万人家




蟹工船物語~後編





裸一貫からのサクセスストーリー。ホール専門に商いを展開して莫大な財を築いた人物、景品納入業者元社長「ガネ」さん。





最初の資本は、当時の勤務先から給与の現物支給として押しつけられた駄菓子屋でお馴染みの「するめ」のみだった。二束三文大量のするめを抱えたガネさんは親類の経営するホールに端玉用景品の一つとしてするめを置かせて貰う事から景品納入業者としての道を歩き始める。この当時主流の換金率は42玉交換、7枚交換以下、特殊景品は500円から。210玉以下の出玉はすべて利益率の薄い煙草以外の端玉景品へと否が応でも交換される。客の出す平均105玉、420円相当に狙いをつけたビジネス。ホールはその品物として、ガネさんが卸すスルメに160円前後の値段をつけて買う。景品納入業者、ホール、客の三点方式の構図。ガネさんは原価を引いてするめ一個で120円儲ける。そしてホールはするめで客の余り玉を巻き上げる。やがて、行き着いたその先は・・・





「それが、蟹ですか」





「そうや、それが蟹ちゃんや」





金を積まんでも置いてくれる品物。魅力ある品物の提供。景品納入業者ガネさんが行き着いた発想。それが蟹。





真剣な表情で「蟹や」と短く返すガネさんに、ワシは半信半疑。





蟹が果たして魅力あるのか?パチスロで勝って蟹が欲しいなんて思うた事は一度も無いがな。意を決して、ワシはガネさんに意見したのでございます。





「蟹に魅力は無いです!ガネさん」





「そやろうか?」





ぴしゃりと蟹を否定したワシに対し別段気にする素振りを見せずにガネさんは話を続ける。





「それは、あんたが現在の価値観、物差しで蟹ちゃんを考えるからや。何十年もありふれた日常雑貨くらいの景品しか無かった所に突然、ぱつんぱつんぷりぷりに身が詰まった蟹ちゃん入り冷凍庫がカウンターの横に置かれてみなされ。客層も今とは違って、一世代前のお父さんお母さん団塊世代中心の頃や。・・・ご馳走の代名詞の一つやぞ、蟹ちゃんは」。ご馳走の代名詞。確かにあの年代は蟹に弱そうや。それにワシだって親父がもしお土産に蟹片手に帰って来たらめっちゃ嬉しい。





うん最高やん、蟹!食べたい、蟹!蟹下さい!ガネさん!!





「・・・やろ。食べたいやろ!蟹ちゃん!」





こうしてガネさんは、手当たり次第ホールに飛び込み蟹を置いてくれと頭を下げる日々を開始した。ちらほらと物珍しさも手伝い置いてくれるホールが増えた途端、蟹は爆発的に売れ出した。2キロで2500個の蟹が品薄状態になるホールが続出する。日長、鳴り止まない電話。





「蟹を補充しに来いコールやん。客はフィーバー1回分で取れる蟹ちゃんに魅力を感じてくれたんや。ワシは大儲かりや、コストは殆ど掛かってないからな。するめの時みたいに、同業連中と銭の積み合いする必要も無くなったんやから。なんせ、ライバル無しの無敵状態、ホールに蟹を卸せるのはワシのとこだけ」





大儲かり。蟹の仕入れ値に変動はあるものの粗利は常に三割以上。人件費もアルバイトを数人雇うだけで事足りる。





「社員雇う必要無しの商売や。電話一本で即採用、研修もなんも無し、ホールの電話受けて蟹ちゃんを冷凍庫に放り込んで来るだけの作業に研修がある方がおかしいやろ、けど忙しい仕事やで。ホールの冷凍庫には蟹ちゃん三匹入った6キロ箱を5、6箱常備しとるんやけど、調子ええと数時間で空になりよる。同じホールを何回も往復する日が多かったわ」





「けど、蟹の営業とかは研修必要でしょう。何から何までガネさん一人では納入する店舗も限りが出てくるでしょ」。ワシの言葉にガネさんは意味深に笑う。お酌を要求するように差し出して来たグラス。ガネさんはワシの注いだビールを一息で空けると、今度は爽快な笑顔で表情を綻ばせながら口泡飛ばし声を張り上げる。揺れるサッポロビール大瓶。





「・・・営業する必要が無くなったんやあ!!蟹の噂を聞きつけたホールからウチにも冷凍庫持って来てくれ言うて引く手数多、がんがんリクエスト来んのや。ホールに選んで貰う立場から、こっちがホールを選ぶ立場になりましたんです。店の客付き聞いて、一定以下の稼働率ならウチの蟹を置く訳にはいきませんとぴしゃりや、気分良かったでそりゃ!お立場逆転や、するめの仇を蟹で討ったんや」。するめの仇も何もあんたするめちゃんでも大儲けしたがな。





「アホ、溜飲を下げる思いや。今までなんぼ無茶な接待要求されても耐えて耐えて、するめの為に耐え忍んで来たんや。最高の気分やがな」





この頃になるとガネさんが蟹を納入するホールは関西圏200店舗前後にまで膨れ上がっていた。





「どや、凄いやろ。200店舗で毎日、完売する蟹ちゃんがもたらす利益を想像してみ。毎日が決算や。まあ、ここがピークやけどな、流石にそれまで日和見に眺めてた同業連中がやれ、ウチは松坂牛や、有馬みかんや、ミッキーマウスやで言うて一斉に動き出したからな」





ガネさんは同業連中が右に習えを始めた時期と同じくして、蟹の販売から一切手を引いた。





「未練は無かったんですか、ガネさん。せっかく築いた蟹帝国」





「未練なんて、あるかい。皆が同じ事始めたら、またホールに選ばれる立場やないけ。次や、ほんなら次の商売や、アイデア商売の基本やんけ」。揺れるテーブル。倒れるサッポロビール大瓶。





「・・・始めたんですか、ガネさん。蟹に続く新商売って奴を、こちらが納入するホールを選べるぐらいの商品の販売を」。期待感に溢れるワシの眼差しを受けながら、倒れたビール瓶を起こし、テーブルをそわそわと吹き始めたガネさん。




「あかんかった。・・・福袋、いんちき福袋の販売が見事にこけたんや。負債は大した事無かったけど、信用を失った。やりすぎたんや・・・これは書かんでええからな」。ガネさんが次に繰り出したアイデア。





いんちき福袋。時期折々、品薄状態の品物を餌にガラクタばかりが入った福袋を2500個売り景品としてガネさんはホールに納入した。





「たまごっち」「G―SHOCK」「ドラゴンクエスト」。当り確率は50分の1。





「ひどい、それは酷いわ。ガネさん、50分の49でハズレ、いらんもん出てくるんでしょ」。





「まあな、殆どが洗剤とかタケノコの里みたいな奴が出てくる仕組みになっとる」





「そら、信用失いますよ。当りが殆どない福袋なんて夢ないですわ」





「いんや、信用失ったんは別問題なんや。たまたまや、たまたまバイトが50分1のドラクエを仕込み忘れて、いんちき福袋のみを納入しよってん。間の悪い事に一人の客が福袋のハズレに怒って騒ぎ出したお陰で、店が当りの存在を確認させる為にすべての福袋を開封しよったんや・・・後の祭りや」





こうして、ガネさんはいんちき福袋を全て引き上げ、ひっそりと景品納入業者の道から退いた。誰も知らない、内緒話。バラエティーに富んだ景品コーナーの礎を築いた男の失敗談。最後にポツリとガネさんは言った。





「商売人はいんちきしたらあかん。あんたもいんちき書いたらあかんで」





「分かりました、この話まんま書きます」





「あかん、それとこれは別や」





「書きます」





「あかん」



(おしまい)



~おまけ



いんちき福袋で男を下げたガネさん。しかし、ケジメの付け方は豪快そのものだったらしい。納入していた福袋を全店舗から一斉に引き上げると中身を全て額面以上の商品に交換。更に内緒で百万近くするブランド時計を50分1の確率で放り込んだと言う。





「最後くらい、ほんまの福を入れたかったんや。ばれたら店がやばかったけどな」





ガネさんのとびっきりの笑顔。惚れ申した!



(おしまい)