人のために動くことができる人は、
人生のいろいろな部分で得をする。

ギバーとテイカーの話でもあるんだけど、

人に心よく「ギブ」できる人って何が違うんだろう。
なんであんなに楽しそうに「ギブ」できるんだろう。

っていうことがずっと疑問だった。

適職やライフワークでは、
自分が好きなことと、「誰かの役に立つこと」が
すごく大事になるという。

だけど、自分にとって誰かの役に立とうとすることは
なんだか荷が重いような気がしてた。

人のために何かをできる人と、
人のために動くのが嫌だなと思う人は
何が違うんだろう。


私はここ何年かで、
付き合う人がどんどん優しい人たちになっていった。
嫌な人とは付き合わないからすごく狭い人間関係だけど、
今は、その答えがちょっとわかった気がする。

それまでは、殺伐とした人たちに囲まれていることが多かったけど、
いろんな人を知って、その違いが少しずつ見えてきた。

恩を着せるわけでもなく、何をしてあげたかとかを
いちいち覚えているわけでもなく、
その人たちは優しくしてくれる。

それはすごく軽い感じで、
こっちも与えられることにだいぶ慣れてしまった。

最初は申し訳ない気もしてたけど、どんどん慣れていって
気分良く受け取れるようになっていった。

こういう優しさにあまり触れてこなかった人は、
ある意味、慣れていくことって大切だと思う。

人に優しくされることで、
「私は優しくされていいんだ」っていう感覚がちょっとずつ
育まれていくような気がする。

ていうかその感覚が今まで死んでたってこと。

そうやってたくさん与えられるのに慣れていくと、
お礼をしようかなって思えるようになって、
美味しいお菓子持っていったら喜ぶかな、とか
お土産を買っていこうかなとか思うようになった。

それは今までの
「お礼をしとかなきゃ、借りができてしまう」みたいな感覚とか、
「役に立つことで自分の無価値観を埋めたい」みたいな気持ちとは違って
本当にささやかで、軽くて、心地がいいもの。

自分にできる範囲で、楽しめる範囲で
もらったもののお返しをしていくことに慣れていくと、
してもらったことと、してあげたことのプラスマイナスとかどうでもよくなってくる。

「よかったらひとつどう?」って感じに
相手が喜んでくれたら自分も楽しくなって、嬉しいなっていう感覚が
どんどん育っていくんだと思う。

逆に、何かを差し出されたら「ほしい!」「いる!」
っていうのもどんどん言えるようになってきた。


ちょっと話が逸れるけど
自分がどう見られているか、気になっているときは、
あんまり純粋に人にギブできてなかったと思う。
どう見られているか気になるってことは、
「ダメな風に見られてるんじゃないか」っていう思い込みがあるってことだから。

「自分はダメ」っていうのが根底にあるから、
ありがとうって言われないと嫌だし、感謝されたいし、
同じだけ見返りがないと不安になる。
そういうのだと、どんどん重いエネルギーで動いてしまう。

でも、純粋に「人にギブしたい」心が育っていったら、
自然な優しさや楽しさでギブできるから、
自分がどう思われるかとかは全然気にならなくなる。
「欲しかったらどうぞ」ぐらいの軽い気持ちだから。

それができるようになったら、
日常生活ですっごいストレスが減った。
自分もまだまだなところもあるけど、
優しい人たちと関わることで
成長できたと思う。


純粋にギブできる人になるためには、
そういう人たちとばっかり関わるのが1番。
そして、そうじゃない人、つまり
なんか見返りを要求してくる人とか、
すごいお礼を言われたがる人とか、
「私はこんなに尽くしてるのにあなたは全然してくれないよね」
という感じのことをいう人とかと
関わるのをやめること。

私は今まで「ちゃんとギブできない人」とばっかり関わってきたから、
人間関係ってすごく殺伐としてた。
世界が敵に見えてたし、そんな中人に優しくするなんて無理だった。

そういう時はいかに「取られないか」を意識するのに忙しかった。
周りに「取る人」が多かったし、自分も「取る人」だったと思う。

時々優しくしてくれる人もいたけど、
「なんでこんなに天使なんだろう、自分なんて」
っていう風に思ってた。

もし、殺伐とした世界に住んでる人がいるとしたら、
できるだけ無害っぽい人や、さっぱりした感じの人を頼りに探し出して
優しさってどんなものなのか教えてもらうといいと思う。

殺伐とした世界に住んでるとき、
「自分に何かしてくれる」優しい人と見せかけて、
ぶんどっていく人がたくさんいた。

優しい世界にきた時、そういう人はすごく胡散臭いから
見分けがつくんだけど、その時はほんとにわからない。
周りが全員悪魔みたいだったから、
ちょっと優しくされると引っかかってしまってたのかもしれない。

本当の優しさを持ってる人っていうのは案外、
積極的に関わってこなかったり、無害に見えすぎて視界に入らなかったりする。

だからなかなか闇から引っ張り出してくれる人を探すのは難しいけど、
できるだけ、「味気ないくらい人間ができている」っぽい人とかを探すといいかも。

そういう人は、育ちがいいから、自分の痛みや苦しみや
ひねくれた心は理解できないかもしれないけど、
違う世界にいくことを手伝ってくれると思う。


そうやって「人のために何かする」ことが
本当はどういうことなのか肌で体感していくと、

見返りとか、損とか思わない範囲で
「自分にできることをやってみよう」と
思えるかもしれない。


仕事にしても、「やりたいこと」がわからないとき、
「何だったら人のためにやりたいと思えるか」がわからないでいる
っていう可能性もあるかもしれない。

そういう人は「人のために何かする」っていうのが楽しいことなんだ
っていう感覚を磨いていくといいんじゃないかな。






via Hanna
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Ameba Ownd



器用貧乏な人がもつ潜在能力とは?

いろんな経験をすることで、

実はどんどん「賢く」なっていく人種。


自分の強みを知って、磨いていくためのことを

お喋りしています(^^)



 #器用貧乏 #飽き性 #自分の強み #強みを活かす #マルチポテンシャライト #ADHD #好奇心旺盛 #ライフワーク #適職 


やりたいことがわからない、ということで

悩んでいる人は多いです。

その根本には、

どうしたら今の「やりたいことがない、しょうもない自分」

から逃げることができるのか、

自分には価値がないような感覚を味わわなくてすむようになるのか、という「恥」の感覚があるのかもしれません。


「やりたいことがない自分」を否定するのをやめて、

純粋な自分の幸せってなんだろうということを考えていきたい

と思いました。



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