「失礼します。奏江先生、胃薬もらえますか?」

放課後、最近アメリカから転校してきた敦賀蓮に日本とアメリカの文化の違いについて何度目かの説明を終え、疲労感と胃痛を覚えた俺は保健室を訪れた。

「社先生、またですか?」

転校生がやってきてからというもの、常連になりつつある俺に、保健の琴南先生は呆れながら対応してくれる。

「最近、保健室に来る回数が随分多いですけど、どうかしたんですか?」

パキッと錠剤の包装を割り、白湯と一緒に手渡しながら奏江先生が聞いてくれる。

「最近僕のクラスに転校してきた生徒なんですけど……」

貰った錠剤を飲みながら、奏江先生につい愚痴をこぼす。

「クラスに馴染めないんですか?」

「いえ……。クラスには随分馴染んでいます。運動も勉強もよく出来るし、誰にでも親切です。
あの容姿ですから女の子に絶大な人気ですが、それを鼻にかけることもないので男子ともうまくやっています。ただ……」

そこで一度言い淀むが、思い切って奏江先生に聞いてもらうことにした。

「一人の女の子に対して、スキンシップが過剰なんです!」

「はぁ?」

「どうやら転校初日から一人の女の子を気に入ってしまったらしく、学級委員の彼女の仕事をアレコレと手伝っているんですっ」

「それは…いいことなのでは…?」

それの何処が悪いのかと不思議がる奏江先生に、俺は畳み掛ける。

「最初は…校内を案内してくれた彼女にお礼と称して抱きしめながらキッ、キスしようとして…」

「えっ……?」

「その後も、『最上さんなら誤解してもいいよ。チュッ♡』とか、『俺にもその仕事、手伝わせて?』って言いながらさりげなく頭を撫でたり、『敦賀くんて字がキレイね』『君の方がきれいだよ(極上笑顔)』とか……アメリカ式のスキンシップは日本では控えた方がいいって何度か言い聞かせてるんですけど……」

「それって、誰にでもするんですか?」

「いえ……。むしろ他の子たちに対しては、穏やかな笑顔を張り付かせながらも一定の距離は保っているように感じるんです」

「……もしかして、彼はわかっててやっているのでは?」

「やっぱり、そう思いますか?」

「ええ。確信犯の予感がします」


キリキリキリッ
「うぅっ」

「社先生っ大丈夫ですか!?」

嫌な予感が的中して、俺の胃が悲鳴をあげた。

「ありがとうございます。俺、もう一度彼と話してみます」

「無理はなさらないでくださいね」




***


翌日の放課後、俺はまた蓮を職員室に呼んだ。

「蓮、お前……実はわかっててやってるだろう?」

「何がですか?」

「キョーコちゃんはアメリカ式のスキンシップだと思ってるけど、お前は違うだろう?」

蓮は黙って俯いたまま聞いている。

「………先生」

「ん?」

「最上さんが『社先生は優しくてお兄さんみたいで、今までの担任の先生の中で一番大好き』って言ってました」

「そ、そうか?」

なんだか照れるな。
今まで一生懸命子供たちと接してきたことが報われたようで凄く嬉しい。 

「俺には大好きって言ってくれないのに……」

「え……?」

「学級委員の仕事を手伝うと、ハニースマイルで可愛くお礼を言ってくれるから…。脈アリだと思ってハグしたり、髪や頬にキスしても……全部『アメリカの人ってスキンシップが好きなのね』としか言ってくれないのにっ……」

「れ、蓮くん……?」

顔をあげた蓮の表情は、笑顔だった。
笑顔だったんだけど……。
キュラキュラキュラ……
何だ?
凄い輝かしい笑顔なのに、職員室中の先生方も見惚れているくらい美しい笑顔なのに……。

(凄い怖いっ!!)

「学級委員の仕事は手伝ってもいいですよね?最上さんを困らせないように気を付けますから」

「あ、ああ……」

それだけ言うと、「失礼します」ときれいなお辞儀をして職員室を出ていった。
やっぱりお前……、日本式の礼儀をちゃんとわかっているんだな。


痛む胃を抱え、俺は保健室へと向かった。






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