2015.11.14
間違いなく人生の中で一番最高の一日。残業も含め、全力で仕事して、全力で遊んだ日。
小遣い3000円で、ライブなんて行けなかった高校時代。やっと稼ぎも余裕も出てきて、ライブに行こうと思ったら好きだったバンドが殆ど消えていた社会人になりたての頃。
寂しかったが、僕がパンクロックに衝撃を受け、初期衝動の意味を知った時から今までずっとステージに立ちつづけ、ロックの威厳を保ち続けていたのはブラフマンだった。20年もの間、ステージで踏ん張り続けたのだ。
20周年の祝賀は、ブラフマンの為だけでなく、パンクロックを長年愛し、その精神で頑張ってきた僕たちの為の盛大な宴だった。
20年頑張ってきたブラフマンを労うため、沢山のバンドが仲直りし、復活したのだ。まるで15年以上前にタイムスリップしたようなステージだった。
夜勤明けの老体に鞭打って、死ぬ気で行った。死にそうになったが、生きている実感に溢れていた。
この年になり、10代20代の頃に見たかった光景がやっと見れたのだ。
夢がひとつ叶ってしまったが、また次の夢をゆっくり探して増やせばいい。気持ちはまだ10代なのだ。
ひとまず、もう一度バンドをやりたいです。
間違いなく人生の中で一番最高の一日。残業も含め、全力で仕事して、全力で遊んだ日。
小遣い3000円で、ライブなんて行けなかった高校時代。やっと稼ぎも余裕も出てきて、ライブに行こうと思ったら好きだったバンドが殆ど消えていた社会人になりたての頃。
寂しかったが、僕がパンクロックに衝撃を受け、初期衝動の意味を知った時から今までずっとステージに立ちつづけ、ロックの威厳を保ち続けていたのはブラフマンだった。20年もの間、ステージで踏ん張り続けたのだ。
20周年の祝賀は、ブラフマンの為だけでなく、パンクロックを長年愛し、その精神で頑張ってきた僕たちの為の盛大な宴だった。
20年頑張ってきたブラフマンを労うため、沢山のバンドが仲直りし、復活したのだ。まるで15年以上前にタイムスリップしたようなステージだった。
夜勤明けの老体に鞭打って、死ぬ気で行った。死にそうになったが、生きている実感に溢れていた。
この年になり、10代20代の頃に見たかった光景がやっと見れたのだ。
夢がひとつ叶ってしまったが、また次の夢をゆっくり探して増やせばいい。気持ちはまだ10代なのだ。
ひとまず、もう一度バンドをやりたいです。

