「人生における重要なものごとは、たいてい予想もしないときに起こるものです。」

村上春樹の今作「街とその不確かな壁」の中で、前図書館長が述べる言葉だが、まさにそのとおりだな、と何度も思った。

 

 まずは、そう、まずは何だったろうか…。母が認知症になったことかな。何か話し方が変だなと思っているうちに、急速に進行していき、幻視、そして徘徊、その時点で困ったなと思っていたのだが、それはまだ序の口に過ぎなかったことが、後になってわかる。中を端折るが…、あんなに元気で明るく、誰とでも仲良くなれるような母が、骨折、歩行困難、そこまでは自宅介護できたが、ついには大腿部の骨折で、足が全く動かせなくなり、特養に入れざるを得なくなった。

 

 そんな出来事が続く間に、妹が死んだ。突然に。店で倒れ、一人っきりのときだったので、誰にも気づかれることなく半日そのままで、脳が半分破壊され、すぐに亡くなることはなかったが、意識が正常に戻ることなく、死んだ。母は、こどものことを本当の可愛がっていたから、認知症になったのは、かえってよかったのかな、そんなことを思ったりもした。

 

 そして、父が倒れた。突然に。廊下で横になっていたので、転んで骨でも折ったのかなと思っていたが、しばらくしても治りそうにないので救急車を呼び、救急外来へ。結果、脳梗塞であった。転んだ結果ではなく、脳梗塞の症状が進行し、結果、転んだのだろうから、早く見つかったよかったとも言えるが、とにかく入院。そして、全身検査の結果、大動脈瘤が危険な水準まで大きくなっているので、そちらの手術をしないと、と言われた。嫌も応もなく手術。それが二回にわたるもので、一回目は終わったが、二回目はまだこれから。それが成功したとしても、後遺症の心配もある。

 また、今回の手術は、本来の脳梗塞とは関係ないものなので、本来の病気の方、そちらについては、リハビリが必要であるとのことだ。それがどれくらいの期間か。結果、手足は動けるようになるのか、会話できるようになるのか、先はまだわからない。

 

 それにしても、何で…。何でだ…。そんな言葉が、嫌でも頭に沸いてくる。一人っきりで家にいる自分。何もかも投げ出したいが、結果、すべてが終わってからでないと、それもできないだろう。その前に、自分がおかしくなってしまうのでは、そんな思いがよぎるいま、この瞬間です。

 

 もし、この文章をたまたま読んでくださっている方がおられましたら、ありがとうございます。

 ひとりごとでした。