人は最期のときに

その人の生き方の完成形を迎える。


自分の決めた形で

その人生に幕を閉じる。


そのときを

一緒に迎えたいかひとりで迎えたいか。

誰に来て欲しいか来て欲しくないか。


病院に入ってしまったからーーー

あと少しそばにいてあげたらーーー

大切な人の最期に立ち会えなかった方の

後悔の言葉をみかけた。


最期の姿を見せなかったのは

最後の思いやりなのかもしれない。

悲しませたくなかったのかもしれない。


理由は分からないが

ご本人がそう決めたこと。

ひとりでいくのがさみしいと

私たちが決めつけているだけで

実はあちらの世界では

気にもとめないことなのかもしれない。


誰かの名前を呼ぶことも

誰かを抱きしめることも

それができなくなるときがくる。


ーーー


そんなふうに思えるようになったのは、

私の身近に最期まで自分らしく生ききった

ひとたちがいたからだ。


私の祖父母はいわゆる大往生で

ふたりとも長生きした。

ひ孫も何人もいて

身体がこの世からなくなる瞬間は

皆から元気に見送られた。


それぞれの自我を思い切り発揮して

この世を去ったふたり。


あと何年生きられるか分からないで

ってよく言っていたけれど

あれから20年以上…

たくさんの景色を見て、

たくさん美味しいものも食べられて


本当によかったね

おじいちゃんキラキラ

おばあちゃんキラキラ


次の記事ではそんなかわいい

ふたりの紹介と最期のお話をします照れ