「…そろそろ帰るね」
「駅まで送るから、チャリ乗って」
「ありがとう」
外に出ると、風はひんやりとしていて少し寒いくらいだった。
「寒くない?」
短いスカートから伸びる生脚は寒そうだ。
「んーん、平気だよ」
俺の後ろに跨った実彩子の細い腕が回ったのを合図に漕ぎ始める。
来る前とは違って明らかに元気がない。
取り繕ったように見せる、困ったような笑顔に、どうしていいか分からなくなる。
_____ずっとずっと、そばにいて欲しいのに
付き合って、キスをして、それ以上もして、
物理的な距離はとても近いはずなのに。
腰に回されたこの細い腕はいつか離されて、
俺が掴む前に何処か遠くへ行ってしまうような気がしてしまう。
21時を回った駅前は、帰宅する人で賑わっていた。
「今日もありがとう」
「ちゃんと飯食えよ、」
「へ?」
「軽すぎて、幽霊乗せてるみたいだったんだけど(笑)」
「もうっやめてよ!(笑)じゃ、もう電車来るから…」
「ん、また明日な」
「うん、バイバイ」
人混みの中に消えて行く小さい背中。
そこに抱えているモノに、実彩子は俺を踏み込ませない。
近づくほどに遠ざかるような不安が
いつも俺の中にある。
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実彩子を知ったのは、1年の春。
体育祭で、入学してから仲良くなった日高に、やたらと野次を飛ばされながら障害物競争に出ていた女の子が実彩子だった。
「あいつマジ鈍臭いんだよ、(笑)」
実彩子と日高の関係をあまり知らなかった俺は、
そうやって言う日高が、好きな子を弄る小学生男子にしか見えなくて、なんとなくその鈍臭い女の子が好きなのかな、と思っていた。
「日高くん、マジうるさいw」
障害物競争に四苦八苦していた女の子は近くで見ると、細身で日高に負けじと目が大きくて、気が強そうな子だった。
「いや、ツッコミどころ多すぎて黙って見てられなかったわw」
「もーやめてよね、コッチは一生懸命なんだから」
「いや、側から見たらそうは見えなかったぞ?な、西島」
「えっ?」
「鈍臭い動きしてたよな、こいつ(笑)」
彼女の大きな目がこちらに向けられる。
「いや…w」
視線に圧倒されて、苦笑いしかできない俺。
そんな俺を見て、大きな目はクシャッと細められて
「そんな、初対面の人に聞いてさ、失礼でしょ!答えにくいに決まってんじゃん、(笑)」
そう言って笑った顔が、ずっと胸に残っていた。
後から2人は幼馴染だったと知って、
互いに顔見知りになり、会えば挨拶をするような関係になった。
顔見知りになると、学校での彼女の様子が自然と目に入るようになった。
彼女は派手な方ではなくて、何方かと言えば優等生タイプ。
それなのに、何度か電車で見かけた時にはいつも隣に彼氏らしき男がいて、
それも短期間でコロコロと変わっていた。
しかも相手は学内でも人気のある奴だったり、他校のイケメンだったり、
当然、女子からは妬まれるわけで、
彼女はあまり女友達は多くないようだった。
多分、始まりは春休みに入る前の雨の日。
サッカーの練習がなくなって、皆んなでカラオケにでも行こうと学校を出てから定期を忘れたことに気づいた俺は、1人学校に戻ってきた。
教室のドアを開けると、
そこには先客がいた。
「あ、」
外はかなり雨が降っているというのに、窓を大きく開けて外を眺めていた実彩子は、ドアの音に驚いたように振り返る。
「めっちゃ…雨入ってきてるけど…」
「…ごめん、閉めるね」
「あ、うん、ありがとう」
とりあえず定期を取り出すため、自分の机に向かう。
「なんで、この教室いるの?宇野ちゃん、二組だよね」
「…ここからだとね、遮るものがないから」
窓を閉めてからも彼女は俺の方を振り返ることなく、ずっと外を見ていた。
「…?」
正直、この時は彼女の言葉を理解できなかったけれど、今ならそれは小さな嘘だったことがよく分かる。
「…宇野ちゃんは、帰んないの?」
「にっしーが帰ったら、帰るよ」
「じゃあ、帰んない」
「…え?」
俺の思わぬ返答に、彼女は驚いたように振り返る。
「…やっぱり」
「…ッ…」
「泣いてるじゃん」
「…早く、帰ってよ」
「帰らないよ」
「…勝手にすれば」
1人で泣いていた彼女をほっておけなくて、
言われた通り、俺は勝手に彼女を待っていた。
