こんばんは、陽菜です。

 

SNSを開くたび、

なんだか苦しくなっていました。

 

「今日も投稿できなかったな…」
「こんな内容でいいのかな…」
「見てる人に変に思われてないかな…」

 

誰かに何か言われたわけじゃないのに、
いつも頭のどこかに“人の目”があって、


発信するたびに、

すり減っていく感じがしていました。

 

でも一方で、


「わたしも何かを始めてみたい」
「家にいながら、小さくでも仕事ができたら…」


そんな気持ちも、ずっと消えずにあって。

 

 

だから余計に、動けない自分に

モヤモヤしていたんです。

 

 

そんな時に出会ったのが、あるnote記事でした。

 

 

 

正直、最初はタイトルに惹かれて

クリックしただけでした。


でも読み進めるうちに、

「あ、この人も同じだったんだ」

と涙が出そうになって。

 

・顔出しなし
・SNSも毎日投稿しない
・でも、必要な人にだけ届く仕組みがある

 

そんな世界があるなんて、思いもしませんでした。

 

 

何かを始めたいのに、前に進めない。


でも、「がんばれない自分」にも、

できる道があるなら…。

 

私にとっては、そのnoteが

まさに“はじまり”でした。

 

今でもときどき読み返しています。


同じように悩んでいる方に、

少しでも届けばと思って、シェアしておきますね。

 

インスタで「これが正解です」って言われたとき、

なぜか、ざわざわした話。

インスタでよく見る“成功者っぽい投稿”。


「これが正解です」

「これさえやればOK」

「逆にそれ、間違ってます」

っていう言葉。

 

 

その“正解”は、

きっと本当に成果を出した人の言葉で、
たしかに、

ありがたいアドバイスかもしれない。

 

でも。

 

その言葉を読んだとき、
なぜか私は“ざわざわ”してしまった。

 

「なんで、そんなに断言できるんだろう?」

それが、最初に浮かんだ感情だった。

 

きっとその人にとっては

「正解」だったのかもしれない。


でも、それは“その人の文脈”での正解であって


わたしの状況や、感じ方や、背景とは違う。

 

むしろ、「これしかない」と言われた瞬間に
“それができない自分”が

否定されたような気がして。

 

静かに、心がしぼんでいった。

 

正解を示してくれる人は、

とても“親切”に見えるけど…

その親切さが、

ときに「怖さ」に変わることがある。

 

なぜなら――

「じゃあ、それができない私は、間違ってるの?」

 

「それを選べない私は、努力が足りないの?」

 

そんな風に、自分の価値まで

ジャッジされているように感じてしまうから。

 

本当にほしかったのは、

「正解」じゃなくて、

「余白」だったのかもしれない。

 

“こうするといいよ”と

優しく差し出される手の方が、


「あなたはどうしたい?」

 

と聞いてくれる問いの方が、

 

わたしの心には、よく沁みる。

 

だから、私は言葉を選びたい。

たとえそれが遠回りでも、

誰かに“正しさ”を押しつけない発信を、

不器用でも、“余白を残す言葉”を、

大事にしていきたいと思った日。

 

 

心がざわつくのは、きっと、
「自分のやり方で歩きたい」と願ってる証拠。

 

誰かの正解じゃなくて、
“わたしのペース”で進んでいけますように。

 

 

私が救われたnoteはこちら

 

お読みくださりありがとうございましたクローバー

こんばんは、陽菜です。

 

このブログを見つけてくださって、

ありがとうございます。

 

最初に少しだけ、お話させてください。

 

わたし、実は以前…

「自分が何のために発信しているのか、

よくわからなくなった時期」

がありました。

 

子どもを寝かしつけて、部屋に戻って、

いつものようにスマホを開いて

 

──でも、何を書いていいのか分からない。

 

思考がぐるぐるして、言葉が出てこない。

 

「サボってるわけじゃない」

「怠けてるわけでもない」

 

でも…目の前に白い投稿画面があるだけで、

なぜか呼吸が浅くなる。

 

手が止まって、時間だけが過ぎていく。

そんな夜が、何日も続いていました。

 

それでもやっぱり、やめたくはなかったんです。
発信することが、好きだったから。

 

伝えたい想いがあって、
誰かの背中をそっと押せたらいいなと思って、
SNSをはじめたはずなのに──

 

いつからか、
「数字が伸びない自分」に落ち込むようになって、
「今日も書けなかった…」と、自己嫌悪ばかり。

 

 

本当にしんどかった。

 

そんなとき、
偶然、あるnoteに出会いました。

──タイトルは、

「頑張ってるのに報われない夜が続くあなたへ」

まるで、自分のことを見ているみたいなそのタイトルに、
気づけば、指が止まっていました。

 

読み進めるうちに、涙が出ました。

 

 

そのnoteを読んだあと、
わたしは深く呼吸して、
ひさしぶりに眠れました。

 

そして、
自分のペースで、また少しずつ

言葉を書けるようになったんです。

 

 

発信って、
「数字を増やす技術」じゃなくて、
「誰かとつながる“静かな気持ち”」だったんだなって

今なら思います。

 

「あ、わたし…疲れてたんだ」


「整えるって、逃げじゃなかったんだ」

 

書けなかったのも、反応が怖かったのも、
数字に囚われていたのも──


ぜんぶ、ちゃんと理由があったんだって。

 

このnoteに書かれていたのは、
“がんばってるのに苦しい”っていう気持ちを、
否定しないまま、
もう一度「自分の言葉」を取り戻す方法でした。

 

もし、いまこのブログを見てくれているあなたが

 

 

書けなくなった自分に落ち込んでいたり

 

SNSの中で、どこか孤独を感じていたり

 

頑張りたいのに、疲れきっていたり

 

 

そんな夜を過ごしているのなら──

 

わたしが出会ったあのnoteを、
ぜひそっと読んでみてほしいなと思っています。

 

あのnoteは、
「がんばらなくても、言葉は戻ってくるよ」って
静かに教えてくれるものでした。

 

わたしは、あのnoteに救われました。

 

だから、同じように静かに悩んでいる誰かにも、
そっと届いたらいいなって思っています。

 

 

 

わたしの発信も、まだ道の途中です。


でも、同じように「疲れてしまった人」のそばに
そっと寄り添えるような言葉を

綴っていけたらと思っています。

 

 

またここで、お会いできますように。

 

陽菜