「渡くんの××が崩壊寸前」が様々な魅力や訴求力に満ち満ちている稀代な名作であることに疑義を挟む余地は絶無と言えるのでしょう。

ヒロインたる館花紗月のキャラクター性は唯一無二な魅力を湛えていて、「家族」と「共依存」をテーマに据えたストーリーはラブコメの枠に収まらぬ重厚なものであり、緻密であり緊迫感に満ちた心象描写は極めて素晴らしきものです。


そして、物語には様々な謎が散りばめられています。

館花紗月が畑荒らしを為した理由であったり、彼女は果たして何者で何を考えているのか等々、散りばめられた様々な謎は物語にえも言われぬ深みをもたらしていると言えましょう。

そもそもですが、物語のタイトル自体が謎めいています。

 


 『渡くんの××が崩壊寸前』



『渡くんの××』とは何なのか?

 

何故に、崩壊寸前なのか?

 

『XX』とは一体?

【『XX』第1巻表紙】

これらの疑問は、物語に出逢った方が最初に抱くものなのでしょう。

 

本投稿では、この謎めいたタイトルが意味するところを考察させて頂ければと存じます。

 

1 語られている意味合いについて

実のところ、『XX』は物語の中で言及されています。

物語の終盤である「16巻・BREAK90」で、渡直人のバイト先の料理長がこう語っています。

「自分がどうなりたいのかどうしたいのか、まだ不透明で何かにつけてメンタルが落ちたり上がったり、とにかく不安定でXX(ダメダメ)な時期」

【XX(ダメダメ)な時期(16巻・BREAK90)】

これが物語の中で『XX』について言及されている唯一の箇所です。

料理長の言葉から解釈するならば、『XX』とは思春期の情調の不安定さを揶揄するといった意味合いなのでしょう。

『脆弱で不安定なメンタル』とでも言えば良いのでしょうか。

 

『渡くんのXX(脆弱で不安定なメンタル)が崩壊寸前』

 

こう書くと、相応に納得できるものがあります。

作中を通じ(特に物語前半部分では)、渡直人のメンタルが脆弱で不安定な様が散見されました。

例えばですが、物語の最序盤とも言える「1巻・BERAK05」から「2巻・BREAK06」にかけての渡鈴白との共依存関係を巡る場面では、彼のメンタルの脆弱さや不安定さが実に解像度高く描かれていたと言えるのでしょう。

【脆弱で不安定なメンタルの一例(1巻・BREAK05)】

 

また、『紗月と紫のXXラジオ』の第十二回では、この料理長の言葉を踏まえ『XX』とは渡直人のダメだった部分であり、それが物語を通じて崩壊することで大人になっていったのだろうと考察が語られています。

(※考察が語られているのはプレミアムのほうです。気になる方はご加入の上でお聴きになられて下さい)

紗月と紫のXXラジオ


 

我々『はるあきら』も、これらの説には概ね賛同しています。

 

とは言え、最重要キーワードとも言える『XX』を解説したのが渡兄妹の保護者役である渡多摩代さんなどではなく、終盤で登場した名前も与えられておらず発言のバックグラウンドも取って付けた感のある準モブキャラなのかよと釈然としない思いを抱いているのも事実ではあります。

 

果たして、それだけなのか?

より深い意味が込められているのではないだろうか?

こういった疑義も抱かぬ訳でもありません。

という訳で、この説が正しいのかについて考察したいと考えます。

 

2 考察

(1)各巻における『XX』について

「渡くんの××が崩壊寸前」は、物語全般を通じて主人公たる渡直人のメンタルの脆弱さや、彼を巡る人間模様の危うげな様が描かれています。

そのような描写を目にする度、『XXが崩壊寸前』とは何だろうと考えを巡らせた方々も多かろうと思います。

以降、我々『はるあきら』が勝手に考えた、各巻における『XXが崩壊寸前』についてご参考までに紹介させて頂きます。

 

1巻:「妹との共依存関係を自覚したことで自我が崩壊寸前」

2巻:「館花紗月が巻き起こす騒動の所為でゆるやかに深まりつつある石原紫と関係性が崩壊寸前」

3巻:「館花紗月の不穏かつ思わせぶりな言動の所為で石原紫との関係性がより深まって良い感じに旅を終えられそうだった余韻が崩壊寸前」

4巻:「館花紗月から三行半を突き付けられたり石原紫から告白されたり賑やかな梅澤真輝奈が登場したりと色々と飽和気味で兎にも角にも崩壊寸前」

5巻:「嵐の夜、寝所に忍び入って来た石原紫の誘惑によって理性が崩壊寸前」

6巻:「石原紫との性を巡る騒動を切っ掛けとして館花紗月への依存心を自覚するわ、石原美桜さんの「子供」発言が心にブッ刺さるわでメンタルが崩壊寸前」

7巻:「石原美桜さんの『子供』発言への反発心もあってバイトに家事に石原紫との逢瀬に頑張ってみたものの、周囲の人間模様が色々と崩壊寸前」

8巻:「館花紗月の実家で過剰に遠慮がちな人間関係を目の当りにして自制心が崩壊寸前(実際は崩壊してメッチャ口出しした)」

9巻:「館花紗月から告白されたり石原紫と別れたりで情緒が崩壊寸前」

10巻:「文化祭にて館花紗月と石原紫との関係性が崩壊寸前(館花紗月との関係性は崩壊した)」

11巻:「館花紗月に甘えきっていた自分を認識してしまい涙腺が崩壊寸前(涙腺は崩壊した)」

12巻:「館花紗月の幻を追い掛けるあまり平穏な修学旅行が崩壊寸前」

13巻:「館花紗月への好意が明瞭になりつつあり、これまでの微温的な関係性が崩壊寸前(結婚前提的な告白をして崩壊した)」

14巻:「どっちつかずで優柔不断だった館花紗月への態度が崩壊寸前(完全に崩壊した)」

15巻:「石原紫の急襲で館花紗月コースが崩壊寸前(実際は全く揺るがなかった)」

16巻:料理長の解説

 

このように、各巻において渡直人にまつわる様々なものが『崩壊寸前』な状況にあると考えます。

なお、物語前半(特に1~5巻)は『館花紗月との関係性や、彼女に対する想いから目を逸らし続けていることで辛うじて守られている仮初の安寧が崩壊寸前』な状況とも言えるのでしょう。

【累卵的な危うき関係性(5巻・BREAK27)】

 

これらを俯瞰すると、諸々が崩壊寸前となる要因は渡直人の自我やメンタルの脆弱さ、あるいは未熟さではなかろうかと考えます。

1巻の渡鈴白との共依存問題は彼の自我の脆弱さに因るものであり、6巻から7巻にかけての混乱は彼の未熟さが要因となっているのでしょう。

これらのことを鑑みると、渡直人の自我やメンタルの脆弱さや未熟さ故に色んなものが崩壊寸前であるという解釈も出来るかと考えます。

 

(2)巻を通じた『XX』について

前項では各巻における『XX』について考察させて頂きましたが、巻を通じて印象深く描かれているのが関係性の危うさです。

特に物語前半では、その様が顕著であると言えましょう。

 

例えば、ヒロインたる館花紗月との関係性について「いつ壊れてもおかしくないくらい、脆いものなのに」と述べたりしています。

【脆い関係性(2巻・BREAK11)】

 

石原紫との関係性についても非常に臆病です。

想いの相手である石原紫から告白されたにも関わらず、渡直人は一度はそれを断ってしまいます。

「幻滅されたくない」、つまりは相応に良好である彼女との関係性を壊したくないことが理由でした。

【幻滅されたくない(4巻・BREAK22)】

 

渡直人が危うさを抱いていたのは館花紗月や石原紫との関係性だけではありません。

渡多摩代との関係性についても常々危うさを感じていて、いつ追い出されるか判らない、早く自立して出て行かなければならないとの焦燥めいた考えを抱き続けていました。

【いずれ壊れる関係性(1巻・BRERK04)】

 

これらの態度と対照的な様相が描かれているのが最終巻なのでしょう。

 

第15巻のラストにおいて、我等が嶋田さんの奸計により、渡直人は石原紫の部屋で彼女を二人きりという事態に陥り、そしてキスをせがまれてしまいます。

館花紗月ルートがほぼ確定した状況下において、物語を混沌の坩堝に引き戻しかねない超絶ピンチな場面です。

しかしながら、渡直人はその誘いを毅然として断ります。

石原家を辞そうとする渡直人と握手して別れた彼女は、互いの関係性について述懐します。

【本音をぶつけても壊れない関係性(16巻・BREAK86)】

恋人となることは叶わなかったものの、二人の関係性は揺るぎ無く続いていくことを表わしているのでしょう。

 

館花紗月との関係性も強固で揺るぎないものとして描かれています。

直純さんと弥生さんとの結婚式の夜、「今はもう、そう簡単に壊れる関係じゃないって」と渡直人が館花紗月に語り掛ける様は、物語前半とは対照的と言えるのでしょう。

【揺るぎなき関係性(16巻・BREAK87)】

 

そして、渡多摩代との関係性も揺るぎないものとして描かれています。

出掛けようとする渡多摩代を引き留め「改めてお世話になります」と告げる渡直人。

そんな彼に対し、「どう生きようと私は絶対に見捨てない」と渡多摩代は力強く言い放ちます。

【断言(16巻・BREAK91)】

それは、彼女と渡兄妹とは揺るぎなき『家族』であるとの宣言なのでしょう。

 

自分を取り巻く人間関係は脆くて危ういものであり、いつ壊れても不思議では無い。

それが物語前半における渡直人の認識だったものの、様々な出来事を通じて変化し、揺るぎないものとして感じられるようになったのでしょう。

 

このことを鑑みると、『XX』とは『人間関係』と言うことも出来るのでしょう。

 

3 まとめ

以上、各巻における『XX』及び巻を通じた『XX』について考察させて頂きましたが、件の料理長の台詞や『紗月と紫のXXラジオ』での考察も踏まえてタイトルを説明的に書くならば、以下のようになるかと思います。

 

「渡くんの『脆弱で不安定な自我の所為で、彼を取り巻く人間関係』が崩壊寸前」

 

『XX』は『人間関係』だけで良いのかもしれませんが、冗長ながらも分かり易く表わすならば『脆弱で不安定な自我の所為で、彼を取り巻く人間関係』という言い方になるのかと考えます。

 

様々な出来事を通じて自我を成長させ、人間関係を安定したものとしていく。

館花紗月や渡多摩代、そして鈴白と揺るぎない『家族』としての関係性を構築していく。


渡直人の成長物語としてのタイトルと言えるのでしょう。

 


【揺るぎなき『家族』(16巻・BREAK92)(P201)】

 

どうしても館花紗月の妖しげな挙措、石原紫の可愛らしさ、梅澤真輝奈の賑やかさに目が奪われがちでありますが、物語の核を為しているのは主人公たる渡直人の成長の軌跡であり、そのことを明瞭に表現しているタイトルだと言えましょう。

 

今回は以上で終わらさせて頂きます。

最後まで読んで下さりありがとうございました。