はるなのプロフィール



みなさんこんちには♡




今日は


🌷私の過去


🌷私がみんなの自己肯定感を上げる活動を始めた理由


についてお伝えします!




過去の私の話で共感してくれた方、

コメントいただけると嬉しいです☺️






過去の私について



小中高も就職してからも

ずーっと自分の感情を殺してました。



感じてたら傷ついて生きていけなかったから。








高卒の父と

短大卒業後、1年足らずで寿退社した母の


第一子として誕生し

3人兄弟の長女として育ちました。




両親ともに若く、兄弟も多いため

経済的に全く余裕の無い学生時代を過ごしました。





母が4歳娘の手を握り

6歳の私が0歳の弟のベビーカーを押して

真っ暗な夜の海に

明日の食糧の太刀魚を釣りに行き🐟


私が高校3年生までは

年に2回200円のTシャツでしのぎ、

3LDKで家賃7千円の団地に家族5人で住んでました🏠







なんとか貧困の輪を断ち切りたかった私は


小学校6年生の時には




将来結婚して知らない土地で離婚したとしても

自分と我が子が衣食住に困らないために




「絶対将来お金に困らないために勉強する!!!」




と意気込んで





中学2年生から


1時間早く学校へ行って勉強して

(家に自分の部屋がなく妹弟がうるさいため)


帰りは塾で夜遅くまで勉強して帰っていました。

(両親の寝ずの労働で塾へ通わせてくれました)




両親の仲はとても悪く家はいつもピリピリ。


私が小学4年生の時に

「子供たちが大きくなったら離婚しようね」

と約束していて

50代で離婚していました。



父も母も心が満たされておらず

何に対しても余裕がなく

心が壊れないように自分を守るのに精一杯で



子供たちに対してもきつく当たられ、

とても厳しく育てられました。




罵声、怒号、ヒステリック、割れた窓ガラス…





私の心が安心して休まる場所が

どこにもありませんでした。







ずっとずっと自分を責めてた




頑張り続けた私の心にとうとう限界が訪れ


ピンと張った糸が突然切れて


高校2年生で鬱になり


引きこもろうにも家に部屋も居場所もないため

保健室に通う日々でした。





毎日毎日

心に感情がなーーーーんにもない。

無。

ただ空の雲が流れるのを見てました。





どうやったら私のことをみんな忘れてくれるか

どうやったら誰の目にも止まらず生きれるか

私のことを誰も知らない世界に行きたくて

誰にも話しかけられたくなくて



誰の前でも泣けなくて

誰にも本音が言えなくて



ずっとずっと苦しくて

人の目が見れなくて

愛想笑いもできなくて



1人になったら涙が流れる。





自分が大大大嫌いで



私が私じゃなかったらよかったのに

いつも楽しそうなあの子になりたかった

なんで私何もできないんだろう


って毎日思ってて



とにかく自分をずーっと責めてました。






大学を出て仕事を始めても

ずっとずっと自分を責め続ける毎日。




言いたいことが言えないし


私が原因じゃないとしても

責められたら「違います私じゃないです」

って言えない。





転職するまで6年間勤めた職場では

この日休みたい!って言えたことが


たったの1回もありませんでした。



小さな子どもがいる人たちも

入学式も行かせてもらえず


有給って何?

って状態。




お昼休みも取れず


残業代も出ず


身も心もボロボロ。




人にどう思われるのかが怖くて

本音が言えないから

心が開けずに

人間関係もうまくいかない。





仕事のストレスで体を壊して

毎日胃が痛くて胃潰瘍に。


長期休みごとには熱と蕁麻疹。


職場で爆破事件とか起きないかなー(縁起でもない)

って毎日思ってました。




恋愛も一緒で、


本音が言えないから

心が開けずにに

喧嘩にもならずに別れてました。






これが私の過去でした。




私が自己肯定感を上げる活動を始めた理由についても

お話ししたかったのですが、


思いのほか長くなりすぎてしまったので次回にします😌









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