の現場への移動中、見計らったような丁度いいタイミングでメールが届く。
『今日は21時に終わるから』
『わかりました。お食事の用意をして待っています』
『早く君に会いたい』
あの日以来、敦賀さんは社さんを通さずに私に食事を依頼するようになった。
「これからは、君に会いたいときは社さんに頼らずに自分で誘いたいんだ」
あの日朝からなし崩し的に睦み合った後、ベッドの中で私の髪に指を絡めて遊びながら、神々しい笑顔で敦賀さんが囁いた。
情事の後の虚ろな頭では断る理由も見つけられず、メールアドレスを交換した。
***
「あぁっ…。つるが…さ…んっ…」
「っくぅ……最上さんっ」
汗も唾液も呼吸さえどちらのものか分からなくなるまで深く交じり会う。
向かい合って座ったままで果てた私たちは、ゆっくりとベッドに横たわる。
身体から熱が引くにつれて、頭の中も冷静になる。
(また…しちゃった…)
気が付けばベッドの上。
食事のあと、いつものように敦賀さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながらリビングで過ごしていた筈が、いつの間にか抱き合っていた。
満たされるのは最中だけ。
敦賀さんに触れて、敦賀さんに触れられて…。
訳が分からなくなるまで翻弄され、不安も孤独も感じなくなる。
思うように演技が出来ない不安や、敦賀さんやショータローに追いつかない焦りから目を逸らすように敦賀さんに抱かれる自分は最低だと思う。
敦賀さんには他に好きな人がいるのに……。
「最上さん…。二人の時は君を名前で呼びたい。俺のことも本名で呼んでほしい」
敦賀さんが純粋な日本人ではないことは身体を重ねているうちにわかったし、本名も知りたい。
でも……
「…ダメ…です」
二人、素肌のままシーツに包まりながら睦言のように告げられた。
敦賀さんの好きな人が私と同じ名前なのは知っている。
敦賀さんが私と『きょーこさん』を重ねているわけではないとわかっていても…。
(私が勘違いしてしまうから…)
彼に愛されていると錯覚してしまうから。
(敦賀さんは、私の気持ちを落ち着けようとしてくれているだけなんだから)
敦賀さんの好きな人を差し置いて、こんな関係になったことを激しく後悔している。
それでも…後悔しながらも、知ってしまった彼の熱から離れられない。
***
ロケ先の商店街にある花屋で見つけた、クロッカスの籠盛り。
その紫色の小さな花が可愛らしくてつい足をとめた。
(紫のクロッカス……)
今の自分の気持ちを表しているようで、つい買ってしまった。
今夜は1週間ぶりに敦賀さんの部屋を訪れた。
(明日、家に持って帰るまで飾っておこう)
リビングのチェストの上に昼間買った、籠盛りのクロッカスを飾る。
(ごめんなさい…)
胸を締め付けられるような思いを振り払うように深呼吸をして、夕食の支度をすべくキッチンへと向かった。