いったいいつから放置してたんだろう・・・・
でも皆さんの記事はきっちりと読んでました(笑)
さて何から書いて行きましょうか。
5月15日 87歳で父が天国へと旅立ちました。本当にあっけなく安らかに。
まずは2月の初めに母が膵臓がんと診断されました。
膵臓がんと聞いた瞬間長くはないんだろうな~~~母の人生は何だったのかと涙が止まらなかった。
でも本当に初期で手術可能。
先生は手術をしなければ命はないと。
3月25日に膵臓3分の1
胃を3分の1 十二指腸全摘
手術時間12時間。
術後が大変でした。
術後せん妄・・・・・・母が母でなくなってました。医師・看護師そして家族に暴言。
何度泣いたことか。
その前に母が入院して一週間後に入院してきた方。
母より10歳若く70歳。
胃が痛くて1年半病院にかかってたそうです。
あまりにも痛みが治まらないので病院を変えたらすぐに総合病院へ行ってくださいと。
検査結果母と同じすい臓がん。肝臓に転移してたそうです。
その方は手術もできず抗がん剤治療のみ。
元気で入院してきたのに母と2週間2人部屋で仲良くしてたのに体調が急変して個室へ。1週間後に亡くなってしまいました。
それもかなりショックで。
3月25日に手術をして4月11日に退院。
それからも兄たちが大変でした。
その間父は老健に入院。
3月28日には87歳のお誕生日を迎えることができました。
ケーキを買って食べることはできませんでしたが二人でお祝いを。
4月20日に母が一人で生活するための準備として実家へ帰省。
そうこうしているうちに老健の先生から父の件で呼ばれました。
ちょっと黄疸が出ているので帯広へ行って検査した方が良いと。
4月25日に病院へ。
検査結果は皮肉にも母と同じすい臓がん。
それも同じ場所に。
検査が終わり先生からの話。
先生は手術をできる状態ではないと。
黄疸が出ているがステント治療も難しいと。
余命1か月。
87歳まで生きて今ここでステントをしたところで余命が2か月延びることに意味があるのかと。
ステントも上手く行くとは限らない。ステントをすることによってもっと命を短くする場合もある。
母は口からステントができずにお腹を開けて管を通した。
父はお腹は絶対に無理だと。
後は家族で。
連れて帰っても良いし・・このまま入院しても良いし・・・いったん帰ってやはりステントをしようと思うならそれでも良いと。
色々なことを考えて連れて帰ることにしました。
はたして一人で決めてしまってよいのか・・・・・・・
すぐに兄に電話をして話したら連れて帰ってきてよいと。きっと父も治療は望んでないだろう~~~
でも会計までの間はたして勝手に自分で決めてしまってよかったのかと。
担当の看護師さんが先生は進めませんでしたよね。
お母さんの時は手術と言いましたよね。
きっとそういううことなんですよ。
その看護師さんとその後もいろいろと話をして気持ちが軽くなりました。
父をのせて1時間ちょっとの道のり~~~帰りには友達のお店でソフトクリームを食べて病院へ。
地元の主治医に話すと最悪な言葉。ここで撃沈・・・
最終的には家族の意向を話して看取りケアーをお願いしました。
でも父にも聞きました。
管を通す治療をすること・・・・それはそれなりに苦痛が伴うことなど。
父はもう治らないなら何もしなくてよいと。
本当は4月末に京都へ帰ってくる予定でしたが今なら2泊3日外泊できると。
帰る日程を延ばして父の外泊のお手伝いを。
4月29日に兄の家でちょっと早い母の80歳のお祝いを。
その時の二人とも楽しそうでした。
5月2日に京都へ戻り5月12日に北海道へ。
兄から電話がありそう長くないと・・・・・
待っていてくれたみたいでとても喜んでくれました。
13日から家族も気兼ねがないようにとで個室へ。
義理姉が父に今夜marumamaに泊まってもらう?って聞くとうん。
その日から泊りました。
13日の夜は二人で。野球好きなので野球中継してないかとテレビをつけましたが残念ながらやってなく。その日息子がたまたま野球観戦に行っていたので中継をしてもらいました。
夕方は相撲をつけて・
14日の朝には母が来て昼を一緒に食べて。
何も食べれなくなっていたのですがもしかするとアイス食べれるかんと思いエースカップのアイスを。5口くらい食べたかな。
その晩は病室で兄家族と一緒にご飯を食べて義理姉と姪っ子が帰り
兄と二人で泊まりました。
その時にテレビから流れていたのが「千の風に乗って」「さよなら大好きな人」
さよなら大好きな人はおじいちゃんに向けて歌った曲だと。
15日の朝も変わらず。
昼にはエースカップミニのアイスを一つペロッと食べて。
母が夕方家に戻り。
6時にまたアイスが出て・・・・・
アイスを食べさせて5口くらい食べたかな~~~その様子を兄がビデオにとっていて・・・美味しいと聞くと美味しくないと首を振ってました。
兄が姪っ子が帰ってくるのでいったん家に帰ると。
アイスのスプーンを洗ってちょうど看護師さんが巡回に。
ふと父を見ると様子が変。
静かな息遣いに・・・看護師さんになんか変ですよね。
あわてて血圧を図ろうとしているまもなく・・・・・あっけなく。
父さん父さんと呼びかけましたがあっけなく逝ってしまいました。
静かな息から息が止まり首の頸動脈が静かに止まりました。
その間何分だろ。
病院から兄の家まで車で5分。兄が家に入った時に電話・・・・
兄が戻って来た時には父は・・・・・
先生が来て6時40分ご臨終。
アイスを食べてもしかしたら心臓にショックを受けたのかと先生に話すと苦しんだ顔してないでしょう?すごい安らかな顔ですよ。
5月15日 6時40分 87歳で天国へと旅立ちました。
悲しいけど・・・・よく頑張ったと。ありがとうと言う気持ちでいっぱいです。
不思議に寂しいとか涙が止まらなくてということがないのです。
まだ自分の中で受け入れてないのか・・・・でも納得できてるのかと思ったり。
80歳で大腸がんにその後も脳梗塞。病魔との戦いでしたが…その間に
ひ孫を抱くこともできて幸せだったと思います。
ここで色々な方に励ましていただきましたのでご報告まで。
今月12日には初盆で北海道へ帰ります。
きっと姉と同じお墓に入って姉とあってることでしょう。
合掌
追伸
母は手術も終わり今は抗がん剤治療をしてます。
残念なことに転移がありましたので。
元気なうちに一度京都へ連れてきたいなと考えてます。