三十年目の春がきた。

まだ学生であった頃、
私は何の為に生きてるんだろう、生きる意味ってなんだろう、
なんて、多感な子供にありがちな事を考えていた。

三十年前の三月、
総排泄腔外反なる状況で生まれてきた私を
家族が、お医者様や看護婦さんが、社会が守り支え育んで下さったこと、
そして数々の運と縁があってここまで生きてくることが出来た。

だからこそ、そうした総てが大切に思うからこそ、
この幸運にして授かった生を精一杯生きよう、役に立てよう。
それが私の生きる意味だ。そう思った。

けれど、理想と現実の乖離は子供であった私にはどうにも整理できなくて、
この大切な生を無為に浪費している自分がどんどん嫌いになっていった。

何時の間にか、私は「生きる意味」を考えることを止めた。
そうしないと、止めどない自己嫌悪感で気がヘンになってしまいそうだったから。
さも知ったように、「生きる意味を考えるなんて子供ね」などと嘯いた頃もあった。

そうして、欲張らず、前だけを向いて
今日と明日をとにかく元気に生きていこう、
その結果として良い人生であったと振り返る日がくればと
そう思うようになった。

サテ、学校を終え、社会人になって八年余り。
何時の間にか同級生も親になるような年の頃になるに至り、
あくまで程度の差ではあるけれど、子供の頃と比べれば
少しは自分に出来る事や出来無い事が見えてきたのだとするならば、
今一度、この与えられた生をこの社会で活かしていくか、
改めて考えてみたらどうだろうか。

自分に出来る事を残せる物にこだわりを持つようにしよう。
そんな三十代にしよう。

そんな事を、年甲斐も無く考えている。
そこは、切り立った崖の斜面を造成して作られたような
住宅地で、打ち寄せる波を間近で感じられる住居が段々畑のように
連なった地区だった。

私は、その中の一軒に家族で住んでいるというクラスの友人を訪ねていた。

その海は干満の差が激しくて、
潮の引いた時は入り江状のその地区の一番海側に建った家の前に
およそ充分キャッチボールができる程の海底が姿を現すのだが、
潮の一番満ちた時などはその一番海側の家の一階のポーチが水浸しになるのだと
その家に住む彼女は笑いながら教えてくれたのだった。

二人でデッキ・チェアに腰掛けて、海に向かって何でもない会話をする。
学校のこと。
今度の試験のこと。
最近辞めた部活のこと。
もしかしたら好きな人のことも話したかもしれない。

そうしているうちに崖の向こうの陽は落ちて、
そろそろおイトマしようとしたその時、
三方の崖の上から忍者たちが集落を急襲したのだった。

慌てふためき、腰を抜かしていると
彼女は笑いながら、そうか今日はこの日だった、
すぐ終わるから待っててね、と言って
襲い来る忍者隊を迎撃するのだった。

そんな、夢。
後半、急に夢らしくなって笑った。
ヨコハマの、行きつけの美容院へ
赤いクルマに乗って出掛けました。
そこは路地を入って緩やかな石畳のカーブ道を進んだ先にあって、
最近は近所のお店に浮気したりもしたけれど結局はそこに帰ってきて仕舞う、
何か心の落ち着く所のある美容院。

久し振りの戸をくぐる、その瞬間予約をしていない事を思い出す。

その旨伝えると、土曜の午後にはもう空きが無いとのこと。

姉妹店がメグロにありますよと地図を渡されるも、
何故か気乗りせずに計画を変更する。


そうだ、このままドライブして帰ろう。
写真機は置いてきて仕舞ったから、
兎に角今日は運転を楽しもう。

高速道路を大回りしてみるのもいいな。
トウメイまで出てエビナからチュウオウドウへ抜けようか。
あれ、もうその路線は完成したんだっけか。

未だだったとしても、
エビナにはお世話になった姉さまが
住んでいらっしゃるから、
もしかしたらお会いできるかもしれない。



気付いたら私はエビナへ向かう列車に乗っていた。
その路線はヨコハマからエビナへ至り、
どうしてかハンシン列車に乗入れして
北上し、
ジェイアールのチュウオウ線駅に接続するらしい。

それにしても、カンサイの鉄道会社が
どうしてこんな所に一路線だけ持っているんだろう。
どんな経緯があったのだろう。

今度、何でもご存知の兄さまに聞いてみなきゃ。
そう思った。

ハンシン鉄道のエビナターミナルは大層な規模で、
線路がまるで蜘蛛の巣の様に入り組んで見るのも楽しかった。
車窓から、既に引退した古い型の列車の展示も観られる。

何だかワクワクしてきた。
そんな、夢。

私はエビナで姉さまに会えたのだっけ。


今となってはもう7年も前なのだけれど、
大学4年になった春から夏にかけて感じた季節感というものが
何とも自分の中で印象深く今も残っている。

段々と暖かくなる陽気、
膨らむ蕾に伸びる若葉、
冷やしたコーヒの氷がカランと心地良い
そんな春と夏の境目。

その後社会人になって、
何をしたわけではないけれどもマァ
自分なりに日々を重ねる中で、
そういう季節の移ろいゆく有り様を
肌で感じる心の余裕を失ってもなお、
あの年に感じたドキドキの残り香を
思い出しつつ生きてきたような気がする。

あの時の、あの季節感が今、
なんとなく再現されているような気がして
今年の春はとみに嬉しい、そう感じている。
何だか判然ともしないのだけれども、
仕事にしてもプライベイトにしても、
これに取組むに当たっての心持ちが
今迄のよくあるわたくしの有り様と
全く違った境地にある様な、
そんな事を感ずる不思議なココモトである事よ。


なぜなのか。
そしてこれはどういった変化なのか。


まるで同じものを見ている筈なのに、
今迄見た事の無いようなものを見るかのような…。
そう、デジャヴの正反対の心地、とでも呼べばよいか。

何れにしても、
これは自分にとってはポジティヴな変化であろうと
直感的に感ずるので、為すに任せてみようと思う。

昔観た、
クレイジーキャッツの面々が出ていた映画で
初めは青白のモノトーン調であった画面が、
植木等だかがハッスルコーラ、であったか、
そう言う類いの飲み物を口に含んだ途端に
画面が一気に総天然色になる、という描写があったが、
そう言うイメージが近かろうか。

総天然色、等と言うと女学生の様に恋でもしたか、だとか
余程に仕事が愉快と見える、だとか
思って仕舞うのだが、
そう言う具体的なる原因事実は一向に思い当たらぬ。
相変わらず依る人も無く、日々の業も遣る瀬無い。

然し兎に角只単に、
うむ、世界は色に溢れている、
何ぞその様に感ずる日々なのである。



…なんだ、この口調は。
最近ブログもご無沙汰してしまっていたのだけれど、
どうやらどうにか、またひとつ歳を重ねることが出来ました。

何度だって言うわけですが、本当にヒトエに、
両親を始めとした家族、周りの人々の温かい支えあって
今の自分がこうしてのんのんと生きているのだなぁと
改めて大切に生きようと思う訳なのです。


さて思い返せば、
このブログを始めたのが遡れば2005年の11月であったので
当時大学生であった私はまだ二十歳であったのだね。

そんな自分も、今日からが所謂二十代最後の一年になるわけです。

独身女性で二十代最後の一年、と言えば
世の中一般ではやれ婚期がどうした云々という話題が
どうしても付いて回る訳なのですが、

マァ、自分はそう言った土俵とは少し離れた土俵で
それこそ一人相撲を取ってきた有り様なので、
そんなに周り対比、焦りのような境地には至っていないのが実態かもしれない。


しっかしマァ、この二十代、振り返ってみれば
この「女性であること」、「女性でないこと」といったような
主題について情けないほどに振り回されていたように感じます。

社会的に女性であること、身体的に女性では無いこと(とは言え男性でも決して無いんだけどね)
然らば、自分は何者ぞ?

あまりに生々しく、それでいて一般的ではないテーマであるので
誰に相談するでもなく、自分の内側でダラダラと悶々と考えても答えは出なくて。
本当に、自分は親不孝者であることだ。
生きてるだけでこんなに幸せなのに、何を私はグジグジとしとるんじゃろか、と。


いや、答えはハナから出ているんだ、私はわたしなのであって、
男でない、女でもなかったとて私であるということは
デカルトおじさんに言われるまでもなく自明なのだから、
もうそれでいいじゃん、と開き直ることがどうしてか出来なかった。

ホラ、二十代って男や女のアレコレの一つやふたつ、
誰にだって遍在するじゃないですか(という言い訳)。


挙句、情けないことに「この悶々」を自分の中の「行動しないテイの良い言い訳」に仕立て上げ、
同じ所をグルグルグルグル、全く自分は、この臆病な自尊心と尊大な羞恥心でもって、
バターにでもなってしまうんじゃないかという日々が、
総括すればこの若き二十代であったかもしれない。


アホだよなぁ。
それ含めて今の自分なのだけれどね。
諸々を引っ括めてもう、それでいいやと思うのです、そう、これまでについては。

と、そういうことなので、
この一年については、もとい、これからの自分については、
件の言い訳に逃げて縋ってバターになるのをここらで止めてみよう、そう思うのです。
そう思えるようになったのも、今までのバターの日々があったからかも知れないね。


おぉ、誕生日のブログっぽい。


と、言うことで、この一年、
そういうことに留意しながら、元気健康に、愉快千万な日々にしていこうとぞ
思う訳なのでした!

折角ココモト、写真機と愉快に戯れられているので、
またお話も書きたいなとも思っています。

そんな私をどうぞまた、よろしくね。

はる。

君の間違いを教えてあげよう。

そう言って彼は私の手を引き、
病室から私を連れ出す。

早足で抜けていく部屋はどれも襖で仕切られていて、
バシン、バシンッと乱暴に開け放ちつつ外を目指す。

見遣れば、外は大変な大雨であった。
正面玄関には既にバスが待っていて、右側の二人がけの席に座り込む。

直ぐに降りるから。


そう言われる内に動き出すバス。
病院は緑乏しい丘の上に建っていて、
うすら寂しい雰囲気だと思った。
果たして、幾つか目の停車場でバスを降りた。

ガードレールの白が印象的で、
その先に広がる草原は
昔観光で連れてきて貰った戦場ヶ原の様だと思った。

風がわたる。

と、彼が言う、


そんな、夢。
そこは劇場、舞台の上。

背の低い少女が
何重にもディスガイズする役回りで、
舞台全体に設営された壁の向こうを目指すお話。

けれども中々上手くいかず途方に暮れる少女。

と、すずらんテープのような細く頼りないロープを
壁の上から垂らして差し伸べる者が現れる。

貴方は誰、と問う少女。
けれど応えは無い。

騙されているかも知れぬ。
然し他に手も無し、最早それでも良いと
ロープを掴む少女。

何かそんな夢を、
茹だる暑さの中した昼寝で見ました。



自分でお金を払って
もう一度学校に通うのだ、
そう決意する夢を見た。

大変清々しい決意であったと
今もその余韻に浸りたい気持ちである。

その他、
臨海の弾丸道路をひとり
雨の無い暴風の中歩いた先の
大きな交差点に架かる歩道橋が
大変古い木造で、
今にも崩れそうだと恐る恐る渡るシーンも
覚えている。
最近、自分が怒りっぽくなって仕舞ったと言うか
些細なことで苛ついて仕舞う事が増えたのではないかと省みる。

怒りを露わにする事こそないにせよ、
気持ちが不機嫌になり、それを隠し切れずに表に出してしまうと言うような。

何故だろう、と振り返る。
いよいよ以て、日々のほんの些細な積み重ねが、
表面張力の限界を超えて、コップの縁のその先へ
溢れ出すその瞬間なのだろうか。

或いは目一杯膨らまされた風船の、
指で摘まんだその口から空気が漏れ出ていくような。

様々な日々の細々とした諸々が、
折り重なって一度きにどう仕様もなくなってしまうのでは無いか?


人は変わるし、私も変わっていく。
周りだって当然に変化していく中で、私は
最早何に拠り得るのか分からないでいる。

過去の自分との連続性に疑義を感ずる。
確かに記録は在るのに。
確かに記憶は在るのに。


そんな茲許コンフュージョン。
テレンス・コンラン卿のデザインはシンプルかつナチュラル。