　表題の『宇宙漂流』と他に『見えないものの影』二篇収録。いずれもジュブナイル物ということで、文章そのものは砕け過ぎていて若干物足りない。しかし想像力の柄の大きな飛躍っぷりは流石。
　まず『宇宙漂流』の方では、冥王星の宇宙灯台から物語が始まり、その後、謎の力で少年少女らが乗った宇宙船が、太陽系の外はるか彼方までテレポーテーションを繰り返す展開。
　これだよこれ……と蘇る当時のフィーリング。そう、これこそ僕が子供の頃に親しんでいたSFの醍醐味だよ……と読んでいてほくそ笑んでしまう。ワープ理論を説明するのに、紙の端と端を重ねると一気に距離がゼロとなり、そこに辿り着けるという件りは、そういえば子供の頃この理論よく見聞きしたよな……と、これも懐かしさが妙に嬉しい。なぜ宇宙船が謎のテレポーテーションを繰り返すのか、それが実は遠い異星の、植物から知的生命体に進化した種の力によるものと判明するのも、空想に過ごしたあの頃の時間が蘇るかのよう。地球の樹々や植物も、人間には感じ取れない超常能力を駆使して、風を通して語り合ったり、飛ばした胞子に思念を託して永遠の旅を繰り返しているのかもしれない……と思わず知れず夢想が湧いて、読後しばらく甘酸っぱい気持ちに耽った。
　片や『見えないものの影』の方では、ドブネズミとゴキブリと蟻が結託して、爆弾を作ったり、船を作って島を襲ったり、人間社会にテロルを繰り返すクレイジーな、しかし妙なリアリティも感じさせるストーリー。これ又ダイナミック。現在のコロナ禍も、あるいは地球外生命体が、どこまで人間は立ち向かえるのか、その実力を試しているのかもしれない……と一つ間違えば目の据わった陰謀論に堕してしまいそうなことも、思わず夢想しかける。危ない危ない。
　いずれも1965年に発表された作品。はや六十年近く前のジュブナイル物ではあるが、日本の黎明期のSFが如何に想像力豊かであったか、その片鱗は窺えるかと思う。想像力もハイテク化せざるを得ない今の方が、寧ろこの頃ような些事にこだわらないダイナミックなSFは紡ぎ難いかもしれない。両作とも子供の頃に読んだ記憶がある作品だが、良い塩梅で内容を忘れていたので、懐かしいと同時に、改めて新鮮な気持ちで読み直すことが出来た。
　実は本書、近所のBOOKOFFに最近俄かに嵌まったカズオ・イシグロの著作を探しに寄り、ゲットした中の一冊。その少し前に同じBOOKOFFにカズオ・イシグロの小説がずらっと並んでいて、以前から少し興味のあった作家だったので、とりあえずお試しに……と、その中から二冊を選んで購入。
『遠い山並みの光』
『日の名残り』
　これが二冊とも凄い。片や『遠い山並みの光』は登場人物のダイアローグを中心に構成され、片や『日の名残り』は休日を貰ってドライブ旅行を楽しむ執事のモノローグが中心の構成。パターンは違うが、洗練された文章と構成力、更には作家のテーマ性で、見事に統一されている。しかも高いレベルで……だ。
　こりゃ、あの棚に揃っていたカズオ・イシグロ作品、二冊お試しでなく、一気に全部手に入れておけばよかった……と俄かに後悔の念が湧いた。で、まだ残っていないかな？……と確かめに寄ったのだ。
　残念ながら、そこに前回はあったカズオ・イシグロのコーナーは消え失せていた。何せ人気のある作家。しかもBOOKOFFのような古書店にはあまり出回らない。当然のように、あれからすぐ売れてしまったのだろう。
　という次第でお目当ては待っていてくれず、それでもせっかく来たのだからと百均コーナー漁って五冊を選んだうちの一冊が本書。カズオ・イシグロ作品は今後も求めてゆくが、今回は小松左京の良さを再認識させてもらえたので、それでまぁ良しとする。日本SFを切り拓いた三巨人といえば、星新一と筒井康隆と、そして小松左京が、およそ浮かぶかと思う。そのうちの星新一と筒井康隆は、昔も今もかなり親しんでいる。しかし小松左京は少し離れてしまっていたので、又ちょくちょく機会を設けて読み直してみたい。今回このジュブナイル集にそう思わせてもらえた。

小松左京セレクション① 宇宙漂流