今日は、仕事の合間に

『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』という本を読んでいる

 

なんとも、皮肉なタイトルである

でも中身は、現実的な示唆に富んでいる。

 

この本を読んでいると

幸せになるのは、けっこう簡単なことなのだと

思えてくるから不思議である

 

・幸福とは何か私たちがとらわれやすい思考の罠を理解すること

・自分の思考、世界の見方、感じ方をほんの少しだけ変える具体的な方法

・前向きに人生の価値を作り出していくための『自分自身』に向けた質問

 

大きく分ければ、この3つだけ

幸福になりたければ

この本を読め

幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない

目がみえないひとが、

世界をどう見ているのかなんて

考えてもみなかった

 

視覚情報がないことと

みえないことは違うのに

 

ひとえに、視覚障害者と一括りにしてしまうことに抵抗があるのだけれど

本書は彼らの世界のとらえかた、みえかたに触れることができる

 

わたしの楽しみ方とは違う世界の味わいがそこには存在する

 

例えば、レトルトのパスタソースは袋が同じで

実際食べてみるまで分からなくて

そうしたハプニングの増大を

人生の豊かさや

楽しみとしてとらえていたり

 

ああ、そうか

みえなくてもみえる。みえるけどみえないんだ

きみは、せかいをどうみてますか?

そこにわたしはいますか?

 

 

 

なんだかわからないテンションだなぁ と感じるでだしだった

上野樹里のどこか舌ったらずなしゃべり方も

なんだかわからなさに拍車をかける

 

主題歌だってそうだ

何を言っているのか聞きとるのが難しい

 

でも

ふりつもる雪のように

最初はとけてつかみどころがないのだけれど

ゆっくりと地面をそめ

ふりつもり

確かな存在となっていく

 

3・11を題材にした根底に流れる哀しみも

あらたな命の芽吹きも

たくさんの祈りに、願いの合唱にあとおしされて

私の中を駆け巡る

 

最初はゆっくりと

時に嵐のように

時に心地よく

 

このドラマは私をどこへ連れて行ってくれるのだろう

 

 

夏も

もうずいぶんと使い古してしまった

 

夏のはじまりにみた映画を

いまさらになって思いだす

 

あまりに天気がよいからだろうか

あまりに熱く心を焦がすからだろうか

 

それとも、あの空の向こうに浮かぶ空が

あの時の

あの映画の一瞬を切り取ったようにみえるからだろうか

 

 

新海誠は、同郷の高校の先輩。同じ景色をみていたからだろうか画面にうつる景色が、わたしの心をうつことが多い

 

在りし日の夏の短歌:縁側のトマトも燃ゆる夏の日の雲のいづこにきみ宿るらむ

ひとは大切な何かをすぐに忘れてしまう

 

あるいは

 

すぐに知った気になり本当に大切なことには気がつかないままだ

 

 

井の中の蛙大海を知らずだけを知っているのと

されど空の青さを知るまでを知っているのとでは

その言葉のもつ深みが違う

 

 

あまりにも都合よく抜き出された言葉は多い

 

本からの引用にしろ

政治にしろ

記者会見にしろ

 

もっと言えば日常的な会話でさえ

 

 

わたしの言葉にみみを傾けるつもりがあるのなら

わたしのすべてを残らず食べてもらいたい

 

残された人参の甘さにも

添えられたブロッコリーの緑にも

わたしはある

 

 

今日の短歌:馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ(塚本邦雄)

押しつけられた世界の見方

それも自分でもなぜそういう見方をしているのかと

気がつかないような

とても静かなやり口で

ゆっくりと

でも確実にわたしは

わたしの世界の見方は

ある枠の中に押し込められ

形作られていく

 

真綿でゆっくりと締められるような

緩やかでやさしい閉塞感

暖かくそれでいて確実に死に近づいていく

 

常識

マナー

コード

あたりまえ

空気を読む

他者の期待

世界のあるべき姿

 

わたしという存在の異質感に許されない罪を感じるわたしは

小説によって肯定される

 

保坂和志はいう

『小説とは・・・社会化されている人間の中にある社会化されていない部分をいかに言語化するかということで、

その社会化されていない部分は、普段の生活ではマイナスになったり、他人から怪訝な顔をされたりするもののことだけれど、小説には絶対かかせない。

つまり、小説とは人間に対する圧倒的な肯定なのだ。』

 

今日の短歌:辺境の海辺にすわるきみのめのみつめる先をはねるトビウオ

みなさん知ってます?

東京の上野公園付近に日本最後の秘境があるって

 

恥ずかしながら、わたしつい最近まで知りませんでした

 

だって最近はもっぱら

秘境は秘境でもWeb上の秘境

Amazonにお出かけしていて

書店さんに顔だしていなかったんですもの

 

でもたまたま駅前の本屋さんに

顔を出したおかげでこの本に出会えた

やっぱり本屋さんっていいなぁって再認識しております

 

一見芸大のトリッキーでクレイジーな学生をちゃかしたように見える本ですが

そんなことはない。そもそもそんな本が売れるわけがない

 

この本にはひたむきに芸術にむき合う姿が書かれていて

それに触れることのなかった世界の人(私とか)から見れば

トリッキーでクレイジーにみえるというだけ

 

真摯に戦う姿にほろりとさえする

そんな花が咲くとも限らない芸術家たちの

日常風景の断片を切り取ったような作品です

 

 

先生、秘境って目に見えないだけで

こんなにも近くにあったんだね

 

ほら、ごらん都内にガスマスクした学生がいるのはここくらいだよ

 

今日の短歌:喧騒に響くマスクの呼吸音『ふつう』の空気吸えば死ぬ吾

 

ふらりとでる散歩がすきだ

やることもなくて

とくに何もきめずにふらりと足をむける

 

歩みだして夏のあつさを感じ

それならばと小川の流れ木陰の涼やかな

近くの自然公園へ

 

そこは予想通り家のまわりより

少し涼やかでこんなことに喜びを感じる

 

せみの声は遠くに響き

よく聞けば違う種類のせみだろうか

きっともうすぐいつものように日は暮れ

夕闇の美しさに息をのむ

 

これといってやることのない夏の日の

これといって何もなかった散歩

これがいたって幸せなのだから

ふしぎである

 

ありし夏の日の短歌:縁側のスイカのかほりきらいだと うちわであおぐ君のにのうで

 

実家から両親が

子供の運動会に来てくれた

私たち夫婦とともに

一緒に子供の成長を喜んでくれる

 

ともに喜べるというのは嬉しいことだし

素敵なことだ

素直に、ありがとうと言いたい

 

その母が実家から果物を持って来てくれた

運動会の朝

その果物を食べようと、母は私によびかける

 

ねえ、あれ食べない?あれだよ、あれ・・・

 

「ザ・フランス」

 

一文字違うだけで、事物に対する印象は全く変わってしまう

ラ・フランスなら歌うような軽やかで華やかな香りをイメージさせるが

ザ・となると、強い印象。

もしくはハエと融合した人間の物語がはじめにうかぶ

 

他にも、そうした言葉はたくさんあって、例えば

「そうじき」と「そうしき」では、不謹慎なほどのイメージの違いをみせる

 

言葉は、もろくて弱い

ちょっとしたことで

こんなにも、その性質を変えてしまう

 

私の好きなこのひとのポエトリーリーディングは

もろくて弱い言葉の船に

思いをのせて

そっと、水に浮かべ

おそるおそる船の背を押し

想いをどける

今日の短歌:いきる息いきる想いを切る想いおもいおもわれ幾年生きる

高速道路を比較的ゆっくりとすすむ

福島からの家路

 

陽は沈みはじめる

だんだんと濃さをます藍と

眩ばかりのオレンジの中

鉄塔は天をさすようにたち

何かの生き物かのような赤い光が印象的だ

 

そんなふうに感じながら

ふと、視点を前方の車の列へと集中させる

 

緩やかなカーブを描くその長い道には

テールランプの2つ組の赤が無数に連なる

 

ああ、こちらも生き物のようではないか

怒り狂う虫たちが列をなし

ひたすらに前へ、前へと進む

 

この風景どこかでみたことがあると思ったら、

あれだった。。。。

 

ジブリでは、これが好きです

大荒れの天候の短歌:台風のめとよばれたる場所に立ちラピュタありしと君はつぶやく