40歳からのマラソンチャレンジ
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東京マラソン体験記 反省点とその後

反省点は…

●カーボローディング
炭水化物を絞っていく時期は、
体重が減って、体も軽くなり、良かったのですが、
貯めていく時期に、体重がかなり増えてしまって、
体が重くなってしまいました。
やっぱり、普段通りがいいのでは? と思いました。

●給水
スタート前に水を飲みすぎて、(小)に頻繁に行きたくなってしまいました。
(小)に追われるレースになってしまいました。
日比谷を過ぎる頃から、もうたっぷり水があるので、
当日の天候コンディションにもよるかと思いますが、
あらかじめ飲んでおくことも、水分を持って走ることも
全く必要ないと思いました。

●食料、栄養
スタート前に、おにぎりを食べたのですが、
これも、ふつうの朝食で十分。
走行中の食料用に
ウィダーゼリーも2つ持って行ったのですが、
ただ、重いだけでした。途中で食べましたが、
バナナをはじめ、食料もおおく補給されますし、
持って行ったタブレットも全く手をつけませんでした。
スポーツドリンクの給水が多いので、
糖分はこれで補給できると思います。

●荷物
雨が降っていたので、ハンドタオルを2つ、
その他、上で書いたような食料をいっぱい持って行ったのですが、
全く失敗でした。食料は重く、
タオルもポケットに入れたのですが、顔を拭く余裕もなく、
タオル自体が水を吸ってしまい、
重いぬれタオルを2つ42キロ運んだだけでした。
家族や応援の人たちの連絡用に携帯電話と、
スイカ、貴重品、最低限の現金(お札)で十分。
せっかく落とした体重が、1から2キロ、増えてしまいます。
いらない荷物はゴール地点まで運んでくれますし、
できるだけ軽くして参加した方がいいです。

●防水
コンビニで売っているビニールカッパを持って行きましたが、
これは快適でした。途中で晴れて、捨てても悔いが残りません。

~マラソン後~
2週間後くらいに、ジョギングを再開したのですが、
膝が逆に折れるような感覚があり、鋭い痛み。
膝の痛みが引かず、すこし腫れていたので、
整形外科に行ったところ、老人がよくかかるという
「変形性膝蓋炎」の初期になっているようだとのこと。
「老後が始まったということですね」と言われ…。
ショックでした。
しばらく休養して、太ももの筋トレのみで、
3か月ほど過ごしました。
そしたら、今度は、左足太ももの付け根の外側に急激な痛み。
再び整形外科にいったところ、こんどは
「筋付着部石灰化」。骨につながっている部分の筋肉が、
石灰化しているという。これはもう直らないものだそう。
こちらも、ストレッチを勉強し、なんとか回復。
結局、半年以上、まともな走りはできなくなりました。
医者からジョギング再開のOKをもらったのは、すでに
9月くらいになっていました。

いまは、週に1回くらいのペースで1時間半から2時間くらいの
LSDを行っています。

忙しくて、長期に走れなくなったりすると、膝の調子が
悪くなり、走り出すと、筋力が付くせいか、
膝の調子がよくなる…という状態になっています。
膝のためにも、定期的に走りは続けていった方がよさそうです。

練習の反省点
もっと長期のLSDにチャレンジすればよかったかもしれません。
2時間半を超えるロングランは経験が無く、
やっぱり、3時間を超えるあたりで、不具合が
来ましたので、3~4時間の超LSDを経験しておくべきでした。
(小)コントロール対策もできたかもしれません(笑)。

今年の東京マラソンはあきらめましたが(抽選も厳しかったようですね)
これから、再びマラソンにチャレンジできるよう、がんばっていきたいです。

東京マラソン体験記 ついにゴール!

ビッグサイトの横を走りながら、
右に曲がると、ゴールの門が見えました。

私は、両手を頭の上で結びながらゴール!!!

直後から、涙があふれて止まりませんでした。

号泣。

というか、嗚咽。

これほど感動に包まれたのは、おそらく人生で初めてでした。
高校入試で合格したときも、
部活で試合に勝ったときも、大学に合格したときも、
就職試験に受かって、希望の会社に就職できたときも、
結婚したときも、子どもが生まれたときも、
そのとき、それなりの感動はありましたが、
マラソンを完走したときに流した涙ほど、
心からあふれるような、涙を経験したことはありませんでした。
タイムは、4時間25分。

膝の痛みがなければ、もしかしたら、サブフォーもねらえたかも!
というようなタイムでした。

ゴールしてから、ICチップを切ってもらうときも、
メダルをもらうときも、エアサロンパスをもらったときも…
ビッグサイトの中に入ってからも、ずーっと嗚咽が止まりませんでした。

ビッグサイトに入る時に、ほんの1~2センチくらいの段差があったのですが、
それに躓いて、転びそうになりました。

ゴールしたら、脚、上がらないんですから、
徹底的なバリアフリーでお願いします! 事務局のみなさん!
ホント、バリアフリーの意味がわかりました。
でも、事務局のみなさんのオペレーションは、
本当に素晴らしかったです。
これほどの人数のランナーを、ストレス無く、
走らせる…、本当に簡単にはできないことです。
事務局のみなさん、ボランティアの皆さんには、
こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました。

ビッグサイトの建物に入って、着替えようと思ったのですが、
しゃがめないんですよ。膝が曲がらなくて。
まさに、脚が棒。

なので、先に荷物を取りに行って、
空いているスペースを探して、すわろうと思ったのですが、
やっぱりむり!
しばらく立ちっぱなしで、10分くらい、じっとしてましたが、
意を決して、どすん! と、尻餅をついて
座りました。

もう、まるで老人のようにゆっくりとした動作で、
なんとか着替えました。30分くらい掛かったかな。

着替え終わって、なんとか立ち上がって、
出口まで歩いて、いろいろもらって(新潟米のおにぎりまで!)
建物を出て、家族と会いました。

娘は、涙で「すごかったよ!」と迎えてくれました。
父親を見る目が、少し変わったかな…。
それまで、小馬鹿にしていたのが、
そういうことは、いわなくなりましたね。
寒い中、たくさん応援してくれてありがとう!
そして、えへん!
今日だけは、かっこいいパパでいさせてください!

その後、ビッグサイトのレストランでカレーライスを食べて、帰りました。

家に着くまでは、階段のつらさ、エスカレーターの早さに難儀し、
翌日の朝からは、これまで経験したことがないような筋肉痛に
おそわれながらも、なんとか出社しました。
(ネットによると東京マラソンを理由に、仕事を休んだ人も多かったようで、
 こころなしか、電車も空いていたような。)

 出社したら、僕が完走したことを知ってくれているひとも多く
 (ネットでチェックしてくれたようです)、
 たくさんの人から、祝福を受けました。

もう、40を超えると、悲しみが原因の涙は多く体験しますが、
喜びや感動で嗚咽するような、感動を体験することは、
ほとんどないでしょう。
それが、体験できるマラソンは、本当に素晴らしいです。
高校卒業いらい、22年も、ほとんど運動らしいこともせず、
体重が80キロ直前。タバコも1日20~30本。体脂肪率、30%以上。
高校時代で一生分走ったから、もう運動はいい! と言っていた私が、
仕事とプライベートのペースに無理を掛けずに、
ほどよく練習をつづけて、
2年間でなんとか、マラソンを完走するまで、たどり着きました。

今週末のマラソンで、ちょっとでも興味をもったあなた!
仕事、プライベートでなんだか、マンネリなあなた、ぜひ、マラソンチャレンジを
おすすめします。きっと人生が変わります。
もう、マラソンを体験してから、ほぼ1年たつのに、
こんなに鮮明に記憶に残っていることからも、
その感動がどれくらい大きかったかが、わかります。

さあ、いまからチャレンジ!
心の底からあふれでる涙を体験しましょう!

東京マラソン体験記 銀座〜有明まで

歌舞伎座の前あたりで、膝がかっくん!
なんていうんでしょう。膝が反対側に折れるような感じがあって、
激痛がはしりました。

ちょっと立ち止まって、屈伸をしようと思ったのですが、
これがびっくり! 脚が曲がらないんです!
屈伸できないんですよ。
これが30キロでやってくるという、壁なんでしょうか。
それまでの練習で、最長20キロまでしか走ったことが無くて、
30キロ以上は、未知の領域だったけど、
先輩たちた言っていたように、30キロの壁が、
私にもやってきました。

築地本願寺の前あたりでは、かなり厳しくて、脚を引きずるように
なってしまいました。もう、銀座一丁目で
家族の応援を受けたときは、まだまだいけると思ってたのに、
あっという間。一瞬です。

そして、やってきました。
マラソンの先輩から、さんざん聞かされてきた、
「まるで壁に見えるよ」と、言われた佃大橋。

本当に、壁でした。

物理的な坂としても、「壁」に見えるのですが、
それよりも「壁」に思わせるのは、声援のなさです。
ここだけ、歩道がないために、沿道の声援がぱったり消えるのです。
ここで気づきました。
沿道の声援あって、より走れるということを。

この坂で、ついに歩いてしまいました。

もう、つらくてくやしい思いをしながらも、少しずつ
進んでいくと、聞こえてきました。ロッキーのテーマ。
坂の上で、ラジカセで大音量をだして、ロッキーのテーマを
流している人がいまして。
勇気づけられました。

佃大橋を下り、再び沿道の声援があると、
やっぱり、がんばんなきゃ、というきもちになり、
痛い脚を引きずりながら、走り始めました。

走る前は、コスプレしている人たちを見てたら、
不謹慎だ! まじめに走っていない! と、腹が立っていたのですが、
コスプレもいいな、って思いました。
いろんな人から、声援を送ってもらえるんですよ。
近くに、ゴリラの着ぐるみをして、巨大なバナナを持って
はしっている人がいて、多くの人たちから、
がんばれ! とか、ゴリラ! とか声を掛けられていて。
かなり、勇気づけられているだろうことが、わかりました。
あと、ゴール後に、妻から聞いたのですが、走っている人が
みんな、だいたい同じような格好をしているので、
見つけるのが、大変なんだそうです。
みなさん、せっかくなら、沿道の方たちにアピールできる格好をして、
走りましょう! おすすめです!!
(その後、テレビで見たのですが、ガンを克服して
 参加した女性が、有明のがんセンターにかよっていたこともあり、
 同じスペルということで、帽子に、カニ(CANCER)の飾りをつけて
 走った女性がいまして、やっぱり、
 多くの人から「かにさん、がんばれ!」と、声を掛けれていました)

足を引きずりながら、声援に押されて、
なんとか早歩き程度で走っていたところ、
豊洲で、こんどは、逆に声を掛けられました。
これまでとは逆に、家族が僕を見つけてくれました!
そのときは、がんばって走っていたところだったので、
夫、父としては、格好がつきました。

最後の家族の声援を終えてからは、
もう、痛みとの戦いでした。
その後も、橋があり、上り坂も。
有明に入ってからは、もう歩きと小走りの連続。
もう、すでに「走る」という状況ではありませんでした。

途中、ある男性が「がんばれ!」と大声で、声を掛けてくれて、
その声援が、本当に心にぐっと刺さりました。
そのあたりから、天気も改善し、晴れてきて、気温も上がってきたので、
それまで着ていたビニールのポンチョも脱いで、ゴミ箱にすて、
最後の力を振り絞って、走り続けました。

ビッグサイトの横を走り、ゴールが見えてきました。

東京マラソン体験記 銀座〜浅草〜銀座へ

銀座あたりにはいると、ぐっと道が狭くなります。
でも、あの中央通りをマラソンで走れる快感は、
ほんとうに素晴らしい!

ただ、銀座から浅草へのコースは、交差点のカーブが多く、
これから走る先が遠くまで見えないので、
体の疲れも相まって、だんだんきつくなってきました。
脚もかなり疲労しているようで、
ちょっとしたカーブなのに、なんだか脚がもつれる感じもしてきました。

浅草では、人形焼きを配っていましたが、
マラソンの先輩が、以前に人形焼きを食べたところ、
喉を詰まらせて大変だったと聞いていたので、
パス。浅草の皆さん、すいません!

折り返して、再び銀座方面へ。

したら、また(小)です。
このあたりは、なぜだか路地路地で警察官がいまして、
なかなか立ち(小)もできず…。

で、トイレによったのですが、これも大行列。
すみません。また近くで立ち(小)。
ホント、(小)に翻弄されました…。
事務局の皆さん! もっとトイレを増やしてください!

そのまま銀座に向かって走りますが、
だんだんきつくなってきました。
これまではあっという間に通過していた1キロ、5キロが
ものすごく遠く感じてきます。
経験者は30キロで、がくっと来ると言っていましたが、
本当にそうかもな、と実感してきます。

メールチェックをしたところ、家族は銀座一丁目で応援とのこと。
また、沿道をずっと見ながら進んで、また会えました!

このあたりでは、かなりきつくなっていましたが、
それほどペースの落ちず、でも、もう4時間切りは無理だなあ…
と思い始めました。
そして、銀座4丁目の交差点を左折。
歌舞伎座の前あたりを走ってたら……………

東京マラソン体験談 日比谷から

日比谷公園で、10キロの人たちが続々ゴールするので、
ちょっと空いてきました。

日比谷公園で南行するあたりで、
トップの人たちとすれ違います。
え、もうこんなところ走ってるの? とびっくり。
トップアスリートの人たちってすごいな、と素直に感心しました。

このあたり、ペースを上げて走っておりました。
給水もたっぷり。
マラソンの本には、「喉が渇いたらもうやばい」と
書いてあったので、はやく飲まなきゃ、と思って、
コップ一杯まるまる飲みました。
このせいで、もうこの後ずっと(小)に悩まされました。
ほんと、飲み過ぎには注意です。

ちなみに…
これは、ある本に書いてあったのですが、走りながらだと
水分は飲みづらいです。そこで、飲み口の部分が、とがるように
ちょっとつぶす(折る)と、飲みやすいです。

そのまま走り続けると、また(小)! もう勘弁して!
日比谷公園と東京タワーの間あたりにある、
公園でトイレに。これがまた、もう50人くらい並んでて。
なので、すみません! 立ち(小)をしてしまいました。
となりで立ち(小)をしていた、ベテランランナーと思われる
方も、「こう寒くちゃ、もうトイレのために走っているみたいだよな」と
話していました。
皆さんは、どうだったんでしょうか。

その後は順調に走り続けます。
品川で折り返したときには、
「まだまだ行ける!」という感じ。
ペースもあがって、4時間きれるか? と自分でも
走りながらわくわくしていました。

このあたりで、メールチェック。
次は御成門あたりで家族が応援しているとのこと。
これも、ずっと沿道をみて、走っていたら、会えました!
ちょうと反対面のコースでは、撤収が行われており、
撤収が終わった給水の人たちが応援してくれて、
ぐっと来ました。ハイタッチして、
大声で「ありがとう!ありがとう!助かったよ!」と
叫びながら走っておりました。

東京マラソン体験談 スタート!

ああ、あっという間に1年近くたってしまいました。
今更ですが、続きを書きますね。

スタートしてからですが、遠くでファンファーレが聞こえて、
しばらく動かず。
ようやく、すこしずつ動いてきました。
都庁の前あたりについたら、もう、ひどい!
ビニール傘などが、散乱。本当に危なかったです。
刺さります!

その後は順調に走り出しますが、このあたりは、
人数が多いわりには道幅が狭いので、
結構周りの人たちにぶつかりそうになるので注意です。

四谷の手前くらいで、だいぶ体が温まってきたのですが、
すると、代謝がよくなったせいか、早くも(小)が!
もう、トイレを探しながら走っている…。そんな気分に。

四谷三丁目あたりで、メールチェック。
すると、家族が市ヶ谷付近のお堀側で応援しているとのことで、
ずーっと、沿道を見ながら走ると、
Y字路の先で、発見!
一瞬の応援を受けて、そのまま続行。

お堀から離れるくらいになると
(小)が居ても立ってもいられなくなり、

飯田橋あたり、高速の手前あたりでトイレに。
これがコースから遠いし、もう20人くらい並んでいて。

ここで、7~8分の時間のロス。

かなり焦りました。
このあたりまでは、4時間ジャストくらいのペースだったので、
目標の4時間切りがきびしくなっちゃったなあ、と思い、
ちょっとペースを上げました。
これが後で響きます。

正直、スタート前に水を飲みすぎました。
その上、寒いので汗もあまりかかず、
ぜーんぶ(小)に行ってしまいました。

日比谷公園あたりになると、給水がたっぷり!
ああ、こんなにあるんだったら、
水をたくさん飲まなくても、全然だいじょうぶでした。
もし、極端に寒い場合は、あまり水を飲んでいかない方がいいと
思います。3時間を切った、猫ひろしも、
「近いので、途中、だだもれでした」と言ってましたが、
とても共感しました。

東京マラソン体験記〜現地入りからスタートまで

現地には、7時半前には到着。
ものすごい人で、新宿方面からは川のように人が流れてきていました。
西新宿経由だったのは、正解でした。
で、上に着ていたものを脱いで、走る時の服になってすこし歩いてみて最終判断。
ビニールのレインコートを着たら、寒さを感じなかったので、
最初のチョイスのまま行くことに決定……。
ナンバーカード(ゼッケン)をつける。本番だ! と実感が高まる。

ウエア以外の持ち物は、ミニタオルを2枚ポケットに。
ウエストポーチ(ふつうの無印良品のやつ)に、ウイダーインゼリーを2個。
あるサイトですすめていた、ブドウ糖タブレットを2箱分。
1万円札と、Suica+定期券つきクレジットカード。

7時45分くらいには、
コンビニで買ったおにぎりとポカリを胃袋に流し込み。
荷物を指定のビニール袋にいれて、荷物をトラックに預けました。
で、長蛇の列になると聞いていたので、さっそくトイレへ。

しばらくあっちこっちをうろうろ。
アップしている人をまねて、2~3分くらい走ってみたり。

会場で「選手の皆さんは…」とアナウンスが流れると、
「選手」なんて呼ばれたのは、高校のラグビー部以来だー、とか
感慨深くなったりして。

もうやることが無くなってしまい、もうスタート地点に行ってしまおうと
指定の「G」地点に。8時10分くらいですかね。

そのままずっと待機。寒かったです。みぞれっぽい感じで。
足先がかじかんでしまって、指と指が重なったりして。

30分くらいすると、もうトイレに行きたくなってしまい、
スタート15分前くらいに、人の流れに逆行して、
公園のトイレに。10人くらい並んでいましたね。
でも、5分くらいですませて、再度スタート地点に。

いよいよスタートです!

東京マラソン体験記〜起床から現地入りまで。

当日は、朝5時起床。体重を量ると、79.9キロ。
カーボローディングをやりすぎました…。
たった3日間で3キロくらい重くなってしまった。

5時半くらいから、朝食として、ご飯2膳。お餅2個+お吸い物と、炭水化物ぜめ。
この日はあいにくの雨だったので、ウェアのチョイスに迷いましたが、
練習で愛用している帽子+ユニクロのスポーツ用Tシャツの半袖の上に長袖を着ることに。
下は、これも練習で愛用しているアンダーつきの短パンにウインドブレーカーの長パン。
東京マラソンエキスポでアシックスのポンチョを買ったのですが、袖の部分がなかったため、
ウチにあった、コンビニで売っているビニールのレインコートにして、
太ももの部分から下をはさみで切って持って行きました。
あとは、これもエキスポでもらったオレンジの手袋+炊事用の
安いビニール手袋を用意。
で、家から、マラソンのウェア+フリースとウインドブレーカーを
着て行きました。妻と娘に見送られ、ウチを6時半くらいに出発。
駅近くのコンビニで、ポカリスエットとレース30分前に食べる用のおにぎりを購入。
(これが、あとあと、よくないことに…)
駅には、マラソン参加者と思われる人たちが、
ちょこちょこ見られました。

で、僕は西新宿駅から現地に。7時15分くらいに駅に到着。
西新宿は、意外と穴場で、すいているし、
現地まで地下道でつながっているし、トイレもあるので、便利です。
結構、ひどく雨が降り始めていたので、
この地下道を走ってアップしているひとも結構いました。
今振り返ると、ここで時間をつぶして、僕もアップすればよかった…。

職場でお祝い&拍手してくれました!

昨日は、筋肉痛をおして、会社に出社したところ、
すぐ、NTVのHPで見られるゴールシーンを
職場の仲間とプチ観戦。僕が号泣しているところも
ばっちり見られてしましました。
でも、そのゴールの瞬間、同僚たちに拍手してもらったりして、
また、危うく職場で泣きそうになってしまいました。
その夜は、完走祝い(にかこつけた飲み会ですが)をしてくれました!
本当にうれしかったです。

昨日の朝は、完走した高ぶりもあって、
「おれは、やればできる! これからは、
やりたいことをやって、好きなように生きていくぞ!」
などと家族に豪語してしまったのですが、
そんなことが職場であり、実はウチの会社、
マラソンコースのすぐちかくなのですが、
走ったコースを改めて見ながら、昼ご飯に向かっていたら本当に反省。
いろんな人の応援あっての自分なんだなと、
改めて認識しました。家族にも、本当にひどいことを言ってしまいました。

これからは、家族のため、仲間のため、仕事のため、
愚直に生きていこうと決心しました。

マラソンは人生を変えるといいますが、本当だなあと
心から思いました。

ありがとう! 東京マラソン!

次は、詳しいマラソン体験を書きます。

完走! 感動!

何とか完走できました!
目指していたサブフォーとは行かなかったのですが、
4時間25分くらいでした。

ゴールしたら、もう涙が止まらなくて、
おいおい、泣いてしまいました。
こんなに泣いたのは、人生で初めてかもしれません。
更衣所まで泣いていたおじさんがいたら、
それは私です。

それにしても、こんな感動が待っていたなんて!

もう、家族に、友達に、沿道で応援してくれた人たちに、
感謝の気持ちでいっぱいです!

ありがとうございました!



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