ちょうど一年、間が空いてしまった…
この数年、立ち上がるのが辛い場面が多くて、何を書くか悩んでいたらこんなに時間がかかってしまいました。。。
だってこのブログに書かなくてもあなたは私を見てるでしょうから…と言い訳をして。
この数年で三度の流産。
辛くて辛くて自分の仕事さえも嫌いになり、極力避けたかった。
新しい命を喜ぶことはできたけど、同時に自分を責め続けた。
このように考えないでと何度も言われたけど…そうゆうもんじゃない。
体力的にもかなり辛かったし、精神的にも病んだ。。。
意を決して病院ですべて検査をしてもらい…ようやく問題が判明。
詳しくは記せないけど…希望を捨てないでいいようだ。
ただ、75%は流産になる、その25%にかける方向で。
うまく行くかはわからないけど、相当な覚悟がいるねん。
ここで長くの疑問をドクターに聞いてみました。
息子は普通に妊娠して、普通に出産しましたが…。
突然変異ではなく、生まれつきのものなら何で?と…
「彼は奇跡的に25%の中に入り、障害なく無事に生まれて来れた」
ミラクルボーイでした、と聞いた時にあなたに感謝しかなかった。
その声を絶対届けたくて、知り合いにお願いしました。
今まで繋がりたいようで、避けてきた。
以前も「もし繋がりたいなら話せる方を紹介しましょうか?」と言ってくれてた人もいた。
私が生かされてしまったこと、一緒に死んでもいいとさえ思ったあの日から
自分だけ結婚をし、子供を産み…そしてあなたの一字をもらったことを…
辛かったのに、お腹がすき、眠たくなり、心からでもなくても笑えることが
とても申し訳なくて…変な言い方だけど怒ってたら嫌だな…と。
あと、私が思っているより、私のことを親友だと思っていなかったら…とか
あの日に亡くなったのは、私への戒めなんだとか…
本当にネガティブなことばかりを考えていて踏み出せなかった。
だけど感謝の言葉を届けたい、そして何故私の誕生日だったのかを知りたい
知り合いの方にミディアムをしてもらいました。
先生曰く、降りてくるかは状況によるので、とりあえず見てこちらから見えた映像をお話しすると言われました。
なので、名前とか、性別とか、どの様だったかは一切話をせずに。
「温かい光が見えて、楽しそうな雰囲気がします、
遅かった青春時代に楽しい時間、笑い声がたくさんする。
箸が転んでもおかしい、そんな感じがします」
もう涙腺が崩壊してました…
そのあとも事故だったことや、ラグビーの事は一切話していないのに、私とはスポーツで交流をもっていたこと、
名前の一部、黄色い花など…次々とあてられました。
本当に見えてるんだな…と。そんなことも考えながらただただ、昔を思い出してた。
「いつでも見守ってくれています。子供には見えていることもあるかもしれません。
そして今を楽しく、笑顔で過ごして欲しいと願っています」
よくよく考えたら心から笑ったことはなかったし、必要以上に人と深く関わるのを避けてきた。
完全に見透かされていて…そう思ってくれていることが嬉しかった。
たまに子供が廊下の暗い方をじーーっと見てた時に、シックスセンスかね、とか言ってたのは
本当は来て見守ってくれていたんだな。。
心の底からのありがとうを伝えてもらいました。
そして、なぜあの日だったのか…
彼女が言った言葉は
「reborn」:リボーン
再生とか復活、生まれ変わりとか…そんな意味。
また号泣した。
それが息子であり、これから生まれてくるであろう奇跡の命。
必ずサポートしてくれますよ、と先生に言われました。
話したいことはくだらないもいっぱいあるけど、今はありがとうしかない。
後悔はたくさんあるけど、本当の意味で私自身がリボーンできるのかもしれないと感じた。
今日は29日。
この日が来るとなんだかソワソワしてしまう自分がまだいるけどね。
今日で9年と8か月かぁ…。ハニカミの写真は若いままでいるし。
来年の私の誕生日は絶対日本に帰る!と意気込んでたけどコロナで帰れなさそう。
それも先生に聞いたら、ここから参加するだけで大丈夫だと。
いつも見守られているので、その場にはいなくても思いは伝わっています、と。
お父さんやお母さんにもお礼を言いたかったけど、手紙を書くことにします。
reborn、いつか。