　二十歳の頃と思っていたけど、よくよく考えてみれば、入社二年目のゴールデンウィークを利用した記憶がある。ということは1991年の4月か5月。まだ、ぎりぎり十代の頃に行ったのだな……。
　そう考えると改めて若かったと思う。景色の青さに気づくことすら出来ず、自分自身が青かったのだ。
　何の話って先日夜勤明けを利用して日帰りで訪れた湯の山温泉。実はここは初めて訪れる地ではない。若い頃に泊りがけで訪れた数少ない思い出の地の一つ。しかも生まれて初めて付き合った当時のカノジョと訪れた地。特にそれを意識して彼の地を選んだわけでなく、夜勤明けを利用した日帰りの条件で、どこか適当な散策地は？……と探していて、この辺が妥当じゃない？……と注目した直後、そう言えば……と思い出した次第。ありし日を偲ぶセンチメンタル・ジャーニーとして彼の地を選んだわけでは更々なかった。それでも現地を訪れればあの日を思い出し、様々な感傷も湧くだろう……と向かえば、道中も、現地に到着しても、驚くほど記憶が蘇らない。今回は駅から徒歩で現地を目指したが、前回はバス。そのバス車内でのカノジョとの会話とか、宿でのやり取りとか、漠然とは記憶に残っている。しかし、いざ現地に到着しても、漠然と残っているそれらが、風景と全く結びつかないのだ。泊まった宿の名前を既に覚えていないのは仕方がないが、現地で探しても、それが何処だったか思い出せない。或いはここかな……と思い当たる宿があったけど、それも確証は得られない。現地そのものが当時より寂れた印象を感じたので、或いは僕らが泊まった宿も既に存在しない可能性も覚えた。実際、かつては宿やホテルであったろう、今はすっかり朽ちた廃屋もあちこち散見された。或いはその内の一軒が、僕らが泊まった宿の可能性はある。そう思えば切なさが湧きそうだが、何かキョトンとした興醒めな気持ちにしかならない。バス停前の、かつてカノジョとお揃いでマグカップ買ったと思しき土産物屋。そこで帰る間際にK子への土産を購入。しかし本当にこの店でマグカップ買ったのか、それも確証には至らず。こんなに小さな店だったかな……とか、品揃えが当時に比べて悪くない？……とか、確証に至るには疑問が先立ってしまう。当然のようにマグカップなど扱ってなかったしね。
　前回も利用した御在所ロープウェイに関しては、流石にインパクトも手伝って割と記憶に残っている方であった。しかし久しぶりにいざ乗ってみると、こんなに長時間乗っていたかな……とか、ここまで揺れが酷かったかな……とか、一々新鮮。後でよくよく考えてみれば、その後に岐阜で乗った金華山のロープウェイと知らず知らずごっちゃになっていた節がある。そしてこのロープウェイに関しては、今度はカノジョの記憶が完全に払拭されている。一緒にゴンドラに乗った筈なのに、僕の記憶のゴンドラにカノジョが存在しないのだ。ロープウェイで山上公園に到着。前回もこの公園でかなりの時間を過ごした筈なのに、首を傾げたくなる程、風景と記憶が結びつかない。山上のこの公園で一番記憶に残っていた日本カモシカセンターが既に存在しないので尚更だ。
　そう言えば前回カノジョと一緒に行った時は、近鉄特急で湯の山駅まで直接行けた記憶。それが今回は四日市で普通列車に乗り換えねばならなかった。これも僕の記憶違いかと愕然としかけたが、後でインターネットで調べてみれば、これに関しては当時は直通があったのが、90年代の半ば頃に廃止されたらしい。多少の記憶の整合性が得られてホッとしたが、いずれにせよ、三十年、いや、三十一年の歳月は、色々なことを変化させ、そして記憶も風化させるものだな……と今回つくづく実感させられた。しかしその感慨が切なさや悲しみに結びつかず、寧ろ清々した気分に繋がったのが意外だった。
　そう、今回、センチメンタル・ジャーニーになるかと思いきや、意外に新鮮な気持ちが先行したのが、若干の途惑いを覚えつつも妙に嬉しかった。
　最初に付き合った、一緒に湯の山温泉を訪れたカノジョとは、結局一年ほどで、ほぼ自然消滅みたいな形で別れてしまったが、付き合っている最中は、或いはこの娘と結婚することになるのかな……と漠然とそんなことを考えていた時期もある。別れたのちも、二十代、三十代にかけて、切ない気持ちで思い出すことも度々だった。それがこの頃は思い出しても、感傷が全く付き纏わなくなった。ここまで生きたことで得られたその境地が、妙に新鮮に感じられたのだ。
　今回の湯の山温泉再訪はセンチメンタル・ジャーニーとはならなかった。寧ろ初めて訪れた地のように新鮮に感じられた。それが却ってよかった。
　既に青春は感傷まじりに引きずるほどの距離感もなく、淡い影絵のように遠く儚い。現在五十歳。ここまで生きのばした者のみが実感として得られる、第二の人生を既に生きている。その結論が得られた今回湯の山温泉の散策。天気も風景も、そして感傷から逸脱した記憶も、全てこれ、清々しかった。

湯の山温泉再訪はセンチメンタル・ジャーニーとはならず。