前のいた保育園での一コマ。
思い出したので書き残してみます。
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
今、保育園でひとり、
わたしに絶大な信頼を置いてくれているこどもがいる。
Tくん。
11月で3歳になる彼はまだ言葉がはっきり出ない。
語尾だけ。
道路を走る車を指さし「まー!」と言う。
くるまのことを「まー!」と言うのだ。
窓から見える空に向かって指を指し「きー!」と言う。
これは「いいてんき」という意味だ。
わたしがこの「きー!」に気がついてから
彼のわたしに対する信頼は絶対的なものになった。
午睡に入る前、必ず奇声に近い声をあげていた。
布団に行くと、こちらを見て大騒ぎするのだ。
ほかの先生は「なにかこだわりがあってそれがないと思っているのでは」とわたしに言ってきたことがあった。
布団の向き、場所、かけるタオルの向きなど
いろいろ試したけれど変わらなかった。
わたしは気がついてた。
Tくんはわたしを呼んでいたのだ。
隣について「トントン」してほしかったのだ。
ほかの先生がそばにつこうとすると余計大きな声で騒いでいたから。。
ほかの先生がついているところを無理矢理「入ります」って言わなかった。
その先生にお任せすることも大事なときがあると思ったから。
それで彼は考えたのだろう。
毎日、絵本を読んで「おやすみなさい」のあいさつをしてから布団に向かうので
「おやすみなさい」の挨拶の後、すぐに騒ぎ出すようになった。
それでね
わたし、彼に
「いっしょにおふとんにいく?」って聞いたの。
そしたら騒ぐのをやめて「うん」って言ったの。
「そういうときは「いっしょにいこう」って言うんだよ」と言うと
彼は「こー!」って言ったの。
「いいよ」ってこたえてあげたらすっかり落ちついたの。
手をつないで、いっしょにおふとんまで行ったら
静かに横になって「トントン」してもらって眠りについたの。
ここまで信頼してもらえてるのは
保育士冥利に尽きるし、担任として認めてもらえてるってことだから
ほんとうにうれしいの。ありがたいなぁって思う。
そんなことを思っていたら
なんだか泣けてきちゃった。。
でかそらの幼少期、言葉が遅く悩んでやってきたことも少し思い出した。
そして「保育士おとーちゃん」の記事。
(以下引用)
保育において、第一の目的は「○○できる子にすること」ではないのです。
このことがすでに保育者の大きな誤解となっています。
保育の第一の目的は、「”安全・安心”をプレゼントすること」なのです。
”安全・安心”というのは、物理的な安全確保のことではありません。(物理的な安全面への配慮はすでにして大前提ですので言うまでもないことです)
ここでいう”安全・安心”は、そこにいる大人つまり保育者が、「あなたはここにいていいんだよ。ここはあなたの居場所だよ。私がそれを支えるから、私を頼りにしていいんだよ」と態度・表情・言葉がけ・関わりの姿勢・心持ちなどで体現しそれを感情レベルでかもし出し伝えることです。
だから、保育者からの「プレゼント」なのです。
極端なことを言えば、これが保育のすべてと言っても過言ではありません。
ここさえきちんとできれば、「子供の○○を伸ばさなければ」といったことは大人が作り出す必要などそもそもないのです。
子供は、おのおのが必要なことを自分で身につけ実践し獲得していく力を持っているからです。
Tくんは
わたしからのプレゼントを受け取ってくれてるのかな。
そう思っていいよね。