先日、電話が鳴った。
Aさんからだった。
Aさんは50前で私よりも年齢は下だが、話すとそれを意識させない。
学生時代に車の専門知識を学び、バイクや車などは基本的に自分で修理や改造をしたりする。
軽自動車の事を 「安いし金も稼ぐし部品も高くない。最高のオモチャだよ!」 と評価している。
私にこの現場を紹介してくれた人で、当時は大手の運送会社で課長職に就いていた。
100人以上の部下を抱えながら定時上がりの環境を利用して夜に配達のアルバイトをしつつ、そこで知り合ったドライバーに自社のリースアップとかの軽バンを売ったり、月に20万程の小遣い稼ぎをしていた。
私はそこで彼と出会った。
今乗っているサンバーも、その前のアクティバンも彼から入手したものだ。
その後彼は、仲間のドライバーに無理ばかり強いる会社に我慢が出来なくなり、20年近く勤めた会社を飛び出す。
その後は個人事業主として様々な仕事をしながら生計を立てていた。
私とは、時々話す電話で【配送業界に対する悲観】と【何か面白いことをいつか一緒にやろう】という話ばかりをしていた。
曰く 「当時は仕事も収入も本当にキツかった」
似たような環境だったこともあり、どこか 盟友 という感情を持たせてくれる人だ。
Aさんは後に個人事業主から足を洗い、以前に付き合いのあった運送会社の管理者兼ドライバーとして社員になった。
安定はしたけれど 「毎日がクソつまんない」 話すたびにそう言っていた。
そんな中、ほどなくしてその会社の社長が金銭トラブルから不祥事を起こして税理士によって追放され、他の役員は逃げ出し、残った有望な人材がAさんしかおらず、あれよあれよと社長になってしまった。
そして潤沢になった自分の時間を活用し、趣味の車の売買に力を入れ始めた。
彼の頭の中での在庫になりそうな車を持つ知人リストの中で、私の事が浮かんだ。
◇◇
「サンバーの調子はどう?売らねえか?」 と聞かれて私はそれに答えつつ、互いの近況を話す。
前に話した時には「社長が不在になって会社がてんてこ舞いだ」と言っていたAさんが、なんと社長になっているではないか。
いくつか質問をして、借金などを抱え込まされたわけではない事を確認して祝いの言葉を延べた。
近況として私が引越しできなかった話をすると、Aさんは「部屋ならある」という。
誰も住んでいないマンションの一室を会社で管理していて、そこにどうか?という話だった。
しかし場所が遠いので即答など出来ないし、そもそもそこに住むならAさんの会社に入ることが前提だ。
つまり 「移住してこい」 ということだ。
Aさんは私の環境を知っているので、【仕事も部屋もあるから来い】そう言っているのだ。
だが2つ返事というわけにはいかない。
私の夢と親の事などが即座に頭に浮かんだ。
同時に今まで 【がんばっているのだから、きっと報われる】 そういう趣旨の言葉で元気づけ続けてくれた人のことも頭に浮かんだ。
Aさんは今、もともと勤めていた安定している運送会社の中で社長として好きに動けるポジションにいる。
自動車の販売なども会社に対して利益になるようにすることで、まさに【水を得た魚】のように手を広げているようだ。
トラックまでもが商材になっていると楽しそうに話している。
まさに趣味が実益に、というやつだ。
「今、自分に追い風が吹いていると感じている」 と。
私はもう一度、「本当に良かったね」 と彼に言った。
◇◇
まずは会っておこう、と考えた。
大きな変化を伴う可能性のある話は、直接会ってするべきだと思ったからだ。
移住を伴うお誘いともなれば、こちらも真摯に向き合わなければいけない。
およそ3年ぶりに会ったAさんは、白髪が増えているようだった。
そして私には 「・・・太ったね!!!」
否定はしない。
Aさんの会社の応接間で、私の思いの丈を全て話した。
特に【車に関わる仕事をして生きていきたい】ということを。
彼は時折相槌を打ちつつ黙って私の話を聞き、従業員としての誘い言葉は無くなったが 「いつ来ても大丈夫だからね」 とは言ってくれた。
4年前、この応接間で話した時には追放された社長と逃げ出した役員が目の前にいた。
その時は【しっかり日銭を稼ぐこと】が一番の目的だった。
紹介者であるAさんは、応接セットから離れたところで立ちながら話を聞いていた。
あれから4年以上経過している今、同じ場所で互いに顔を合わせながら夢を語ることになったのがとても感慨深い。
◇◇
その後、私に住まわせるつもりだった部屋に案内してもらった。
今の私の部屋よりも遥かに広く、住まいとして上等なものだった。
この部屋だけでも魅力的だったが、ここから今の配達の仕事に通うことは現実的ではなかった。
その他駐車場や倉庫など、いろいろと案内してもらっている中、車が一台入りそうな倉庫の一画でAさんは言った。
「ウチにあるものは、場所でも道具でも車でもなんでも好きに使っていいよ
もっと連絡を密に取りながらさ、協力するから○○さんの好きなようにやってみなよ
お互いに強みを生かして儲かれば、これ以上のことはないでしょ?」
そう言ってくれた。
優しい申し出がただただ有難く、その流れに乗らせてもらおうと決めた。
◇◇
このあと時間はあるか?
と聞かれたので「今日は休みなので問題ない」と返す。
事務の女性に「今度はケーキでも持ってきますね」と軽口を叩いて出発。
Aさんと二人、私の車で小一時間の移動。
この日は私の住む東京→千葉→埼玉と、長い距離の移動をしている。
だが不快さは全くない。
悪天候ではあったが、久しぶりの高速道路も悪くなかった。
車内でも様々な事を話したが、全てが大事な事のような気がした。
なぜか二人して幼少の頃からの車好きとしての成り立ちのことばかりだった。
クルマ好きには様々な種類がいて、趣向が合わないケースも多い。
だが私とAさんには割と共通点が多かった。
エアバッグが外されてスポーツハンドルが装着されている私の車は、Aさんにとって高評価だったようだ。
◇◇
到着したのは越谷市のとある【中古車店】
すでに夜も更けていて営業時間は終了しているが、社長だけが待っていた。
この販売店の社長がAさんの数十年来の知り合い。
年間30~40台のクルマをAさんはここで買う。
もちろん販売の為だ。
私が最初に買ったアクティバンもここに置いてあった。
だから初めて会うわけではないが、印象はお互い薄かったので改めて挨拶。
Aさんは私を、これから車の販売に関わる者として紹介した。
何ができるか一緒に考えて欲しい、と。
もともとビルメンテナンス業だった私が最も得意とするのは清掃で、それならば【洗車】であろう。
販売と清掃つまり洗車、付加価値の付与。
それなら今の配達をしながらでも出来ることだ、ということでどのようにそれをするかという話が2時間程度でポンポン決まる。
金の事も含め、話が非常に具体的で速い。
今時点で何もできない私に、厳しい言葉も投げかけられるが事実なので身に染みる。
すでに車で金を稼いでいる人間たちの輪の中で、唯一の素人である私に【出来る範囲で居場所を提供してやるからあとはお前次第だよ?】 そう言われているのだ。
私は久しぶりにAさんと会って、一緒に8時間程度を過ごしながらたくさんの話をした。
ウダウダ過ごす数か月、いや数年を過ごしてきたが、今日はたった1日で道具や車の置き場所、簡単な整備の環境と車を販売できるルートまで見つけてしまった。
まさに、あとは私次第だ。
◇◇
翌日に私は今まで購入を躊躇していた道具を、手当たり次第に注文した。
もちろんサイズなども考えながらだが、それでも買い過ぎた。
届いた道具を置く場所は、案の定すぐになくなった。
ただ置いてあっただけの物は、価値があろうとなかろうと捨てる。
飾りは今は不要だ。
棚があればそこは道具置き場へ変える。
そうやって今の私に必要なものを手元に置ける場所を作るしかない。
生活空間のゆとりより、今は自分の環境を整えることを優先にしたい気がする。
少し大きな機械などはAさんの所を納品場所にするしかない。
まずは自分で出来る準備を先に。
◇◇
配達前の一服をしている時に、1年程前までこの現場で仲間だったヤツが声をかけてきた。
休みなので近所のパチンコ店で朝から勝負をかけるのだそうだ。
私がいつもここで一服しているのを知っているので、一緒に煙を吐こうとして寄ったらしい。
会話の中で、同じ会社の仲間の車がトラブって仕事が出来ないと聞いたので詳しく聞きなおした。
軽バンを使う仲間内では、車両トラブルなど割と日常茶飯事なのだ。
ソイツは探している車があって、それ以外は新車しか欲しくないのだそうだ。
ただ、今新車を注文しても2か月以上待たされる。
販売のチャンスがそこにあった。
それをAさんに伝える。
Aさんは越谷の中古車店にそれを伝える。
しばらくすると、私の携帯に写真が複数枚届く。
オークションで見つけた該当車種というヤツだ。
「落札は○○万ぐらいだろうから、○○万ぐらいで提示していいよ」と指示が来る。
私はすぐに写真をパチンコ中のヤツに送る。
「今、探しているのはコレだね?」と
そして相場的に店で買うよりも確実に安い金額を提示。
Aさんは「これは売れなくても在庫にするので入手する」という。
つまりオークションで競り落とす。
自分が売りたい車ではなく、人が欲しがっている車こそ仕入れなければいけない。
その時売れなくても、利があるところまで値段を落とせば確実に売れるならそれは【買い】だ。
好みがピンポイントならばなおさらだ。
◇◇
残念ながら今回は契約にならなかった。
理由は車の内容に譲れない条件があったのだが、本当のところはわからない。
印象としては断わる口実のような気もしたからだ。
しかし、交渉をしたことでこの仕事の面白さを思い出した。
営業はスリルがあり、狩猟的な喜びがある。
ひと言で言えば 【 楽しい 】
今の配達の仕事は日銭稼ぎで副業だと思えばいい。
週5の副業ということは、本業が儲かっていないということだ。
改善して改める必要がある。
そのためにはやらなければいけない準備はまだまだたくさんある。
モノだけではなく、技術も知識もだ。
許認可などもそうだろう。
車を継続的に売るなら古物商が必要だし、とりあえずの道具置き場として【レンタル倉庫】などもアリだ。
何を考えてもワクワクしかない。
ふとしたAさんからの連絡が、こんなにも広がりを見せるなんて自分でも驚く。
まるで、やりたい気持ちで膨らんだ風船が破裂して周囲の不安や鬱憤を吹き飛ばしたような、そんな感じだ。
裁判が終わってからというもの、今までの3年は【生活の立て直し】だったと言っていい。
ふとしたことで思い出し、ブルーになることは今でもあるのでよほどのトラウマなのだろう。
いくらか立て直しが出来たとはいえ、一人では引越しをしてもすぐに何かが動き出したかもわからない。
仲間というか、【複数の力】の素晴らしさというか、【その環境に身を置く】ことの大切さを改めて痛感している。
今は引越しよりも【Aさんとの協業】という流れに、お互い経済的に独立しながらそれに乗って行くことを大事にしたい。
きっと今はチャンスの波だ。
ぜひ掴みたい。
暑いとか重いとか、配達の仕事が嫌いだとか、それしか見えない視野角の狭い日々で目の前の辛さに一喜一憂していた。
そしてそれを日記と称してストレスの捌け口にして書き殴り、根本解決にならない上書きをしてトボトボと明日に向かって歩いていたのだ。
ただただ、今は波に乗りたい。
金儲けより、日々の満足度。
そういうことに目を向けていたい。
成功するとかしないとかそういうことではない、自分のアイデンティティの問題だ。
Aさんとの再会は、忘れていた感情をいくつも叩き起こされた。
自分で自分にフタをしていた何かを引っ張り出してくれた。
【心の潮目】が変わったと言えるのではないだろうか。
しばらくは勇気をもって、この感情のまま突き進んでいく日々を過ごしたいと思っている。