次の日 

正雄は鬼ヶ島が見える砂浜に居た、 

二日前の夕方に太一から電話がかかって来て、 

鬼ヶ島に知らない遊覧船が着岸していて、 

鬼の事が心配だから、 

ジェットスキーで俺を鬼ヶ島に連れて行ってほしいと頼まれて、 

今日これから鬼ヶ島に行く、 

鬼衛集のおじさん達にジェットスキーの運搬を手伝ってもらって、 

鬼衛集のおじさん達に凄く感謝されたが、 

事情を聞くと、 

正雄も他人事では無いと感じた、 

それより田村さんがいつもと違う様子、 

落ち着いてはいるが、 

表情と言うか話し方というか、 

多分、他の鬼衛集のおじさん達も田村さんのいつもと違う雰囲気に気付いていて、 

正雄に念入りに礼を言ったり、やたら気を付けてくれと言ってくる、 

「じゃ、行きますよ」 

正雄はジェットスキーの後ろに乗る太一にそう声をかけると、 

太一は頷き、 

「頼む」 

太一は人間の礼儀というか習慣からして、 

鬼達にお土産を渡してないか、と心配していた、 

正雄もありえると思った、 

太一の心配はそのお土産でツノとペタの秩序のバランスが崩れている事を心配していた、 

崩れたバランスが悪化して、 

とんでもない事になる前に、 

手を打ちたいと言っていた、 

正雄自身も早く鬼ヶ島の入江に行きたい、 

心が焦る、 

そして入江を目の前にすると、 

四、五人のペタ達がいつも通り漁をしている、 

そのまま正雄はジェットスキーを入江に入れて、 

砂浜に少し乗り上げて、 

ジェットスキーのエンジンを止めると、 

太一は早速ジェットスキーを降りて浜にいたペタに声をかける、 

「知らない人間が来ただろう?」 

一人のペタのおじさんがこちらに近付きながら頷き、 

「ああ、首から布を垂らした人間達が来て、食い物をツノにあげたみたいだ」 

正雄はジェットスキーから降りて、 

前回と同じ様に杭でジェットスキーを 

係留して自分と太一のライフジャケットをハンドルに引っ掛けた、 

「みんなの様子は?」 

と太一がそのペタに問いかけると、 

そのペタのおじさんは、 

「ペタが交代でツノを見張ってるよ」 

と笑いながら言う、 

正雄はそう言えば、この浜に見張り役のツノがいない事に気が付いた、 

「じゃ、今の所ツノ達は大人しくしているんだな?」 

太一がそのペタのおじさんに尋ねると、 

おじさんは頷いて、 

「今の所はな」 

と言った、そして漁をしていた他のペタが近寄って来て、不安気な表情で、 

「俺たち、本当に本土に行けるのか?」 

と太一に問いかける、 

太一は深く頷いて、 

「ああ、人間のお偉いさんがそう決めたんだ、大丈夫だ」 

正雄は太一のその一言に、言葉にできない違和感を感じた、 

田村さんは鬼の移住を心配している様なのに、賛成なのか? 

正雄がそんな事を思っていると、 

「真中君、村まで上がろう」 

と太一が言うとペタのおじさんが、 

「俺もついて行く」 

そう言って三人で砂浜の奥の道を進んだ、 

そのペタのおじさんは歩きながら、 

「ツノ達は人間にもらった食い物を自分達だけで食って、多分、一部のツノの長老が本土に渡ることを反対している様なんだ」 

と近況を教えてくれたが、 

太一は急足で歩きながら、 

無言で何か考えている様だ、 

ペタの村に着くと、 

村の中は一応に平静の様だ、 

そして一人の大人の青鬼のペタが近づいて来て、 

「私はシトだ」 

と名乗ってきた、 

気のせいか聞き覚えのある声だし、 

顔もキトに何となく似てる、 

正雄はそう思い行方を伺っていると、 

太一が、 

「鬼衛集の長をしている、太一と呼んでくれ」 

そう言って正雄をおもむろに指して、 

「こっちは正雄だ」 

正雄は軽くお辞儀をすると、 

シトも軽くお辞儀をしてから、 

正雄に、 

「キトを覚えているか?」 

正雄は驚いて、 

「キト!覚えているよ」 

シトは微笑んで、 

「俺の息子だ」 

正雄はもう一度驚いて、瞬間に緊張が解けて、 

「声が似てるし、顔もそっくりだからさ、そうなのかなと思ってたんだ」 

するとシトは、 

「キトが君に会いたがっている」 

正雄は自分を抑えながらも、嬉しくて、 

「僕も会いたいです」 

とシトと見つめあってしまった、 

すると太一が、 

「ツノを見張っているのか?」 

シトは太一に向き直り頷いて、 

「ツノ達は、本土に行きたいものと、行きたくない者に別れている様だ」 

太一はそれを聞いて、 

「じゃペタ達はどうなんだ?」 

シトは小さなため息をついて、 

「こっちも同じだ」 

と二人が会話をしていると数人のペタの男や女が集まって来た、 

その集まって来たペタ達の様子から、 

正雄はシトがペタ達に頼られている様に感じた、 

すると太一がシトに、緊張感の無い声で、 

「俺と一緒にツノ村に行ってみるか?」 

するとシトは真面目な顔を一旦噛み締めてから、口元をゆるませ微笑んで、 

「勿論」 

と言って頷いた、 

正雄は両者のそのやり取りに緊張がない様に見えるが、 

周りに集まっているペタ達が緊張した面持ちで見つめているのを見て、 

なんて言うか、 

歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれないと感じて、 

興奮して来た、 

すると、ペタの男の誰かが、 

「俺も行く!」 

続けて数名の男のペタ達が、 

シトについて行く気持ちを表した、 

正雄は太一の満面の笑みを見て、 

その笑みはシトに向けられていて、 

シトを祝福するかの様な笑みだった、 

 

 見つめ返すシトの目を見て太一は、 

本当は鬼達にこのまま鬼ヶ島に居続けて欲しいと思っている、 

純粋な彼らをこのまま純粋なままで居て欲しいと思っている、 

誰にも汚されたくない、 

俺の代でこんな事になるとは、夢にも思っていなかった、 

彼らにかける言葉が出ない、 

でも太一は微笑んで、 

「どうせならツノと同じ頭数で行った方がいい」 

するとシトは、 

「そうですね」 

そう言ってシトは辺りに居るペタ達を見渡して、 

「多いくらいかもしれません」 

とにこやかに言った、 

太一はペタをまとめ上げているシトを頼もしく思い、 

「じゃ、行くか」 

そう言って村の中をツノ村に向かって歩き始めた、 

大勢のペタ達の中をシトと正雄を従えて歩く、 

ペタ達は希望に満ちた表情だ、 

ペタ達の集団を出てさらに村の出口に向かって歩く、 

背後に沢山の足音を響かせながらペタ村を出て、 

ツノ村に続く道を歩く、 

太一はシトに歩きながら問いかけた、 

「知らない本土に行く事を、不安に思わないのか?」 

シトはチラリと太一を見て、 

「息子が本土に憧れている、本土を見せてやりたい」 

太一は涙腺をくすぐられた気持ちになり、 

いい話しだと思い、 

彼の親心に水をさす気になれなかった、 

林の中の小道の向こうに、 

ツノ村の掘建小屋が見えて来た、 

するとツノ村は入り口に見張りを立てて居た様で、 

見張りのツノが大勢がやって来る様を見て驚き、村の奥へ駆けて行ったのが見えた、 

太一はツノ村の入り口で立ち止まり、みんなに振り返り、 

「ツノが持っている棒、確かに叩かれたら痛い、でもなあれは武器じゃない、振っても振り抜けない、武器にならない飾りだ、誰かが殴られても、その棒に誰かがしがみつけば、もう棒を振り回せなくなる、分かるな?」 

太一はそう言ってペタ達を見渡した、 

ペタ達の目付きが本気で、 

まるで棒に取り付いてひったくってやるくらいの迫力のある表情、 

今回はツノ達、ペタを本気で怒らせてしまった様だ、 

ツノ達が大人しいのは、 

部が悪い事を自覚しているからじゃないかと思う、 

元々から日常的に威嚇して必死でペタを押さえ込んでいる事はツノ達も分かっているはず、 

太一は深いため息を漏らして、 

ツノ村の中に入って行くと、 

ツノ達は人間を出迎えるいつもの形式に一列になって進む方向に並んでいる、 

しかしこう言う形式を誰が教えたのだろう、 

鬼衛集が教えたのは間違いないから、 

そして列の入り口側の一番目に立っているオジの服が土で汚れて、 

踏まれた様な跡がついていた、 

太一は思わずオジの前で立ち止まり、 

「オジ、どうしたその格好?」 

するとオジは泣きそうな顔をして、 

「タイチ、助けてくれ」 

と言ってその場にしゃがみ込んで、 

棒も投げ出して泣き始めた、 

奥に向かって並ぶ他のツノの長老達に太一が目をやると、 

太一と目が合ったツノもいれば、 

しゃがみ込んで泣いているオジを不愉快そうに見ているツノの長老も居た、 

そこで太一はあえて長老のオミに声をかけた、 

「オミ、どうしてオジは泣いているんだ?」 

オミはツノの長老の中でも感情を人間にストレートに出すツノで、 

分かりやすい鬼だ、 

そのオミが何だか言いにくそうに、 

不貞腐れている高校生の様な目付きをして、 

「ちょっと締めただけだ!」 

人類も大昔にスパルタと言う考え方をしていて、 

そう言う統制の取り方をしていた頃があった、 

それで太一はオジに、 

「もう、泣かなくていいぞ、お前もツノなんだから、いつもの様に立って俺を出迎えてくれ」 

するとオジは袖で涙を拭きながら、 

棒をひらって立ち上がり、 

地面を見つめた、 

そして太一は、ツノ達が形式を守っている事を認めてあげないといけないと思い、 

ペタ達に振り返り、 

シトに言った、 

「みんなはここで待っててくれ」 

そして正雄に、 

「正雄、ツノが礼儀を尽くしてくれているから僕の隣に立って居てくれ」 

そう言って太一はツノ達が並ぶ前を進み、 

ツノ達が並ぶ中央に立つ、 

正雄は太一の隣で一歩下がった場所に立った、 

太一は正雄の準備が整ったのを見て、 

ツノに向き直り、 

「ツノのみんな、日頃から食い物はみんなで分けているのに、どうして今回は分けなかったんだ?」 

するとオミが、 

「首布は食い物をくれた、鬼衛集は食い物をくれない、どう言う事だ?」 

太一は冷静に優しく言った、 

「人間から食い物を貰ってツノは何をした?分けなかったじゃないか」 

そして太一は続けた、 

「日頃、ペタが食い物の段取りをしていて、ツノにも食い物を分けてやってるんじゃないか!」 

ツノ達は反論できない様で黙り込んだ、 

それで太一は、 

「後でペタ達にもそれ、分けてやってくれ、いいな」 

そして次の話しだと太一は思い、 

「首から布を垂らした人間は他にも何か言ってただろう?」 

と話題を変えると、 

長老のクトが、 

「首布達に本土に来てほしいと言われたが、どう言う事だ?」 

馬鹿正直に説明をすれば長くなるし、鬼には分からない話しになる、 

それで太一は、 

「俺は鬼が本土に行く事は反対だ、ツノやペタの中には人間を怖がっている者がいる事も知っている、でも本土に行きたがっている鬼も居る、でもその人間達はまだそこまで知らないのだろう、クトお前はその人間と話しをしたか?」 

するとクトは答えにくそうな顔をしてから、 

「俺はまだ話しをしていない」 

そう答えるので太一は、 

「また、来ると言っていただろう?」 

クトは答えた、 

「ああ、首布はまた来るらしい」 

太一も人間の行動言動の予想はつく、 

「じゃ、その時に鬼ヶ島の中の鬼の考え方を、その人間に教えてやれ、本土に行きたい鬼も居れば行きたくない鬼も居ると」 

すると、オミが、 

「ペタが減ったら、食い物はどうなる?」 

太一は何度か頷いて答えた、 

「何も言わなくても食い物を持って来てくれるのだから、ペタが減って、食い物も減ればその分を人間に持って来てくれと言えばいい」 

純粋な彼らがこうやって毒されていく、 

完全では無いが、自分達だけで生きて来たのに、 

何かに依存して、一人で生きていけなくなり、 

自分を失い、自信や信念では無く世の中の都合に合わせる事が生存競争に勝つ唯一の方法になってしまう、 

彼らを生かす為にその理不尽を飲み込まざるおえない、 

悲劇だ! 

するとオミが、 

「首布に言えば食い物をもっと持って来てくれるのか?」 

太一は間髪入れずに答えた、 

「それはオミ、お前が首布に直接言ってみろ、 

俺じゃ無く、首布がする事だ、その代わり」 

そう言って、太一はオミを見詰めて、 

オミを脅す様な低い声で続けた、 

「オミ、お前も首布の言う事を聞いてやらないといけなくなるぞ、分かるな?」 

するとオミは太一の言いたい事が分かった様で、それが意に反している様で、 

視線を太一から、 

自分の正面に逸らした、 

太一は大事な部分なので、 

「首布は一人でも多くの鬼を本土に連れて行きたいわけだからな、分かるな?」 

オミは不服そうだが、 

頷き、 

「分かる!」 

と一言、目も合わさず答えた、 

それで太一は、 

「首布達に、言って掘建小屋をもっといいものにしてもらえ」 

するとツノもペタもざわついた、 

そしてクトがあわてて声を出した、 

「えっ!ど、どう言う事だ?」 

太一は寂しい気持ちを隠しながら、 

「この島に残りたい鬼も居るのだから、首布達にそれを言って、掘建小屋をもっといい物に建て替えてくれと言えば、首布達が相談に乗ってくれるはずだ、これからは首布達がお前らの面倒をみてくれるはずだ」 

ツノ達は太一の言葉を聞き終えると、 

ただ呆然としている、 

太一は鬼達が理解、話しを飲み込めていないのは見てとれた、 

「いいか!島を出る者と、島に残る者が協力しあわないと、みんなの思った通りにならないぞ、分かるな?」 

詳しい説明をしなくても鬼達はこれからそれらを知る事になると思い、 

次の質問をした。 

「誰か、首布の名前とか聞いてないか?」 

すると長老達はオジに目をやった、 

だから太一もオジを見ると、 

オジも気弱な顔をしながら太一を見ている、 

太一は優しい声で問いかけた、 

「オジは首布の名前、知っているのか?」 

オジは頷き、心細い声で答えた、 

「ミネヤマって名乗ってました」 

それで太一は、 

「じゃ、オジはミネヤマと話しをしたのか?」 

オジは頷き、 

「話しをしました、食べ物を温めて、食べ物の袋の開け方も教えてくれた」 

太一は頷いて、 

「多分、次来た時もオジが相手をした方がいい」 

そう言ってから他の長老達に向き直り、 

「それまでにツノとペタの本土に行きたい者、 

島に残りたい者をハッキリさせておいた方がいい、オミ!分かるな?」 

突然呼ばれたオミはまだ不服そうな顔をしていて、 

「桃太郎との約束はどうなる?」 

太一はその問いかけを意外と思った、 

彼らには桃太郎がそんなに大きな存在なのかと、 

考えれば、ツノの家畜だった彼らを解放した訳だから、そう言う事なのかと思い、 

「オミ、お前がそう思うならお前は島に残れ、でも島を出たい鬼の邪魔はするな、行かせてやれ」 

そう言ってオミを見つめていると、 

オミは仕方なさそうに頷き、 

「分かった」 

と一言答えた、 

それで太一は正雄に振り返り小さな声で、 

「帰ろう」 

正雄は複雑な顔をしている、 

そして諦めた様に頷きゆっくり振り向きその場から歩き始めた、 

太一もペタ達に向かって歩き、 

「シト、食べ物を今分けてもらえ、大勢いる事だし」 

そう言って長老達に振り返ると、 

長老が気が付いたようにプレハブ小屋に向かって歩き始めた、 

太一はシトに向き直り、 

「ペタの方が多いんだから、分かるな?」 

シトは頷いた、 

そして長老がプレハブ小屋のドアを開けると、 

ペタ達はプレハブ小屋に歩み寄る、 

太一はそれを見て、 

ツノ村の出口に向かって歩き出す、 

ペタ達に目を合わせたく無い、 

早くこの島から出たい、 

つい、急足になる、 

ツノ村を出て振り返るとペタ村に続く道に正雄と二人きり、 

太一は思わず、 

「終わった」 

正雄は無言で頷いた、 

再び太一は歩き始めた、ペタ村を抜けて砂浜に下りる道を下り。入江の砂浜に出る、 

村で何があったか知らないペタが漁をしている、 

彼は内気なペタの様で特に何も話しかけてこない、 

ツノに見張られなくても、食い物の為に漁をしている、 

当たり前の事だ、 

太一は正雄に視線を移し、 

「今日は、無理を言ってすまなかった」 

正雄は何か察しているようで、 

「悲しいです」 

と慰めてくれた、 

二人でジェットスキーを砂の上から引きずり出して、 

乗り込む、 

ジェットスキーは走り始めた、 

さて、 

持田に頼んでミネヤマを探して貰おう、 

お節介にならない程度に意見交換をしたい、