2015.11.14



間違いなく人生の中で一番最高の一日。残業も含め、全力で仕事して、全力で遊んだ日。



小遣い3000円で、ライブなんて行けなかった高校時代。やっと稼ぎも余裕も出てきて、ライブに行こうと思ったら好きだったバンドが殆ど消えていた社会人になりたての頃。



寂しかったが、僕がパンクロックに衝撃を受け、初期衝動の意味を知った時から今までずっとステージに立ちつづけ、ロックの威厳を保ち続けていたのはブラフマンだった。20年もの間、ステージで踏ん張り続けたのだ。



20周年の祝賀は、ブラフマンの為だけでなく、パンクロックを長年愛し、その精神で頑張ってきた僕たちの為の盛大な宴だった。



20年頑張ってきたブラフマンを労うため、沢山のバンドが仲直りし、復活したのだ。まるで15年以上前にタイムスリップしたようなステージだった。


夜勤明けの老体に鞭打って、死ぬ気で行った。死にそうになったが、生きている実感に溢れていた。



この年になり、10代20代の頃に見たかった光景がやっと見れたのだ。



夢がひとつ叶ってしまったが、また次の夢をゆっくり探して増やせばいい。気持ちはまだ10代なのだ。



ひとまず、もう一度バンドをやりたいです。
感じろ、自由に行け。

ストレスを解放し、情熱を見せろ。

お前ら、これがパンクだ。これがロックンロールだ。判らねえ奴等は全員くたばれ。

どんなに世の中変われど、パンクロックとそれを愛する人間がいる限り、世界は平和だ。




RADWIMPSの新作、「×と〇と罪と」を一通りリピートし終えて

初めてRADを知ったのは偶然おとぎという曲のPVをテレビで見た時。

有心論で涙を流して、シングルやアルバムを一通り聴いて、すっかりはまって早8年程。早いな!!!!

基本優しさと皮肉、激しさと静けさ等の二律背半をベースに、土台を築き保ちながらアルバムを出すごとに実験を繰り返してきたこのバンド。

今回のアルバムを聴いて個人的に感じたのは、「原点回帰」とやはり「二律背半」

少し前のような音や言葉の遊び心やリズムとリフのスーパープレーのような突出した楽曲はだいぶなくなったが、曲も、音も極限まで余分を排除し、全体を通してシンプルにした結果、音が、歌が、言葉がすっと心身に入っていくような聴きやすさを感じた。

そういえば、インディーズ時代からメジャーデビュー当初、本当に飾り気が無くて、その分楽曲や言葉の良さが前面に出るような感じだったよな。その頃のRADが、戻ってきたような。

シンプル過ぎる故、物足りなさを感じるかもしれないが、遊び心やベース、ドラム等の凄テク、ぶっとんだ楽曲を求めるなら、他のアルバムを聴けばいい。

個人的にも最初聴いた時は物足りなさばかりが残り、退屈だった。

が、聴けば聴くほどに味が出て、最終的に大好きなアルバムの一つになった。

このアルバムは、全体的にゆるやかで、優しく、かつバンドとして忘れてはならないロックな要素もしっかり入っている。

沢山の人に聴いてほしい。言葉がぐさぐさと突き刺さり、音も言葉とうまく絡み合って全てが体内で鳴り響く。

しかしまあ、注意。優しい、暖かい言葉だけでなく、時に攻撃的で、時に破廉恥だったりグロテスクだったりメランコリーだったりと聴き手が恥ずかしくなる程ありえない歌詞で。今に始まった事ではないけど。

要するに、二律背半である。

個人的に、それこそがロックンロール。

飾り気も勢いもだいぶなくなったが、「×と〇と罪と」は究極のロックアルバムだ。

言葉の力、音の力を感じてほしい。
2008年10月











今よりもう少し肌や髪にハリがあって









今より全然チャラくなくて、むしろ人見知りだった頃。











まだライブハウスであまり遊んだ事はなかったが、その頃好きだったバンドが近くのライブハウスに来るとの事で、それなら見に行こうと軽い気持ちで遊びに行った。











中盤ぐらいで出てきたバンドは、当時キャピキャピしていて、派手に着飾り、可愛らしい女の子3人組だった。











「かわいいな、どんな音楽をやるんだろう。」



何も知らずに最前列にいた俺はそんな事を考えつつも、ぞろぞろと集まってきた野郎共の不穏な空気を感じていた。









SEが流れ、ぴょんぴょん飛び跳ねながら颯爽と登場する3人組。











が、エファクターのスイッチをべったり踏み込み、轟音が流れた瞬間、見た目とは裏腹な攻撃的な音とリズムが耳を劈き、対照的に綺麗なメロディーと歌声が心を劈いた。







あっけにとられる俺に音の次に容赦なく襲いかかって来たのは野郎共だった。









パンクロックのライブなどであるモッシュという体をぶつけ合う行為は以前から知っていたが、その時に初めて実際に体感し、その時のモッシュは体をぶつけ合うなんて軽々しいものではなく、まるで突き飛ばし合い殴り合うかのようなモッシュだった。







とてつもなく怖かったが、そのバンドの凶悪な音は俺のボルテージを突き上げ背中を押し、気づけば一緒になって最前列で暴れていた。衝撃的な出会いだった。









導かれるようにそのバンドのライブに頻繁に通うようになり、ダイブという担ぎ上げられたり飛び込んで頭上を転がり回る危険極まる行為まで繰り返すようになった。メンバーから名前を覚えてもらい、ファンとも親交を深め、仲間が沢山出来て、1年も経てばファンの中核のような感じになっていた。









何より仲間が沢山出来て嬉しかったし、社交的になり、逆境に負けず、強く、まっすぐに生きる力がついた気がした。これは劇的な変化で、そのバンドはまるで俺にとって副作用のない劇薬のような存在だった。









ライブを見たら音源を聴きたくなり、音源を聴いたらライブに行きたくなるようなリスナーを離さない力を持っていて、邦楽洋楽問わず幾千もの音楽を聴き倒してきた俺が初めてのめり込んだバンドだった。







脱退、休止、復活等いろいろあったが、変わらず行き続け、その度に力を貰って気づけば4年も年月が流れていた。
















俺がライブに行けば楽しくて、いつも最高だった。























































最高だったのだ。


























































2012年12月13日






新しい音源を出し、それを引っ提げてのツアーファイナル、渋谷eggman。初めてこのバンドのライブで「楽しくない」と感じてしまった最悪の1日だった。







俺は日常の些細な事にフラストレーションを感じていて、ライブ中に過激な事をやる自分にとっても目に余るような振る舞いが目に入ってしまい、苛々を隠せずにいた。

























最後に3人が登場し、演奏が始まると、ファイナルだからか周りはいつも以上に派手に暴れていて、俺もそれはまるでフラストレーションを炸裂するかの如くバチバチやっていた。
















ある節に起こったトラブル。いきなりだった。













隣にいた客が俺のしわくちゃになったシャツを剥ぎ取り、ステージに投げ捨てた。







そして、次の瞬間俺は担ぎ上げられ、ステージに下ろされた。













俺は混乱と発狂で正しい判断が出来ず、ステージ上でさっとシャツを羽織り、そのまま客席に飛び込んだ。
















これは後々、大きな問題になった。










クレームを入れた人がいたらしく、レーベルの社長から酷く怒られ、必要以上に責任を痛感した俺は、これからどうしようか、ライブに足を運ぶのをやめよう かと真剣に考えていた。







その時に更新されたボーカルのブログ。










その日のライブであった事、感じたことが書かれていた。










その日のライブは本人達も感じるほど荒れていて、観客は我先にとダイブ(飛行)を繰り返し、モッシュ(体当たり)もいつも以上に当たりが激しかったらしい。沢山の人の中で悲しい顔をしていた人も沢山いるらしく。






















「私達のライブをみて不快に感じる人がいるのは悲しい。」




「楽しさは奪い合う物ではなくて分け合う物だよ。」




「考えて行動するのと 何も考えずに暴れるのは別物。考えて行動するならその覚悟で来い。」










といった言葉が綴られていた。






















これは正論であり、バンドマンとしてという以前に人として、一人の女性としての一般論だった。













しかし、当の自分はというと酷く落ちていて、その一般論を聴きいれるには早すぎた。



















「ふざけんな、俺は被害者、こっちが不快だよ。」







「楽しさを奪い合うとか分け合うって何だよ。そんなのパンクじゃねぇ!!!!」





「俺達の行動にそんな感情求めるんだったら2度と行かねーよ。」





































。。。。こんな阿呆な答えを出し、楽しみを奪うなんて言うなら喜んでその楽しみを他の方々に譲りましょうと俺は逃げる形でそれっきりそのバンドのフロアに遊びに行くことはぱったりと無くなった。




























兎に角、虚しかった。



















それからというもの、俺は逆行するかのように「暴れろ!!!!」「かかってこい!!!!」と煽り捲し立てて来るような暴虐なバンドや昔から見たかったバンドのライブに足を運んだり、フェスに参加しそこで見つけたハードコア・アイドルのライブに通ったりと忙しかった。




























「もうライブ来ないの?」







「戻っておいでよ。」







沢山の人たちから暖かい誘いを貰ったが、その度に冷たく断り、あしらって、あろうごとかバンドの事を馬鹿にした。今思えばこれは人として最低な行為だ。








































しかし、ライ ブに行くにあたっての視野を広げ、楽しいはずなのに、言葉とは裏腹に何処か物足りなさを感じていた。










通い続けたバンドのライブに行くのを辞めてからというものの、頑固な俺は毎日のように聴いていた音源すら一切聴かず、聴き手を離さないヘビーネスでポップネスな、楽曲の数々に飢えていた。
















ある日、俺と一緒にライブに行くのを辞めた昔の仲間から連絡があった。













「大晦日、俺達2人久しぶりに暴れようぜ。」




「間違ったところは改めればいい。やっぱり俺達好きだし、好きなことに偽りはないじゃん?」



まったくその通りだった。










一体何年そのバンドを追い続けてきたのか。沢山の人に音源を聴かせてライブに誘い、復活して勝負の時期に新譜が出たときはCD屋に足を運び、視聴コーナーで気に入ってくれた人がいれば購入特典がライブのチケットだったので、是非購入して特典でライブに来てくださいと誘う熱狂ぶりだった。










誰かの為ではなく、初期衝動、楽しさを沢山の人と分け合いたいという切実な思いからだった。










人生を変えてくれたといっても過言ではないバンドなのだ。パンクロックと生きることを教えてくれたバンドなのだ 。嫌いになどなる訳がなかった。













その仲間のおかげで、ようやく正直になる事が出来た。

















































2013年12月、大晦日。













気づけば、フロアから風の如く消えて1年が過ぎていた。













後押しもあり、俺は1年ぶりのそのバンドのフロアで年を越すことになった。










目指すは渋谷、とあるビルの地下にあるやたら狭くて歪な個人的に防空壕と呼んでいるラ イブハウス、CYCLONE。
















正直会場まで足が重く、しらふでは行けないと前呑みをして会場に向かう事にした。
















演奏に間に合うように会場入りし、1年ぶりに見る3人。




狂犬が去り、フロアが良かれ悪かれ全体的に落ち着いたという話を小耳に挟んでいた。










3人は変わらず、凶暴で、安定していて、抜群にかっこよかった。













2曲目が終わる頃には、フロアは徐々にあったまり、後方にいた俺もかつて虜にされた、少しばかり懐かしい轟音に誘われ前へ前へと進んでいく。
















モッシュ、ステップ等で徐々に昔のフロアの感覚を取り戻し、終盤には俺と周り、フロアのボルテージが完全に上がりつつあった。
















突然、ボーカルが喋り出す。










「私達のライブに昔から来てくれて応援してくれていて、だけどある日を境にまったく来なくなった人達がいて、今日その人達が来ています。。。。。てか、なんで今日なの????」

























びっくりして、たじろぐ俺とその友人。










その日はバンドの演奏もフロアも状態は良く、楽しく、ボーカルはそんな楽しむ沢山の笑顔を見てるうちに、偶然俺達を見つけたらしい。
















俺達にステージに上れと言い出し、フロアに、掛け声と共に俺達を胴上げ(実際にはダイブ。。。)をするようにと呼びかける。それに笑顔で答える皆。







本来、そのバンドの呼びかけからの胴上げはバンドマンや企画者が飛ばされる事が鉄則になっていた筈。何故、俺達なのか。。。。。



















招きを受けステージに上がると、3人が暖かく笑っていた。




フロアを見ると皆がまた笑っていた。













これはずるい。今までにない手厚い歓迎だった。


































一緒に胴上げされた仲間のおかげで、皆のお陰で、最高の年越しをすることが出来た。







ライブが終わり、メンバーは昔のように気さくに話しかけてくれた。





仲間が言う。

「お前俺のお陰で戻って来れたんだから感謝しろよ、叙々苑奢れよ。」





Dr.担当のフードファイター、自称ブラックホール

「叙々苑行きたい!!!!みんなで行こーよ!!!!」







懐かしい面子とやり取りだった。





お気に入りのロックバーで梯子し、本当に楽しい1夜であり、無事にまたフロアに戻る事が出来た。今年初頭にはアルバムのリリースを控えていて、どうやらリリースに間に合うように復帰する事が出来、その復帰をボーカルのなんとも泣かせる計らいで最高の形で遂げる事が出来た。言葉にならない再会だった。









その日に更新されたブログを読み返し、感動的なライブとブログで心がホカホカになり、俺は1年間も何をやさぐれて無駄にしていたんだろうと泣いてしまった。



http://ameblo.jp/anarchystonehahumetudesu/entry-11740689970.html

















































ANARCHYSTONE、またの名をアナストと呼ぶ。





俺はこのバンドを死ぬまで応援し続けるだろう。

先週の金曜と土曜、2連休でした!!!金曜にBiSとKEMURIを堪能し、土曜はBRAHMANを見に新木場STUDIOCOASTへ!!!

初見のSHANK、メレンゲから始まって怒涛のBRAHMAN。。。オレンジレンジwww

最近のBRAHMANいいよ。昔みたいな荒々しさはそのままだけど、荒い中にもしっかりとした安定感がある。軸がしっかりしたと言えば、わかりやすい。

成熟というか、年を重ねることで音と言葉に厚みがでるバンドは素晴らしいです。

ボーカルのTOSHI-LOWがしゃべることに対しては賛否両論あるけど、それだけ伝える事があるって事と、言葉や人柄に重みが出たって事だよね。

歌声が格段に良くなり、アクションや言葉も昔より格段にいい。最近のこのバンドは荒ぶりまくって最後は泣かせるなんて鉄板の流れが出来上がっているんだけど、今回も前半のキラーチューン連発で荒ぶって、後半の言葉と歌で泣きました。

BRAHMANで泣くなんて昔は考えられなかったなぁw

SHANKは若者が好きそうなメロコアパンク。若者と一緒になって楽しみましたw

ボーカルのピッチと全体的な音の纏まりがまだまだで荒削りというか耳に余るから、もっとちゃんと演奏したほうがいいと思うよ。まあ、暴れるだけなら楽しいし問題はないw

メレンゲは落ち着いた、大人の聴かせるギターロック。

メロディーが本当に素晴らしくて聴き入ってしまうんだけど、ドラムスとかギターが割りと難易度の高めなロックンロールだったりして、思わず「お?」と思ったり。

暴れずに静かに聴くロックも好きですよ?笑

RADとかバンプみたいな系統なのかな?とても良かったです!!!!!

トリで出てきたオレンジレンジに関してはあまり語らないでおこうかw

後ろで冷やかしで見てましたw

物販では、欲しかった東北ライブハウス大作戦(福島にライブハウスを建設する為の義援金プロジェクト)のリストバンドやBRAHMANのTシャツ購入。リストバンドは1つ購入すれば、東北のライブハウス建設のための資金に全額まわされます。

あと、Idolpunch(BRAHMANの盟友)のラッコさんが作ったラコスバーガー、やっと食べれたよ。旨かった。



待ち合わせしていた友達たちと東京駅でラーメン食べて、解散でした。



3人での参戦だったんですが、3人揃って会うのは1年4ヶ月ぶりくらいで、本当に嬉しかったです!!!!

というわけで、2連休はフルで爆音で休みと体を潰しました。というより、ライブ参戦のために無理やり希望休をだしました!!!!←殴





また来るぜSTUDIO COAST!!!!何とも異国な雰囲気の、この看板が好きだなぁ。
いじめられっこだった小学生時代

変わろうと思って空回りしまくってた中学生時代

学校行くのがしんどくて、怖くてそんな事が言えなくて

少年時代散々だったな笑

高校の頃に当時流行っていたメロディック・ハードコアパンクという不良音楽に出会い、このやさぐれてるけど純粋で、激しくて、優しくて、時にネガティブで時にポジティブな音楽は当時の壊れそうな俺の心に深く突き刺さったのだ。

「大丈夫、そのまま行けよ」

とも言ってくれるが

「中指立ててやれ!!!!」

なんて悪魔の囁きもある。

でも、これでいいのだ。

青春時代に第二次パンクブームを体感できたことは、貴重な体験だったと思っている。

パンクロックに出会っていなかったら、引き篭ってゲームばかりしていたかもしれないし、はたまた何処かで死んでいたかもしれない。

だから、これでいいのだ。

時は流れ、流行の音楽や時代の風潮がが変わっても、俺は変わらねーし、反省もしねー。

俺は人間臭い魂こもった音楽以外聴かないし

言いたいことははっきり言わせてもらうし

歯が抜けて腰が曲がろうと、死ぬまで中指立ててやる。

あの頃とは違うんだ。


アイリッシュパンクというジャンルを国内で確立させて暴れまわる海賊さん達7人組!!!アイリッシュパンクとは・・・・。海外だとDROP KICK MARFYSやFLOGGING MOLLY, FIDDLERS GREENなどが名を伏せる(過去に海外で競演経験あり)酒を片手に鬱憤晴らして踊りまくる労働者の為の楽しい、楽しいパンクロック。民族楽器などを織り交ぜて酒場で鳴らすような音楽をパンクでぶっかますんだけど、このバンドの凄い所はただの酒場のパンクだけでは楽曲を終わらせないこと。哀愁が漂っていて、途中で来る曲の展開がかっこいいのです。プログレとはちょっと違うけどね。




この曲がかかるとね、泣きそうになって顔をくしゃくしゃにしながらモッシュピットに突っ込むんです。何故だかはわからないけど、なんとなくこの曲が素敵すぎて。




懐かしいwww去年7月に渋谷のマルイの前でストリートライブやって、俺たち玄関でガチって、ライブの後チェリコのメンバーとマネージャーさんが関係者から本気で怒られたっていう笑えない思い出。。。

いや、俺やいつもの面子も謝るべきでした。終演後さっさと帰っちゃったけどwww(悪)





以上、久しぶりの投稿でしたー。
長文になるし、読んでて不快になる人もいると思います。


ANARCHY STONE

初めてこのバンドのライブを見たのは2008年の10月。

要するに、初めてライブを見てから4年も俺はこのバンドを追い続けていたわけだ。


上手い下手は関係なく、スイッチペダルを踏んだ瞬間のギターノイズとたった3人で奏でる音の力ははんぱなく、常に全力でかかってくる魂のステージに何度も魅せられ、客もそれに応える様に魂をぶつけあうような激しいバンド。女子3人だが、今時こんなに男勝りな全力ロックをかますバンドは知っている限りANARCHY STONEだけ。


俺も全力で応援してたし、常に最前列で全力でぶちあたっていた。


まあでも、俺もいい大人だし、めんどくさくなったら通うのやめようと思ってたけど、この前のツアーファイナルは正直マジで凹んだ。


要するに、バンドが大きくなれば様々なニーズのファンが現れ、今までやってきたあたりまえの事を嫌がるお客も出てくるという事と

それに重なるように起きた不祥事ともいえるような俺の行動・・・・。


俺はTシャツを脱がされ、ステージに投げ捨てられた。


脱がされたままでモッシュピットにつっこんで、悪ノリしながら激モッシュして

そのあと担がれステージに上げられて、シャツを取りに行ってそのままさっと羽織ってダイブしたのさ。

半裸で暴れたことと、ステージで着替えた事が目に付いたらしく、ライブの後にバンドの親玉的な偉いお方に物凄く怒られた。





そして、我に返った。自分は今まで何をしていたのか。。。でも、はしゃぎすぎたし俺に原因があることは分かっているけど、正直お金を払って客としてきている分、あそこまで言われる筋合いはないと思う。反省はしているが、言い過ぎだ


まず、自分の意思で脱いだのではなく、隣にいるいつも仲良くしてもらっている人の癖というか、テンションが上がると脱がす癖があるらしい。あまりにも力が強く、これは抵抗できない。

そして、シャツをステージに投げられその後ステージに担がれ何というか爆音で上がった感情とそういった経緯による混乱で、正しい判断ができなくなった・・・・。



しかし


結果としてそういうライブハウスに通う人たちを不快にさせる場面を作り出し、全て自分の意思でやった行為ではないにしろ、張本人は俺。

因果応報だ。


いろいろ言われたよ



暴れるためだけにライブに来るならもう来るな



ツアーで積み上げてきたたくさんの物をファイナルでぶち壊した


暴れるためだけにライブに行っている訳ではない。そのバンドの音源が出るたびに感想を書いたり、CD屋の視聴コーナーで聴いている人がいれば声をかけて薦めてみたり、Twitterで興味がありそうな人にはやりとりでライブに誘ってみたり。そのバンドから貰った物は雄大で、誰よりも愛していた。

そして、4年間全力で応援を続けて来た。音楽を楽しまず、暴れるためだけにライブに参加したことなど一度もない。


しかし、ボーカルのMAKIさんもこの前のツアーファイナルではモッシュ、ダイブ等の行為についていろいろと思うところがあったらしく、その事についてブログを更新していた。

全て俺が悪いというわけではないと思うが、自分も思い当たる節はいくつもあり、本当に申し訳なく思う。








これを機に、ANARCHY STONEのファンとしてライブに行くことを辞める事にした。





危険な行為をせずに楽しみたい人だって沢山いるだろうし、そういう人たちには喜んで席を譲ります。





楽しみを奪い合うような事も、したくありません。こう見えても争いは嫌いです。


ANARCHY STONEはモッシュ、ダイブを推奨する今時珍しいパンクバンドだけど、今、暴れたい人とシンプルに音を楽しみたい人との比率が難しくなっている。


これは、パンクロックを奏でるバンドならば必ず発生する難しい問題。


アナストは、物凄く真剣に向き合っている。


俺もファンとして、真剣に、真剣に考えた。









これが、決断。





ANARCHY STONEのライブに行く以上、感情を抑える事は出来ない。


そして、そんな自分の姿を見て不快に思う人がいたり、それでバンドのイメージが変わってしまうとしたら


そんな悲しい事はない。


ライブに行って、悲しい気分になったのは初めてなんだ。。。






引責という言葉では表現できない。

正直誤解もあるし、一番嫌われたくない人に嫌われてしまったから。

もうライブ行くの辞めるよ。




活動休止の際辞めようと思って撤回したけど、今度こそ本当に辞めます。4年間ありがとうございました。



あと、不快な思いをさせて本当にすいませんでした。
嘘が嫌いだ

でも、此処に希代の大嘘つきがいるぜ

紛れもなく自分の事。

生きるためならなんでもするけど、その故に苦しくなるのは何故だろう

人は皆罪を犯すべき生き物なのか

...はたまた俺が悪どい奴なのか。

きっとそうだな。

酷く疲れて足を止めて、振り返ると散々すぎて笑ってしまう。

消えてしまいたい

そう思わない日はない

でも悔しいな、体のどっかが拒絶して、生きろって叫んでんだ

受け入れろ

前を向け

走るんだ

全力で行け

これが俺の毎日、俺の全て。

スクラップされて焼却されていいくらいの世間の塵だが、どうやらもう一人の自分が言うには塵のままで遂わるのは嫌らしい。

往生際の悪い奴だな。十分だろ・・・・

切実にそう思うが、確かに今まで這いつくばって生きてきたのに、このまま焼却されては些か悔いが残る気もする。これは矛盾しているし面倒だ

疲れて果ててもう嫌だな、そう思いながら飯を掻き込んで、次の日また全力で生きているような

そんな毎日だったけど

これからは新たな汚点を背負い、向き合いながら生きなければならない

後悔はしない

仕方なかった

世の中、色々な人がいて、色々な世界がある

そういうことだろう

悔しいな、体が

音楽と残響と耳鳴りが

お前はまだこれからだってさ。

全力で生きろってさ。
ビートを繋ぎ続けろ
決して 止まらせるな

お前をロックさせるモノを
心の中で うち続けろ
そうしたら そのビートを
感じることができるんだ

もし ビートが消えそうになったり
お前が あきらめそうになったら

そしてもし
止まってしまったら
スタートさせられるのは
お前しかいない
情熱が 助けてくれるはずさ

お前が止まらないように
意味がわかるかい?
考えようとするな
いまここでやってみよう

ナナナナナ ナナナナナ
そう その調子だ

たとえ音楽が 不当な扱いを受けても
例えば音楽が 消耗品になっても

悩むな ためらうな
リズムを取り戻して
生きたリズムで 行進するんだ

そして オレが死んだら
あとは お前次第だ

まるで心臓が 大きく鳴っているかのように
まるで命を繋ぐかのように

ビートは死なせるな
意味がわかるかい?
考えようとするな
いまここでやってみよう

ナナナナナ ナナナナナ
そう その調子だ

ビートを繋ぎ続けろ
ビートを繋ぎ続けろ















・・・・・・健さん、響きました。