春日萌花のブログ -7ページ目

ラジプロとモカラジ、16年間ありがとうございました。

こんにちは。


3月は今日でおしまい。

別れのシーズンもきょうまで、と考えてもいいのかな?

(年度末は正確には明日のようですが)

↑訂正です、これは学年を区切るお誕生日の分け方でした。「歳をとるのは誕生日前日の24時」などというルールから決められたようですね。


4月始まり3月終わりが当たり前の学業から離れてだいぶ経ち、

プロレスもその決まりには該当しないわけですが、

今年ほど卒業を身近に感じた年はなかったかもしれません。


お世話になったディレクター

共演させてもらったパーソナリティー

長く続いた番組の終わり


毎日のように続き

感情がちょっと追いつきませんでした。

そんな中、自分の卒業も、刻一刻と近づいていました。



HBCラジオ「ラジプロ!」内

フロート番組「モカラジ!」

先日のオンエアで、卒業の発表をさせてもらいました。


週刊ラジオプロレスから名前が変わり、

20周年と25周年の時には記念大会も。

どちらも参戦致しました。


気づけば16年。


喋ることが全くもってできなかった私に、レギュラリーに場を与えてくださった番組でした。


プロレスラーの音源を流す際の曲送りのためだけに呼んでもらって出演が始まり、

「モカラジ!」という自分のコーナーが出来てからは必死でフリートークのネタを考えるようになり、

完パケ素材を札幌へ送ることが難しくなってからは、

あらいけいさんとの電話でのお話しに。


大人数での収録時には、今は亡き今井さんの軽妙なトークを近くで何度も聞かれたことも、大変良き思い出になっています。


収録場所も都内某所(=誰かの自宅)、事務所の一角をお借りする、マネージャーさんの自宅、バンド練習用のスタジオ(これは隣の部屋のドラム音が聞こえてきてすぐ中止に)等々、状況に応じて変化していきました。


「モカラジ!」は大抵が夜遅くの収録で、電車がなくなり、床に転がり新聞紙をかけて仮眠をとり翌日の練習に行く…なんてスケジュールも当たり前でした。考えてきた話を録ってもらってる最中に「ねぇ全然つまらないんだけど」とバッサリ斬られ中断、やり直しになったことも何度もありました。


そうやってできた物でも、いくら一所懸命編集してくれていても、きっと拙く聞こえた時も多かったと思います。


それでも聴き続けてくれたリスナーさんがいたから、ラジプロ!の中の一角で喋り続けることができました。


あらいさんが最後に「ノーギャラでやってくれて」なんてバラしていましたが、私だけじゃなく、収録やダメ出しをしてくれたスタッフさんも含め、私が見ている所ではお金は一銭も動いていません。

気持ちでできていた番組でした。


と言いますか、私としては始まった当初から頑張っていたつもりではいたけど、どう聴いたって未完成で下手くそな喋りだったのだから、本当ならば聴いてくださっているリスナーさんへ「お時間ありがとうございます」ってお金をお支払いしなくてはいけないくらいでした。


プロレスラーならば誰かがゴーサインを出してデビュー戦が決まるので、そこからがプロと呼べるかと思いますが、喋りに関してはどこからがプロなのか。特にちょっとこの一文を読んで欲しいと呼んでもらって始まった(しかもそれを噛んだ)身としては、明確な区切りが分かりません。少なくとも喋りのデビューの時はプロではなかった。

しかし、ナレーション読みやラジオ出演等、喋ることでお金をいただけることが徐々に増えてきました。今は喋ることもお仕事です、と言えるようになりました。


ここまで来ることができたのは、聴いてくれたあなたをはじめ、出演者の皆さん、スタッフさん、スポンサーのクリッパーさん、関わってくださった全ての方のおかげです。


「モカラジ!」があらいさんとの電話収録になってからは、何度か試合や別の仕事と重なってしまい、お聴き苦しいところもあったと思います。すみません。全てが必要なものだったとしても、全てを上手く行かせることはできないのだな…と落ち込むことも多かったです。


もう一つの自分の番組が土曜日に移ることになり、同じ時間に同じ人が喋ることができないというルールから、今回卒業という形になりましたが、

ラジプロ!30周年大会があるならばそのお手伝い等をさせてもらえたらと思います。

オンエアへの出演はできないので、それ以外の形で関わらせていただきたいです。



今まで本当にありがとうございました。



長寿のプロレス番組「ラジプロ!」がこれからも続いていくことを願っております。


何年か経ってHBCラジオを聴いてくださっていた方に「春日どこ行った」ではなく

「春日まだ喋ってるらしいよ」と言ってもらえるよう

引き続き頑張ります。

2月7日、ガンプロ、タイトルマッチ。

今週末日曜日はガンプロ北沢大会。

GWC6人タッグベルトの防衛戦が行われます。


私たちのユニット「THE HALFEE」の初お披露目の日が、1年前の22日でした。

この日は王子ベースメントモンスターで、朝から晩まで一日ガンプロ大会が開催されましたね。

そこで我々は夜の大会にて初舞台を踏むだけでなく、現在保持しているGWCのタッグベルトに初挑戦したのでした。


今も覚えています。

大会の日のずっと前から、ギターをどう用意するか、連携技はどうするか等をLINEで話し合ってたこと。

早朝から入場の練習をしたこと。


ピンクのTシャツをユニバースのみんなが買ってくれたこと。


試合中、相手の、特に大家さんの力強さにたじろいでしまったこと。

幾つも失敗してしまったこと。

桜井くんが想像を遥かに上回る頑張りを見せてくれたこと。


勝崎さんが桜井くんを蹴っ飛ばしたこと含めて、

あの場にいるみんなが、桜井くんを大好きだったこと。

大会タイトルの「愛情」が後付けだったんじゃないかと感じられるくらいに。


私たちは9月にベルトに再挑戦しチャンピオンになり、2度の防衛に成功したわけですが、

一年前も、タイトルを獲るまでも、獲ってからも、続けてきたことは一つだけです。


一所懸命やる。それのみです。


昨年、特に春頃、私たちは不安定でした。

ベルトを取れなかったことと対抗戦の敗北による悔しさ、試合ができない歯痒さ、先の見えない不安

三人の気持ちは自然とまとまっていきました。

だから今更「心を一つに」なんて言わなくてもいいのです。

個々の長所を伸ばし、鍛錬しておく。一所懸命。

それが肝要だと分かっている今

ウィークポイントは私です。


10日ほど前に行われたガンプロ大会のメインイベント。

それは突然起こりました。

セコンドに付いていたら不意に手を引かれ、気づいたら翔太さんにぶつかっていました。

あまりの急な動きに全く対応できず、顔から突っ込んでしまいました。

しばらく片目と頭が痛くて、その後は何の役にも立たなかったと思います。

身の安全もはかれないほどの力強さ。

瞬く間に一年前に戻ってしまいました。

しこたまやられて、力に一瞬でも怯んだあの日の自分に。


試合中、相手選手に対し、

尋常でない力だな、と感じることがあります。

怖いな、という気持ちも正直生まれます。

名前を挙げてしまいますが翔太さん今成さんは技を繰り出す時そうでした。

大家さんは常にでした。

ウラノさんは手を引かれた瞬間そうでした。


日曜日に対角に立つのは、

大きな体躯から猛々しさを溢れ出させる岩崎さん。

危険な匂いしかしない石井さん。


あぁ凄えなぁ凄ぇなぁと

セコンドに付くたびに見入ってしまっていた選手たちです。

力の塊。

私なんてひょひょいのひょいでしょう。


あと自分がずっと、能力で劣るところは心の強さでカバーしてきたこともありまして、

自分で自分を良く言うみたいになってお恥ずかしいのですが…心が強い選手は本当に打たれ強いと思っています。

だからHARUKAZEはそういう点で最強です。


試合が近づくにつれ、いつもの筋トレに加えて、ずーっとイメージしています。


引くな、自分。

凄まじい力を感じてもたじろぐな。必死こいて対処しろ。

受け身取ってダメージを逃せ。絶対に立ち上がれ。希望をつなげ。


結束力では負けない。個々が踏ん張れればいける。

私は折れない。


決戦は日曜日です。



GWC認定6人タッグ選手権試合
<王者組>勝崎周之助&春見沢萌彦&桜井鷲 vs 石井慧介&岩崎孝樹&HARUKAZE<挑戦者組>
※第23代王者組3度目の防衛戦。

全席指定6,000円(当日6,500円)

チケット予約は happy.haruhi@gmail.com
までご連絡くださいませ。

12月13日PURE-J後楽園ホール無差別級王座への道その3。

予告通りPURE-J女子プロレス道場亀アリーナを訪問してきました。
これは私だけの闘いじゃない。
観てくれる方、興味を持ってくれた方、
全て巻き込みます。

↓↓YouTube動画アップされました。
ご視聴とチャンネル登録お願い致します。

ニュースPURE-J KAZUKI vs 春日萌花 バチバチ討論!