夜ご飯の後にケーキやら
色々食べすぎて苦しくて眠れず(泣)
こんな時間にブログを書いている。
大河ドラマ【べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜】が
12月14日に最終回を迎えた。
リアタイはできなかったけど録画で観たよ。
最後まで観ることができたよ!
なんかとても嬉しい。
生まれて初めてなんじゃないだろうか
大河ドラマを最後まで完走出来たのは…
最終回の一つ前。
悪の限りを尽くした一橋治済(生田斗真)に
鉄鎚を下すため集結した
松平定信(井上祐貴)率いるアベンジャーズ。
そこへ巻き込まれた
蔦屋重三郎(横浜流星)は
どんな形にするか策を練る。
その思考に
見続けられた理由が詰まっていた。
蔦重が三浦庄司(原田泰造)に
話した言葉だ。
「お武家様は平気なのかもしれませんが、
私にはてめえが企んだ事で
人が死ぬってのはどうもあれで。」
「どれほど外道な親であっても
親殺しは大罪。義はあっても
上様は大罪を犯すことになる。」
治済が悪の限りをつくして
何人もの人を不幸にしたのに
その治済に対しても蔦重はいわゆる
一般人の感性を忘れなかった。
そういう時代だから有り得る事とはいえ
人を殺すだなんて、
増してや将軍様をも引き込んで
大罪を犯させる等
とんでもない事なのだ。
結局蔦重が取ったのは、
いわゆる囮となった将軍様を
治済と共に茶の席に同席させ
今で言う麻酔薬を仕込んだ
濃茶で眠らせて、
気がついた時には
治済は遠く阿波へ運ばれる道中という方法。
首尾よく事が済んだと聞いた
三浦庄司の
安心し心から涙を流す様子や
側近の安堵の表情…
全くもって一橋治済は人々を
傀儡扱いして恐怖に陥れていたのだ。
そして耕書堂を訪ねた
越中守様可愛すぎんか?
「国元(故郷)へ帰る」と
その道中のお供にする
黄表紙を次々と手に取り、
「一度来てみたかったのだ。」
「春町は我が神、
蔦屋耕書堂は神神の集う社であった。」
これ、あれだよね?
今で言う〝聖地巡礼〟だよね?
いやぁ激しいオタク発言よ。
倹約倹約と厳しく締め上げていたけど
何となく心底憎めないと思ったのは
こんな要素を
うっすら滲ませていたからだろうか…
長くなっちゃった。
また最終回についても書きたいと思っている。
あ!!そうだ!
29(月)の総集編予約しなきゃ!!
危ねえ危ねえ忘れるところだった。
