看護師として40年。



振り返ると、私の人生は「引越し」とともにありました。





15歳で就職のために初めて家を出て、寮生活を4年。一人暮らしに憧れてアパートへ移り、看護師資格を取って県外へ。


資格があったからこそ、どこでも働けた。
総合病院での3交替、夜勤の日は子どもを病院の保育園へ連れて行き、寝ている子を抱えて出勤するたびに胸が痛んだ。夜勤明けの帰り道、眠い私と元気いっぱいの子ども。
余裕がなくて優しくできなかった自分を、今でも思い出すと反省する。








その後、実家のある田舎へ戻り

免許が必須の土地で自動車学校に通った。
免許を取って仕事を探し、新聞広告の「看護師募集」を見つけて電話をかけ、面接へ。
携帯もない時代。






就職が決まり、また引越し。





エレベーターのない団地の4階。
それでも、団地の人たちは本当に親切で、今でも感謝が尽きない。
子どもが学童を嫌がり鍵っ子になったときも、団地の方々が見守ってくれた。
あの優しさに、どれだけ救われたか











子どもの成長に合わせて、夫の実家近くへ引越し
私は同じ職場のまま、通勤距離だけが伸びた。
借りた空き家は古く、崩れかけていて、また引越し。



義母の近くの空き家に移ると、
朝散らかしたまま出た家が帰ると片付いていたり、
洗濯物が干されていたり、
ガスコンロが磨かれていたり。
悪気がないのは分かっていたけれど、
今思えば、境界線がなかった。

私の生活にそっと入り込まれていた。
何も言えず、モヤモヤだけが残った。








その後、夫婦仲が悪くなり、

子どもを連れてアパートへ。
ところが1ヶ月で夫が転がり込み、
家賃の高さに「家を建てたほうがいい」と思い始め、住宅展示場へ行き、夢が膨らみ、
本当に家を建てた。



「これで引越し人生も終わりだ」
と思った。








けれど、子どもたちが巣立ち、
10歳上の夫が定年で毎日家にいる生活に、私は耐えられなくなった。
悩みに悩んで家を出て、娘の後押しもあり

離婚。







娘の一人暮らしに居候し、また引越し。
その後、娘と二人暮らしをしていたが、

災害で床上浸水。車は沈み、仮住まいへ。
そのときも、

人の優しさが身に染みた。





仮住まいからアパートを探し、また引越し。
やがて娘は結婚し、私は一人暮らしに。
部屋は余り、家賃は上がり、私は定年で収入が減る。
「負担を減らさなきゃ」と思い、家賃の安い場所へ引越した。






今はそこに住んでいる。
ふと数えてみると、

どれだけ引越しをしてきたのだろう。







でも、私は思う。
ここで終わりではない。
私の人生は、まだ進行中。






娘から見れば「多動」と言われるかもしれない。
でも私は、

まだまだ自分の人生を楽しみたい。





動くことで学び、動くことで生き直し、動くことで私になってきた。





これからも、

きっと

そうやって生きていく❣️