「聡美の恋」~遥稀佑輔
わたしの中での前回までのあらすじ~なぁ今度は二人っきりでうどん食べに行こな。大好きな健次郎から、デートに誘われた聡美。河原で「なぁ聡美はなんのうどんが好きなん」と聞く健次郎に、聡美は思わず高い女を演じてしまう。「エビ天玉子入れうどん?とか結構好きかも」。聡美の背伸びをした発言が健次郎の表情を凍らせた。次から次へと健次郎は水面に向かい小石を投げる。一段、二段、三段、四段、五段小石が飛び跳ねたところで健次郎は口を開いた。
「イカ天うどんまでに決まってるやん…聡美、お前それマジで言うてんのか。俺らは、イカ天うどんまでやん。なんで、そんなんも分からんねん。トッピングで玉子まで、ほんま見損なったわ」。ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、小石は九段跳ねて鉛色した水面に沈んだ。健次郎は振り返りもせず聡美のもとから立ち去った。
あんたとうどん食べれるなら、わたしはなんのうどんでも良かったのに。聡美は夕暮れの河原でひとり泣き崩れた。好き、わたしは健次郎が大好きなのに。
最終話「あんとわたしのイカ天UDON」
あの日以来、目に見えて健次郎は聡美と距離を置くようになった。誘われないランチ。仲良し4人組でいつも食事を取った都そば。聡美だけは誘われない。
「…わたしも一緒にうどん行く」。その一言が口に出せなくて。聡美はポケットから、木の実を出してひとり淋しく空腹を満たす。ひとりで噛る胡桃はなんだか悲しかった。そんな時にわたしは誘われたんだ…
「おう、聡美ぃ。旨いうどん食いに行かへんかぁ」。巻き舌で喋るヤクザ。もう、どうでも良かった。一緒にうどん食べれる人なら誰でも。誰でも良かったんだ。
あかん!
「あかん、気軽に誰とでもうどん行ったらあかんのや、聡美!」。ヤクザに殴りかかる健次郎の姿。ぶつかり合う、拳とこぶし。男の意地。健次郎の唇が赤く染まる。殴られても殴られても立ち上がる健次郎。
ヤクザの怒号のような唸りが河原に轟く。「あめんぼぉだって」「おけらだって」「虫けらだってぇ」
夕焼けが血で染まり真っ赤に燃える太陽に両手を透かして見れば、みんなみんな生きているんだ友達なんだ。
「なかなかやるじゃねえか」。「あんたこそな」。拳を交えた男たちだけに芽生える友情。健次郎が口を開く。
「うどんでも食べに行きませんか、そして僕がうどん屋OPENさせたらウチで働くか?」。健次郎の言葉にヤクザがにやりと笑う。「そやな、イカ天うどんでも食べに行こか…ええで働いたるわ、よろしくお願いします…兄貴」。肩を叩き合う、健次郎とヤクザ。
でも、やっぱりわたしはうどんに誘われないんだ…
「なに、やってん…ねん。聡美、お前もうどん行くんやろ!」
「姐さんも行きましょうよぉ」
キュキュキュキュキューィン。キュインキュイン。
行く!健次郎、わたしもうどん、一緒に行く!!
なあ、聡美はなんのうどんが好きなん?
わたしはなぁ、一番安いうどんが好きやねん!わたし安い女やねん!
お前は安い女とちゃう!エビ天うどんが良う似合ってるべっぴんさんや!胴上げしたるわ!聡美!
「よいしょ、よいしょ!よいしょ!」
それからわたしは健次郎にプロポーズされた。不器用な俺やけど、財布の中身と相談せなあかんようなトッピング系の苦労だけはお前に掛けたくないねん、結婚してくれって。
走馬灯のように駆け巡る健次郎と結ばれるまでの思い出。出会い、わたしが都そばで注文の仕方が分からずに寂しく胡桃を噛ってたあの時、健次郎が言ってくれたんだよね。「おばちゃん、この子にもイカ天うどん大至急ぅ、ヨロシクぅ」。頼もしかった。七味の心配をしてくれる頃にはわたし恋に堕ちてた。健次郎に…。好き、大好き、わたしは健次郎が好きなの!!
大好きなの!!
~こうして、ウェディングの風は優しく聡美と健次郎を素敵に包みこんだのだった。
あの時のヤクザは今、ウチのうどん屋でレジを担当している。
(おしまい)