突然ですが、「医療ADR」をご存じですか。

 

ADRとは、Alternative Dispute Resolutionの略語です。

裁判外紛争解決手続という意味で、訴訟に代わる紛争解決方法をいいます。

この手続きは、中立な第三者が入り、当事者間で合意形成を目指すものです。

裁判ではないので、評決が下ったりするものではなく、両者の「話し合いによって、落としどころをみつける」というもの。

 

なぜ、私がこの言葉を出しているのかというと、今私はこの手続きの真っ最中だからです。

ここに至る経過についてまだこのブログでは書いていませんが、遡りながら説明をしていきたいと思います。

 

「何を、どうやっているのか?何を求めて、そんなことをしているのか?」とお思いの方もいるでしょう。

 

私はこの医療ADRで、

自分の尊厳を取り戻すために、

精神科医たち(精神科医療機関)の過失を問い質しています。

 

私は、過去何年間にもわたり、精神科医による不適切な投薬と管理のもとに置かれました(つまり、『誤診と誤投与』)。

その結果、甚大な損失を被りました。とても、一言で語れるものではありません。

 

丸ブルー昨年、「医療弁護士」と名乗る人たちに会いました。

しかし、彼らから出た言葉は、「精神科の患者の言うことは信用できない。医者と患者なら、医者の言うことを信用する」「あなたに起こったことは大したことではない」という、偏見に満ちたものでした。

 

失望の大きさに、一度は諦めかけました。

 

医療訴訟はハードルが高い、というのは常識で、弁護士たちも二の足を踏むものです。

そして、基本的に、弁護士も「金にならないことはしない」というのが本当のところでしょう。

 

しかし、それ以上に、「尊厳を踏みにじられる言葉」を浴びせられたことが、何よりも辛く、苦しいことでした。

 

ダイヤオレンジ法務局にも相談しました。「ハラスメント」「いじめ」などさまざまな人権侵害被害の相談にのります、と謳うHPを見て、連絡してみました。

ここからもらった返事は、「あなたはそう思われたのですね。こちらは医療のことは分かりません。弁護士に言ってください」というものでした。

明らかに、逃げている感じ、精神科ときいて疑っている文言でした。

 

丸ブルー精神科の管理下に置かれている長期の時間で、私は抗精神病薬、抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系薬剤を複数投与されていました。

幸運にも、これらの薬を、先の記事で触れた及川医師(仮名)によって止めることができました。

 

これにより、私は「奇跡的に」回復することが出来たのですが、同時に「遅発性ジスキネジア」を発症しました。

そして、この後、酷い反跳性不眠に陥りました。

とにかく、まともな睡眠が全くとれなくなってしました。

長期間、反跳性不眠が続いた結果、私は重度の自律神経障害を発症しました。

これが、気が狂いそうになるほどの苦しみです。今も、毎日のように苦しんでいます。

 

上三角長期間にわたる社会生活の喪失、認知機能や身体機能の低下、薬剤性うつ状態。・・・ここから這い上がるのに、どれだけの忍耐と努力を要したでしょうか。

精神薬を飲む前の機能を取り戻すのは、本当に難しいことです。

しかし、私は、強くなったように感じます。今は、何も恐れずに、教職と研究、執筆業をこなしています。

ただし、あり得ないような低賃金で働いています。

キャリア形成の大切な時期に、長期間何もできなかったせいで、仕事のチャンスを著しく喪失しました。

今、50代後半になってしまいました。専任教員の職に応募しても、「年齢で切りました」とまで言われました。

四角グリーンさらに、不幸だったのはこれだけではなく、私を分かってくれていたと思っていた夫の変化でした。

夫は、こんなにも長期間、私が「お人形状態=薬のせいで感情を失い、何も言わず、怒りも泣きも笑いもせず」ただ家にいて、それでも、介護が必要な状態でもなく、犬の散歩くらいならできる・・・こんな状態に陥ったことが、”かえって居心地が良く、楽な生活”と感じるようになっていました。夫は、私をコントロール下に置いている感覚すら得ていたのです。

 

薬を飲む以前の私は、非常に活発で、よくしゃべり、よく怒る、感情をストレートに表現し、ときに癇癪も起こす人間でした。

正直言えば、夫の手に負えない妻であったでしょう。それでも、私たちは仲良くやっていました。

 

彼は、私が薬でおかしくなり、苦しんでいることをみることもせず、むしろ、これが都合が良いという状態となっていったのでした。

 

私が薬から解放され、元気になった姿を見ても、夫は、ただの一言も言葉を発しませんでした。

 

私が断薬後の不眠、自律神経発作に襲われているのを横で見ながら、何も言うことはありません。

それどころか、苦しんで泣き叫ぶ私に、平手打ちをしたのでした。

 

「前はあんなにやさしかったのに・・・」

こんな現実を、どう受け止めて良いのか。今、私たち夫婦は、離婚寸前にきています。私はセカンドハウスを借りました。宝石赤

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この間、私は、考え抜きました。

精神医学、精神科医療、精神科医(また医師という権威)、製薬企業、世間の偏見、社会構造と制度の欠陥・・・これらが絡み合い、あらゆる不条理の底に突き落とされるのが「精神疾患患者」であることを心底悟りました。

 

医療ADRの申立人となり、申立書を作成する作業からまずは始まりますが、これもただの作文では意味がありません。

そして、何よりも、話し合いとはいえ「闘う覚悟と準備」が必要です。

 

私は、必死の思いで書いた申立書を弁護士会の仲裁センターへ送りました。

 

二つの医療機関を相手に申し立てをしていますが、その一つから、「話し合いに応諾する」という返事をもらいました。

これだけでも、光のようなものが、私の心にさしています。

 

この医療ADRの経過について、これから綴っていこうと思います。

なぜこのような手続きをするに至ったかという細かい理由についても、織り交ぜて書いていきます。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。