叢雨日記

叢雨日記

アニメ・音楽・漫画・歌い手さんに対しての感想などを書いてます。
ときどき、動画を貼り付けています。
最近は日常も書いています。

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私は、8歳の頃に両親が離婚しました。

その後、父に引き取られましたが、3か月で母のもとに行きました。

そして、4年生になった頃から姉弟喧嘩が多くなり、それに対しての親から叱りも厳しかったです。

弟を怒ることなく、私だけに手が出されました。

母は、夜も仕事をするようになり、さらにエスカレート。

ご飯、仕事着、お風呂の用意をしていないと手を出すようになりました。

友達との遊びも断り、ただ一人で洗濯、家事をしていました。

もちろん、その間弟は外で遊んでいます。

家の中が汚く、足の踏み場もありません。

あまりに汚く、数か月に一度、次が土曜日の日の夜に朝あけまで、家を奇麗にしていましたが、1週間でもとのありさま、正直うんざりです。

中学では、テスト前でもやることはやらないといけません。

でも、少し虐待は軽かったです。

中3になり、先生も家庭の事情に気づいたのでしょうか?

授業中、急に先生に呼び出されたと思ったら、カウンセリング室に連れていかれました。

そして、カウンセラーにその時、初めて自分のことを家庭の状況を話しました。

辛くて泣くしかありませんでした。

でも、その時の私には、人に頼るということを知りませんでした。

次のカウンセリングの時には、友達を連れていき、その後一切自分の話をしていません。

カウンセリングの時は友達がついていき、友達がカウンセラーと話し、私は一人で1000ピースパズルをしていました。

パズルが完成したころには、私は人に自分の家庭環境を話すことをしなくなり、前に姉弟喧嘩をした次の日に人を殺しそうな顔をしていたと友達に言われて以来、私は無表情になりました。

高校に入ることにはもう、笑うことができなくなり、笑顔の作り方も忘れていました。

高校2年生の冬、喘息が再発しました。

バスの中では口笛並みのヒューヒューで恥ずかしく、家に帰っては、咳も出てうるさいと何度も言われました。

弟が風邪をひいて咳をしても何も言わないのに、私にだけは怒ります。

ついに、喘息がひどく動けなくなりました。

何とか母の言うとおりにバスタオルだけは渡しましたが、そのあとの記憶がありません。

起きたら発作が収まっていた。

完全に今回の喘息は運が悪かったら死んでたと思いました。

でも、死ねなかったことにすごく残念でした。

高校は卒業後高専だったので進学しました。

でも、ある時、「そんなんだったらやめればいいのに」と言われ、精神的にうつ状態で今まで通りの家事をし、記録物、レポートの提出に追われていました。

そんな中で、「やめればいいのに」といわれ素直に辞めました。

すると、今度は「あんだけお金払ったのになんで辞めたん!」っていわれ、あと一年で国家試験だったのにと思いながら、今の環境だと無理と判断して4年間頑張ったのに辞めた。

その後、他の資格を取り、働きました。

無事に正社員

後悔ばかりが残り、今でも夢に出てきて、起きた時には夢と現実の区別がつかなくなってました。

本当に今もです!

実家にいるのかここはどこなのか、今日の仕事は早番?遅番?夜勤?そんな混乱した頭の中を毎日過ごしてます。

妊娠した今では毎日ではなくなったので、精神的に楽になりました。

 

とうとう私も出産難民です。

これからどうすればいいのか、不安になり、つわりも重症妊娠悪阻で入院してたくらいひどいものでした。

入院していたのは、妊娠3か月の頃で、今は、家で耐えてます。

で!問題が出てきます。

どこの病院も断られた今、どこで妊婦検診をするか、どこで出産すればいいのかです。

 

入院助産制度は、指定された病院でしか使えませんが、例外として、指定病院から断られた場合は、他の病院で、入院助産制度が使えます。

ですが、ほとんどの病院は断ります。

理由は、費用が足りないからです。

仮に00病院で出産費用70万します。ですが、入院助産制度で出せるお金が50万までとします。

もちろん受け入れた病院が70万する場合20万損しますよね。

それで、断る。

受け入れて特はしないからです。

これは、実際に東京都で出産難民になった方たちの断られた理由の一つに入っています。

次に多いのは、受け入れ可能人数の予約がいっぱいです。

私のように家から病院までが遠いからという理由で断られてる方もいます。

出産難民になった方たちの裏には、少子化という問題がかくれています。

少子化で出産する人が少なくなり、産婦人科を廃止にした病院が増えたというのが問題にあがっていた時期がありました。

横浜市では多くの病院がなくなり、分娩予約がいっぱいで取れないという方が多かったらしいです。

市は何とか対策をしたらしいですが、これ以上の情報は私には得られなかったです。

 

こんなに問題がたくさんある中で、私を受け入れてくれる病院があるのでしょうか?

私は、少しでも入院助産制度が使える病院が増えてくれればと思っています。

しかし、入院助産制度は税金です!

4,5人子供を産んでいる方がいますが生活保護で、結婚をしていないという方がいます。

子供をこんなに作るんだから結婚してもおかしくないのになぜ結婚しないのでしょうか?

これは完全に私の愚痴ですが、子供が増えるにつれて働くのはもちろん保護から抜け出すのは、難しくなるでしょう。

この方は、税金で生きていくと、働く気がないと勝手に思っています。

たとえ、働いていたとしても保護があるからとこれからも子供をポンポンと産むのでは?と

過去の話になってしまいますが、私も一応は正社員だった頃があります。

税金と健康保険、年金などの支払いにより、手取りは7万でした。

実家に暮らしてはいましたが虐待などを受けながらも住むしかありません。

子供の頃から児童虐待にあっていました。

まぁ、その話は置いといて、

税金を納めていたからこそ思う、汗水たらして時間を削って収めたものがこんな簡単に消えていいものだろうかと、使われていいものだろうかと、

少しは収めている側の気持ちを考えて欲しい。

好きで仕事をしている人もいるけど、お金のために仕事をしてる人もいます。

私は、昔は、前者でしたが、今は後者です。

一時期、うつ状態だった私は、こんな考えもありました。

人の税金をもらってまで生きる価値って何だろう?って、そこまでして私は生きたいのか?

何もできなくなった私はただのお荷物、社会から罵倒されて当然の場所にいると思っています。

 

 

 

 

下腹部痛で産婦人科に行ったら、妊娠が発覚しました。

すぐに保護課に行きましたが、「今のあなたの環境じゃ無理でしょ。今ならまだ間に合うよ。育てられないでしょ。」など、おろせと遠回しに言ってくるのです。

次に話し合いをすることになり、日を改めて行きました。完全に遠回しに「おろせ!」それが2時間続きました。

「出産費用はうちからはでませんよ」それも言われました。

出産扶助というものがあるのは、妊娠前から知っていました。

完全に出ないわけではないです。

ですが、普通分娩時の出産に対しての医療行為のみ、点眼、ガーゼなど、

入院助産制度というものをご存じですか?

生保や42万の一時金に満たないものが利用可能な制度です。

私の住んでいる市では2か所しかありません。

さらに、私は、ハイリスク妊婦、受け入れ可能な病院は一つに絞られました。

ですが、そこは家から2時間かかる場所、なので、遠いからという理由で断られ、通っている病院は、入院助産制度の認定病院じゃありませんでした。

 

更に辛いことが...

その通っている病院では、はっきりと「おろしたほうがいい」と言われました。

法律上おろせということは言ってはいけません。

人権侵害にあたるからです。

でも、何度も言われるうえに検診のたびにどうするのか聞かれました。

もちろん私は「産みます」といいました。

すると、予想通り、「うちは入院助産制度をあつかっていないので00病院に紹介状を書きます。」と言われました。

でも、そこは最初に遠いからと言われ断られた病院です。

断られるのをわかって、電話をしましたが、もちろん一度断られてますので同じ理由で断られました。

私は完全に出産難民になりました。

 

私は、体を動かす仕事をしてますが、生活保護受給者でもあります。

そして、発達障害、ADHDを持っているので、障害者手帳も持っています。

これを活用して、就労支援で、PCの勉強をしたいと思っています。

高校の頃Excel、Wordなどの基礎知識を授業で受けましたが、すっかり忘れてしまっています。

最近、アニメで、「ぼくたちのリメイク」だっけかな?見ててPCに興味が出てきました。

何かしらの影響を受けやすい私なので、意見もコロコロ変わりますが、今は、PCに興味しんしんです!

まぁ、流石に転生異世界物や魔法には手が出せませんが...

 

 

コロナ禍になってライブがほぼ中止になりましたね。

さらに、握手会やサイン会、会うことさえかなえられなくなってしまいさみしいです。

今、鹿乃さんはニコ動でライブをやっていますが、やっぱり本物と会いたいです。

また、会って30秒でもいいので話して、声が聴きたいです。

プレゼントを渡して、鹿乃さんグッズを買ってなど、早く昔のような日常に戻ってほしいですね。

 

話は変わりますが、皆さんは、ポケベルからスマホまでに進化、時代が変わったように昔のような生活ではなく、ほかの新しい時代に馴染んでいく、コロナが収まった日が来ても昔のような生活は来ないと思っていますか?

私は正直わからないです。

ただ、コロナ禍により、小児科の院内学級の高校生がオンライン授業が受けれるようになった。

基本、院内学級は、義務教育の中学までしかありません、でも、オンライン授業が日常化してきた今、入院中でも授業が受けれるようになりました。

それは、プラスに考えればよかったことなのかな?

更に、PCさえあれば家でも仕事ができることもわかりましたね。

子供が体調を崩しても家で仕事ができることがわかった今、ほかの人に迷惑かかるんじゃないのか?という不安は消えるんじゃないかな?

とも思いました。

私は、体を動かす仕事なので自宅仕事とは無縁です。

私情は、次に書かせてもらいます。

読んでいただきありがとうございます。