今までに体感したことないような思い。

なにこれー。やだなにこれー。

とかなってたりします。

今まで、すごい楽しくって自分にとっては癒しであったゲームを楽しめなくなってたり。

これは困った事態です。

あんなに好きなことなのに、楽しめなくなったのは、
楽しかったときのような熱をもっていられなくなったからなのかな。

いつもそう。
楽しいとか思ってるときは一瞬で、すぐに私の熱は冷めてしまう。
それでも、楽しい一瞬があればできるのに。
その一瞬があるってわかってるのに、もうできない。

もうなんなの。

一歩進めよ!ってときにでないのが私の足。

なんというチキンさん。

決断しないといけないときには、
自分と勇気がいつもかかわってくる。
私はそれをわかっているけど、
私には、それを実行する勇気そのものがない。

こうしておけばよかったなんて、
思いをしても、そのあと結局繰り返してる。

成功と失敗は、
オセロの表裏のように、あっという間にかわっていく。
そんなにも変わりやすいものなのに、
私は表裏の変わる最後の瞬間が怖くて
目を向けることができない。

勇気だせよ!

いい加減にしてくれ!自分!

根っこは欝な人間なんです。
思考が始まると、無限の連鎖。


私は、理論とか理屈とかに縛られていたとおもったら、
その何もかもを捨てて、理不尽な行動をしたりする。

まるで狂ったように。

狂犬は、なりふりかまわず周りのものに噛み付き、
自分の保身などについてはまったく考えていないのです。

負け犬は、戦いにまけたわけじゃない。
自分の心のなかの恐怖に勝てなくて、噛み付くことすらできず、
なにもかも、思い通りに動き続ける。
相手に負けるのではない。
自分の心に勝てないんですよ。
戦うことができないんですよ。

私の本当の姿は負け犬。

大切なときに自分のことを捨ててでも、噛み付かないといけない。

「あなたは頑張ってる」

そういわれるだけじゃだめなんですね。

恐怖に彩られた心は、まるで判断の安全装置。

安全装置のついた判断能力なんかじゃ、人生の道を戦うことはできないんです。
自分の判断で、撃鉄を起こして、引き金を引かないといけない。
それも、自分自身のなかにある保身とか恐怖とか、そういう感情に向かって。



どんなバランスが正しいのか。

いまだにわからないまま、生きています。