闇スロクモさん



「今日はなかなか旨い酒やったで。秘宝伝の話ができたしな。特別に新規開店前の店内を見せてやるわ」厳重に戸締りされた三重の扉を順番に開錠していくクモさんの姿。・・・三枚扉なんて初めて見たがな。ぬきあし、さしあし、しのびあし。銀行の金庫もこんな感じかしら。





「三重にしているのも当然意味あるで」おそるおそる扉を潜るワシに説明を始めるクモさん。





店が開店すると扉それぞれに意味を持つ。ビデオカメラでのチェックをパスした客に開く一枚目の扉。二枚目の扉の前に立つとコンビニなどにも使われる入店を知らせる軽快なチャイムが鳴り響き、インターホンでの対応が行われる。ここをパスして初めて、最後の扉が開き店内に足を踏み入れる事が叶うシステムらしい。





三枚目の扉を開いた瞬間に飛び込んできた光景は、煌びやかなカジノ、スロ専門店を想像していたワシの期待を見事に裏切る豪華さの欠片も無い殺風景な箱でございました。紙幣を直接投入して遊べるように改造されたスロット台が置き並べられただけの空間。ちっぽけな折り畳み椅子。四方の壁に掛けられた意味深なホワイトボード。居抜きしたフロアでスナックを経営していた店舗をそのまま借り上げ、床も壁紙も張り替えた形跡は無し。なんて言うお手軽さ、内装にはまったく金かけてへんやん。





拍子抜けしたワシの顔色を察したクモさんが「こんな店でも、準備するには結構銭かかんねんぞ」。カウンター下の冷蔵庫からスーパードライを出しながら早口で捲し立てる総費用。





千二百万円也。店舗費用五百万。スロット台40台、二百万。内装三百万。運転資金二百万。





設置機種は、吉宗、番長、南国育ち、島娘、ミリオンゴッドに北斗の拳。貸しコイン一枚百円。吉宗だけは一枚百四十円。





・・・百四十円ってえらい中途半端な、割りきれへんやん。





「なんで、百四十円かって?一万で72クレジット、端数は切り上げサービス。吉宗をビッグ一発十万円にしたかったからや。キーンでもう十万円追加。たまらんやろ?うちの看板にするんや、ホワイトボードにマグネットで入賞回数を表示してな。十万毎に、金色の磁石張ってお客をどんどん煽るんや。百万吸い込んで、十万ぽっち換金したとしても金色の磁石やで」めっちゃ儲ける気やがな。クモさん、こんなあこぎな商売絶対捕まりますよ。聞いてるこっちが心配になるわ。




「アホ、パクられるまでやるかいな。三か月から半年の命や。太く短くって奴よ、賭博罪で動く生活安全課のデカは、内偵の期間に三か月費やすのが定石なんや。だから、負けた客の垂れこみから目星付けつけられても踏み込むまでの90日間はほぼ安全が保障されとる」





繁華街に繋がる駅の南口。雑居ビルの一階。新規オープン準備を終えた闇スロ店。初営業開始前夜。ワシはここの経営者である、クモさんからお話を伺う事に成功したのでございました。




「闇スロクモさん」





~さかのぼる事、数時間前。





「クモさんから、これ貰いましたよ。闇スロ屋、始めるんですって」満面の笑みを浮かべた忍魂狂いのギター少年から見せられた1枚のチケット。





常連のクモさん。鉄火場専門でこの店の主みたいに崇められている強面のおっさん。最近、パトラッシュで見かけん思うたらそんな事してたんかいな。





「僕はこのチケットで番長のリセットだけ打ちに行くんですよ~、めっちゃ楽しみです」割高そうなリード紙に100クレジットと金文字で記し、うっすらと文字の回りを朱色で囲んだ名刺大のチケット。明らかに、花の慶次の金台詞を意識したその作りは顧客としてパチ屋の客を当て込んでいる狙いがびりびりと厭らしい程に感じ取れます。





クモさんなら、何度も喋った事がある。こいつは手軽にお安く面白いネタが聞けそうやん。





「俺もチケット貰って来るわ、どうせパトラッシュにおるんやろ」クモさんがいらっしゃるであろう島に走ります。お~いお茶も忘れずに。





指定席の角番で黙々と玉を弾くクモさんに伊藤園を差し出しながらトーク開始でございます。





「で、でっ、クモさん聞きましたよ。闇スロ屋始めるらしいじゃないですか、凄いですね」「なんやねん、ミュージシャンから聞いたんか」軽く舌打ちを噛まし渋面を浮かべるクモさん。




なんで、なんでやのん。いきなりサービスチケットを差し出されるような事態を想定していたワシは肩すかし。





「ギター少年は、キャバのボーイをやってるやろ。だから、チケット撒いたんや。呼び込みの連中にも宣伝しとけや言うて、客層はそこらへんやからな、あいつらみたいなのが仕事の合間やらはけた後に銭落としに来るんや。お前は間違っても、羽根海打ってるおばはんとかに喋るなよ。羽根打ってる連中は、客にならん」





確かに、ワシは羽根ざんまい。クモさんからしたら、ワシなんぞ眼中に無し。





お~いお茶。120円で聞き出せるネタはここが限界。ネタ言うか説教。ワシを叱りつけるかのようなクモさんの口調。甘かった。ご機嫌斜めやし。頭上のカウンターは1887回転。





ピィキュキュキューン。ミニパト経由せずに回る確定デカパト。





「ほら、全回転、全回転!クモさん、開店祝いに飯奢ります。今夜は飲みましょうよ」ここしかない、飲みに誘う場面はここしかないなら。ほら、クモさん機嫌直ってるし。





こうして、クモさんをまんまと誘い出す事に成功したのでございました。





闇スロ始めるきっかけでも聞かせて下さいよ。





「秘宝伝や、きっかけは歌舞伎町の闇スロ。レートが5倍とか言う百円スロじゃなく、店に特別勝負受けさせた500倍の一万円スロット。バカラなんて比べもんにならん熱さやったで。想像してみ、ひと叩き三万の秘宝伝」





ワンクレジット五十万の世界。まさに魁男塾、漢の勝負。大豪院邪鬼先輩やん。クモ先輩その勝負の行方は!!





「ひと叩き目、スイカが成立した」





ス、スイカ。払い出し15枚。





「じゅ、十二万いきなり儲かったんですか」瞬時に頭の中、算盤弾いて明確な金額を尋ねたワシにクモさんは寂しそうに呟いた。





「・・・こぼした。スイカをこぼしたんや。考えてみ、三百円じゃないんやで。取りこぼしは煙草一箱じゃなく、温泉旅行三泊の損や。手が震えるで、リールなんて見えへんぞ、チャンス目やったら良かったのになー」





クモさんは結局、この勝負で六百万溶かした。それでも、一度だけ突入した高確の10ゲームは六百万円の価値有る熱さだったと言う。バカラには無い熱さ。クモさんを闇スロ開業に走らせたきっかけ。秘宝伝、高確率の10ゲーム。





この後、えんえんとその10ゲームについて語ったクモさんはワシを新規開店前の店内へと案内してくれる運びとなったのでございました。



(おしまい)


クモさんのその後



一週間後、忍魂の島でギター少年からの報告。





「クモさん、店閉めましたよ。なんか二千万以上の赤字出したらしいですわ」





なんで胴元が負けんねん。




「キャバの社長に吉宗ワンコイン一万勝負持ちかけて、鳴らされたらしいっす。しかもダブル揃いで」。・




・・く、クモさん。経営者になったのになんでその熱さをまた求めたのよ。





で、なんぼで揃えられたのさ。





「2ゲームで家紋が転がって来たらしいっす」





あらま。



(おしまい)